魔境オリエンテーリング③
「······いや······ぷふ············ゴメン、ね。助けてあげたかったんだけど······ブフゥ!······さ。私の弓じゃ······まるごと······粉砕しちゃうから······さ」
顔を背けて肩を震わせるマイシャが、社交辞令のような言い訳をはなつ。お間抜けな主従のひと幕はさぞお気に召して頂けたことだろう。
もちろん、命を左右する条件を賭けてまで喜劇に興じるほど俺は狂ってない。
いや、そもそも道化じゃないし。
シュダルら勇士は外交礼を重んじてか、その鉄面皮をぴくりともさせおらず、なんなら彼らにこそもう少し笑ってほしかった。歴戦の勇者に未熟をさらすとか、いちばん恥ずかしいのだ······
アスタミオの視線が痛い。外国の者のまえで王女に醜態さらさせやがって、とか思ってやがるんだろうな······
ばつの悪いまま立ちあがって全身についた落ち葉やら泥やらを払い落としていると、マイシャがお情けにも構えていてくれた弓へと自然に目がいった。
初見から不思議な形をしているな、とは思っていた。
一般のスマートな軸の弓ではなく、喩えるならそう、三日月をそのまま模ったような。
とうぜん弓の構造上、弦の張られた両端にむかって細くはなっていくのだが、中央部分が普遍的なものよりはいやに太い。持ち手のところが若干凹んで握りやすくなっているくらいだ。
表面はさらに奇怪で捻じれに捻じれて、木肌が螺旋をえがいている。まるで内側になにかを巻き込んでいるような、抑え込んでいるようにすらみえる。
どこでだったか、こういった見目のパンをみた気がする。あれは確か······金持ち御用達のパン屋の店先に積まれていた······クロ············クロワンチャン?
いや違うか。忘れたな、まあいい。
とにかくよくこんな見た目で、あのグゥルガとかいう獣を射抜いたような鋭敏な射撃ができたものだ。
「ではいいか? 先に進む」
シュダルの言で、何事もなかったように探索は再開された。
「······森域に水を確保できる場所はありますか」
ロプスを促して列につづくアスタミオが問いかける。
「川があるが······用いない方が無難だ。とくに貴殿ら外の方々は。すすめば湧き水を得られる場がある。今宵はそこで過ごす予定だ」
「助かります」
「··················」
さっきからロプスはひと言も口をきかない。ばかりか目も合わせてくれない。
怒っているのか、呆れているのか。
そういえばバックパックのなかに調理用のナイフがあったな、と思いだす。あとで出しておこう。とにかく恥ずかしすぎて、人前ではもう絶対に出せない。
──ビィィィィッ!!
鋭い音が深遠に木霊する。
さきに断っておくが、マイシャの指笛ではない。
音を鳴らしているのは別の存在。まるで大昔の軍帽を被ったようなたてがみをもつ黒白の根性悪毛玉、「耳参謀」の哭き声だ。
マイシャの説明によるとこの毛玉、兎のくせに肉食だが、かといって体長は小さく非力。だからわざと目立つように自身の存在をアピールし、強者を呼び寄せるという最悪な習性をもっているらしい。
呼び寄せられた大物は、ちっこい兎どもなぞ追いかけ回しても諸々無駄なのを知っているから、より率の良い獲物、すなわち兎の見込んだ獲物を狩ってくれ、彼らはそのお相伴に与るという具合だ。またもや可愛い見た目なのがほんとうに最悪だ。
《ブモォォォォッッ!!》
《ボェェェェェッッ!!》
複数の獣が入り乱れるなか、目の前では身の丈十二フィート(四メートル弱)超えの灰色剛毛な獣と、たまたま巻き込まれた、あきらかな肉食獣をしてまったく恐れない巨大角羊とが牽制しあっている。
「戦獣『城壁崩し』! あっちは知ってるっしょ!? 普通種の灰被り熊だよ、知らないっ!?」
知るわけない! こちとら安全な文明圏の育ちだ。狼だって生でお目にかかったことがないんだぞ。
威嚇姿勢のまま上から飛びかかったヴルスとかいう生物が、鋼の光沢をもつ鬼羊の頭突きによって吹っ飛ばされ、大樹の幹に叩きつけられる。
嘘だろ!
