暴発①
「ったくもう! 何なのさ! なんなのさキミはさっきから!!」
唐突な非難の声が、森閑とした場に響き渡った。
切っ先を向けられたユオルも、居合わせたマイシャも、目を丸くして、なぜか本人がいちばん悔しいのだというように俯いて歯を食いしばるロプスを凝視する。
「キミ──そんなんじゃ駄目じゃないのさ!!
姉上が出てきてるんだ、このままじゃキミは······いや、私達は······ッッ!」
何を言いたいのだ、意味がわからない。
姉上──といったか。正確な続柄は従姉妹だとかいうあのナントカ卿の。
その人がアスタミオを送りこんできて、もしかしなくても奴は俺を団長からひき剥がそうと企んでいる。
だがそちらが非難するというのなら、こっちにだってまず言うことがある。
「貴女だって······嘘をついていたじゃないですか」
いちど口から出るともう駄目だった。止まらない。
「あんな立派で強そうなのがいるなら、何で俺を護衛士だなんて持ちあげたりしたんです。
はじめから召使い、とでもいってくれた方がまだ良かった。俺は──異邦人でも騎士なわけでもないんだ」
キッと怒りに燃えたつ蒼の瞳がこちらを射抜く。
しばらく言おうか言うまいかと唇をわなつかせていたが、結局それ以降は語ることなく、プイッと視線を切ってロプスは駆け去った。
残されたマイシャも、白い目をユオルに向ける。冷ややかに言った。
「······うわぁ。君、卑屈だねー、ヒくわー。男の意地とかないわけ?」
「··················」
「あんな子供相手に対等でやりあったりしちゃってさ」
ぐっと拳を握り込んだ。
「団長は······ただの子供じゃない」
「子供だよ、ただの子供。すくなくともアンタよりはね。それが解ってないからアンタは叱られたのさ」
好き放題いうと、「ちょっとちょっと! あんま先々行かないでよ〜?」とマイシャは後を追って駆け出す。
「············」
仏頂面をさげ、ユオルもはぐれないように足を動かした。
だから俺にどうしろってんだよ。
陽が沈もうという頃には、一行は無事に目標とした場所に参集していた。ロプス、ユオル、マイシャ。それにアスタミオほか、ケシュカガの勇士らも、誰ひとり欠けることなくだ。
その湧き水の湧く場所というのは、山塊群の末端が森域にぐいと食い込んだ形になっている所で、大きな岩場の上段から湧いた清水が岩をつたって流れ落ち、ささやかな小川をつくっていた。
皆は岩場をのぼり、滔々と湧く水でそれぞれの水筒の中を満たした。その後はひと塊になって火を熾し、食糧を炙った。
案内役の助言にしたがい、火は小さめのものをひとつ、としている。というのも、この森の獣は火を恐れない──というか火の怖さを知らないらしく、みつければ却って寄ってきてしまうらしいからだ。
どこまでも厄介な野性どもだ。
パチパチと、若い火は威勢がいい。
反対に皆は自然と無口になり、会話はしても囁やきが聞こえる程度。しずかな時間が流れていた。
「··················」
傍についたアスタミオが、食事のすんだ木皿と食器を片付けてくれているが、ロプスはそれに目をもくれず、自身のもつ槍の中途半端な柄が炎を朱色に照り返すやつを、ぼうっと眺めている。
踊る炎の調子が、昔の記憶を幻夢のごとく脳裏にひきよせた。
今よりも幼い私は、この手のなかにある白槍を寝かせた膝を隣でじっとみて、愛おしそうにこれを撫でる人の言葉に、聴き入っていたはずだ。
その人はこう言った。
『いつかこの槍が、お前に真の仲間連れてきてくれるだろう』
と。幼い私は、素直にその言葉を信じた。
いや、いまだって信じている。
あの時、「戦乙女」はたしかにユオルを選んだ。もちろん私だって、いくら戦乙女が選ったからとて、気に食わない奴を無理して引きずり込んだりはしない。たしかに私も、あの時これと信じたんだ。けれど······。
あの確信は幻で、私の独りよがりだったのだろうか············
じっと槍をみつめ続けるロプスの揺らぐ顔を焚火越しにみて、マイシャは不機嫌そうに、ふーっと息をついた。
その夜は何事もなく、二日目の朝を迎えた。
各々朝の支度を整えるなか、マイシャがロプスに話しかけてきた。
「ねーロプスちゃん。今日は私と勝負してみない?」
「勝負?」
いきなり何を言い出すんだ、とロプスは訝しげな目を彼女に向ける。
「そ、勝負。じつはウチの国の風習でね、森に入る時は必ず何かひとつでも、持ち帰る決まりになってんの。掟ってやつね。
もちろん、持ち帰るものは何でもいいんだけどぉー······ここはお互い戦士同士。より大物を一頭仕留めた方が勝ち、ってことでどう?」
つまりは狩り勝負か。それもいいかな。
今のこのムシャクシャは身体を動かす作業にぶつけるに限る。ケシュカガの重んじる道理とはややズレた動機であるのが、すこし後ろめたくはあるけども。
「······いいよ」
「決まり。でさ? どうせなら賞品があった方が盛りあがるっしょ?
貴女が勝ったら、そうだな······なんでもこの森でとれた物、ひとつ持ち帰っていいよ。本来なら国外持ち出し禁止なんだけどね」
「じゃあ、貴女が勝ったら?」
「そーだなぁー············」
思わせぶりに口許を緩め、チラリと視線を、いましもバックパックを背負ったユオルへと向けた。
「戦士としては願い下げだけど······召使いとしては使えそうだよね」
(······なんてね。貰えるもんならあのイケメンの方が断然いいけど、まあ貴族だろうし。
ってか、なーんか油断ならないのよね、あの男)
二日目の移動がはじまってしばらく行くと、比較的しっかりと道のついた明るい場所へでた。
若樹がおおい地帯なのか、上空も開けていて、踏破してきた森よりは陽光が降り注いでくる。画面だけ切りとるならとても長閑ななかへ、鳥の朝の囀りがどこからか響いてきていた。
マイシャはピタリと足を止めて言った。
「はーい。ではでは、ここからは自由行動としまーす。この」
樹で区切られたかなり大まかな三叉路を指していう。
「三本の道は、どれもつぎの湧き水の場所へと続いているから、道なりに進んでくれて大丈夫。もちろん、それぞれの班に護衛もつけるからね。
じゃあまず······ロプスちゃん。どの道を行きたい?」
問われたロプスは、三本それぞれの道を見比べたうえで問うた。
「いちばん大物と出遭えそうなのは?」
マイシャはニッ、と微笑むと、無言で背後にしたいちばん右の道を親指で指し示した。おなじく無言でロプスが分け入っていく。
「シュダル」
マイシャの指示により、シュダル以下四名の勇士がその後に続くが、どうした訳かアスタミオは動かなかった。ユオルはその奇妙な行動に問わずにはいられない。
「どうしたんです、行かないんですか」
「必要ない。先ほど姫様はそう仰られた」
「けど······外国の連中のなか団長を独りにさせるってのは······!」
「君が心配するのか? 姫様を」
射抜くような視線が、ユオルの口を封じた。
「彼らは一流の勇士だ、卑劣なことはしない············宜しいですか?」
アスタミオはかるく手を挙げて、マイシャの注意をひいた。
「私どもは最も穏やかな道を所望します。どちらでしょう」
マイシャが真ん中を示してみせると、では、と強引にユオルの肩をつかんで進み始める。が、勇士ら三名が後に続こうとすると、
「ああ、私共は大丈夫です。案内にいちばんお若い方がひとり付いてくださればそれで結構。残りの方は特任大使殿のもとへ回って頂きたい」と断った。
「んー、それは認められないな。
この森に限らず、この国の天然資源は許可なく持ち出すことを禁じられているの。貴方くらいの人ならそれは知ってるでしょ。若いのがひとりだけじゃ、貴方相手には不安だな〜」
「······ご心配なく。我々はただの護衛ですので。約定は守ります」
「······誓える?」
「はい。我らがサヴェリウス騎士団の名誉にかけて」
「なら安心だ、お好きにどうぞ?」
アスタミオがユオルと、案内役ひとりを連れて真ん中の道へ消えると、マイシャは、んー、と背を伸ばし、左の道へと入っていく。
従うひとりが軽口に尋ねかけた。
「お嬢。なんであのちびっ子大使を励ますようなことを? お嫌いなんでしょ」
マイシャは振り向くこともなく即答する。
「うん、嫌いだよ。苦労のない国の王族の、それもなんの責任もない末っ子だっていうじゃない。それがピクニック気分で見学したい──なんて来られちゃね。
けどまぁ······どのみち何かは獲って帰らなきゃなんだし、あれですこしはやる気になるっしょ?」
そう。私達にとって語るに足る言語は強さのみ。
外国の戦士の本気、見せてもらおうじゃない。