ロプスもアスタミオも驚愕に目を見開いているが、とっくにそれぞれの武器をとって臨戦態勢だ。ユオルですら、及ばすながら拾った棒で、嘲るように草間に見え隠れする性悪兎どもを追い払おうとしている。
だのに、マイシャ以下、ケシュカガの勇士たちはただ回避に徹するのみで手出しをしない。獲物は狩るが無意味な殺生はしないということか。
「脱出する! それぞれ案内に従って各個に散開。湧き水の場で合流だ」
シュダルのひと声で、勇士たちはパッと八方へ少数の塊となって散る。
たまたまユオルの傍にいたマイシャが「こっち!」と導く。アスタミオの制止を振りきって、ロプスも無理矢理こちらへと突っきって続く。
駆け抜ける藪間の暗闇からはときおりギラリと、獲物を伺うような二つの目玉が輝いてみえる。グゥルガかもしれない······
こちらが隙をみせたとたん襲いかかってくるのではないかと、ユオルは気が気ではなかった。
進むうち、地面の色がいつの間にか濃くなっていることに気づく。川にしろ池にしろ、水場が近いのか──
と思うさま突然視界が遮られた。
木だ。巨木を何本も豪快に使った、一見雑な管理の資材置き場にもみえる生木と岩の壁!
なんだこれは、バリケード!? ケシュカガ人が築いたのか!? わざわざこんな処に!?
「あっちゃ、『堤積み』の縄張りがあったか。まあ運、運!」
マイシャが向き直り、矢をつがえて警戒に入る。
「川があるっしょ!? 渡っちゃって!」
なるほど湿った足場の原因はこれか。
なかなか川幅があるようだが、それにしては水の勢いがない。おそらくあのバリケードが堰き止められているのだ。
ぐずぐず迷ってはいられない。背後からは唸り声がどんどん近づいてくる。
「団長ッ!」
意図を理解したロプスがけたたましく水音を散らして渡河をはじめると、ユオルは棒を放り捨て、川辺にあった岩を拾いあげて投擲態勢にはいる。
あれっ、なんか柔らか············
《キシャ──────ッッ!!》
「のわぁぁぁあああッッ!!??」
掴んだものは岩ではなく、生物だった。
毛並みも豊かな白と褐色の、目の縁に黒隈をぬたくったような模様の、ふとい尻尾に縞模様のある奴だ。激怒して牙を剥いているだけでなく、両掌を激しく擦り合わせ始めた。
「あっ、それは」
マイシャが注意を促すも遅く、獣の両腕のあいだにバリッ、と音をたてて白の火花がはしる。
「ぬぉぉおおおッッッ!!」
かろうじて顔面を避けた、危ない。は!? まさか毛玉の分際で雷を操るとか!
戦獣「灰洗い」は帯電させた両腕をめちゃめちゃにふり回し、なんとかこちらに拳を届けようとしてくる。幸いユオルががっつり脇の下に両手を挟んでいるためか、前方の空間をひっかくことしか出来ていない。
「何してんのッ、はやく捨てなッ!」
ロプスの声。いや、解ってはいるのだが、この······なぜだ手がくっついて──離れない!
帯電したふさふさの毛並みがユオルの両手を一時的に弛緩させていた。危険なパンチが届かないよう、身体から最大限遠ざけるために頭上高く掲げもつので精一杯だ。
「そのままッ!」
鋭い声にユオルは動きを止める。そこへ可能な限りの助走をつけたロプスの飛び蹴りがはいり、獣が火花を散らせながら藪の中へと突っ込んだ。
主従が川を渡り切るのを確認して、先に渡っていたマイシャが堤にむけて矢を放つ。
尋常ではない風音とともに矢が堤の柱となっていた大樹へと突き刺さり、それだけに留まらずへし折った。
「!!」
「早くッ!」
白の筋が隙間から勢いよく迸りはじめ、支柱を失った堤がゆっくりと崩壊していく。
一帯をさらなる水が浸し始めるのを背に、三人はやっとの思いで逃れたのだった。
しばらく走った後の、息を整え終わった直後。ロプスがたまらぬといった感じに叫んだ。
「もうッ! ホントにもうッ! なんなのさキミはッッッ!!!」
戦獣は基本、当時の開発陣(責任者は異邦人)に、
可愛い=正義でデザインされています。
灰洗い
隠密での陣営警護、敵兵の鹵獲をになった。
水場に棲息する。雑食。小魚を痺れさせて捕らえる。
うっかり夢中になりすぎて獲物を灰にすることも。
堤積み
ひろい水場に棲息。巨体にひらたい尻尾。
巣だけではなく、その周辺にも十重二十重に砦を築いて好みの環境を整える。堅牢なその建築術はときに、他の生物にとっては大迷惑。
ロプサーヌ団長のメモ録より
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