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魔境オリエンテーリング②


 早朝。

 暗いなかでの身支度と、用意してくれていた簡易食での朝食をすませたロプスは、マイシャを先頭にバルチコウ大森域に足を踏み入れた。

 あたりには一面に神妙な空気がたちこめ、森が吐きだしたかのような大量の霧が漂っている。そのためゾクリと涼しくもあるが、湿り気もやや割増に感じられた。

 空はいまだ分厚い雲に覆われていて、日の出の刻限までにはもうちょっとといったところか。恩恵に(あずか)るには、いますこし待たねばならないようだ。


「しつもーん」とロプスが片腕をあげる。


「この大森林ってさ、抜けるのにどれくらいかかるの?」



 口調はすっかりお友達のそれだ。だがそれでいい。

 今回は調査・研究ということでこちらからお願いしている立場だが、なにも四角張って構える必要はない。

 それぞれが国を代表する者同士、親善の役割も兼ねているのだから、仲良くやるに越したことはなかろう。古人もいっている。仲良きことは善きこと哉、だ。



「んー、いい質問だね。まー、面白味皆無(さいたん)で三日かな。

 もちろん延長希望なら何周でもいけるよー? お望みならひと声かけてどうぞー」



ピシリ、とロプスの笑顔にかすかな亀裂が生じた。




 さすがに気づいたらしい。

 このマイシャという氏族長の娘、どうもウチの団長(ボス)挑発(ちょっかい)をかけているんだよな、昨日からずっと。


「──三日、ですか。では最低でも森のなかでの二泊は強いられる訳ですね。その場合、我々の護衛力ではいささかの不安があります。なにぶん初めての土地ゆえ······

 それに、ひ──特任大使殿の盾となる者もひと······ふたりきりですので」


アスタミオの奴もさも困った、というような表情をつくって発言する。



 ······こっちもかよ、便乗しやがって。


 オマケも勘定に入れなおして改めてくれるとは、お有り難いことだ。ここは主に(なら)ってうけ流すにかぎる。反応したら負けだ。



 マイシャは涼しげに笑むアスタミオを貼りつけた笑顔のまま一瞥してから、おもむろに指で輪っかをつくって唇に含み、ピーッとやった。


「!」


 なんだと思う間に背後からたちどころに気配が湧き、草を踏んで十人ほどの屈強な男達が姿を現したではないか。逞しく磨きぬかれた肉体に、マイシャと似たような衣をまとっているので皆、ケシュカガの戦士たちだと分かる。

 おおくはまだ若い連中だが、先頭にたつひとりだけは、四十絡みの男盛りで、みなとは一段ちがう貫禄が漂っている。


「安心して? 彼らが警護兼案内役として同行してくれるからっ。危険はないと請け負うよ。うっかり油断しすぎないように気をつけてくれさえすればねー」


 ······この濃霧のなかとはいえ、これだけの人数がずっと潜んでいたのに気付けなかったのか。


 いったい何処に──いや何時(いつ)からいたのだろう。

 『うっかり油断しなければ』という彼女の言葉が、がぜん真実味を増して伝わってくる。

 ユオルはそっと、言い出しっぺのロリコン騎士へと視線をやる。


 こいつも······もしや気付いていて発言したか?


 だとしたら従者(みならい)級の域を越えているだろ。コイツの素性もすこし疑わしくなってくるな。





 森の中はひっそりとした静寂が支配していた。

 霧は深々と気まぐれに漂ってながれ、樹間を白のヴェールでひた隠す。

 人ひとりの腕には余る幹周りの、一定の間隔をもってそびえる大樹のなかをいく。

 そうしていると、まるで遠い昔に朽ちた神殿のなかを歩いているような、荘厳な気持ちが湧きあがってくる。

 ときおり、半ばから折れとんだやつが、隣によりかかったりなぞして橋を架けているところがいかにも不気味だ。そうなっている、ということは、とうぜん原因を作った奴も潜んでいるのだ。


 大半は背の高い常緑の針葉樹林が占めているのだが、寒冷地帯にも耐えられる落葉樹も多少なりと混じっているようだ。そこここに黄や赤に染まった低木もみられる。

 これほどの人数が歩いているのに足音ははとんどしない。地面にはその低木たちがこぼした秋枯れの落葉などがふかふか積もり、たまにまぎれ込んでいた落枝がパキリと音をたて、沈黙をやぶる程度だった。

 



 しばらく行くと、木々の神殿を抜けてひと休みといった具合に、すっぽりと開けた場所へでた。

 なにかあってのことか、あるいは彼らケシュカガの民が木材として丸ごと伐採でもしたか、その一帯は草原となっていて、(ひこばえ)の一本も見当たらない。

 そろそろ陽も差しきた。ここで一服しようということになった。



 列の先にいたロプスが、後詰めをしていたアスタミオのほうを向き、ちょいちょちと手招く。一瞬自分が呼ばれたかと思ったユオルは、従騎士が草を踏んで彼女のそばへ寄るのをみおくった。

 ふたり身を寄せあって何やら相談をはじめた。

 正直にいうなら? もちろん面白くはない。


「いやー、それにしても助かったよ。ロプサーヌちゃんがわりと目立つ色の服できてくれて。迷子になっちゃっても少しは探しやすそうじゃない?」


 ムムッ、と今度はロプスの顔が険しくなる。こちらからはうかがい知ることは出来ないけれども、若干肩の動きが硬くなったな、くらいは分かるものだ。

 そう、背中が語るというやつだ。


 ······はぁ、やれやれ。





「で、昨日も聞いたけどさ。

 キミ、ホントのところなにしに来たの? 姉上の用事って確認だけで終わりじゃないよね」


 ロプサーヌは眉根をよせて、寄ってきたアスタミオに問うた。アスタミオは柔和で如才ない笑みを浮かべ、慇懃(いんぎん)に頭をさげてみせる。


「初日に申しあげた通りです。現状の確認、それが私に与えられたおもな任務です」


頭をあげて反応を伺うが、ロプスがこの返答に満足していないことは明らかだった。


「······そうご立腹なされないで下さい。王家の安寧が第一。これは国にとっても揺るがせに出来ぬ根幹でございましょう?」


「······末嫡の私がどうなろうがたいして気にすることでもないでしょ」


 なかば拗ねたような物言いに、アスタミオの口許から笑みがスイッと消える。


「姫様、賢明な貴女らしくない仰っしゃり様ですね。アスタミオは悲しゅうございます。

 口にするまでもなく貴女が害されること自体が国の威信に関わるのです。······むろん、そんな理屈を抜きにしてインブリット様はたち直れぬ程にお嘆きになるでしょう。私もそうです」


「······彼が護衛じゃ不満ってこと? 私が選んだんだ。それってつまり、私の判断を信用できないってことじゃないの」


「──では私も腹蔵なく申しあげます。

 正直このアスタミオの目には、あのユオルとかいう男はロプサーヌ様に相応しいとは思えません。

 みた限り実力もまるで追いついていない······どうして彼にこだわるのか、はかりかねます」


「··················」






「······あんまり挑発しないで下さい。ああみえて単純なところがありますから」


 列の中団辺りをぷらぷらしていたマイシャが近いのをいいことに、ユオルはそっと囁いた。マイシャはぺ、と舌を小出しにすると屈託なくいう。


「ごめんごめん。あの娘可愛いからさー、ついつい構っちゃうんだよね」


 どうにも言い訳臭く聞こえる。本音だとしてもちょっと拗らせているぞ。

 と、アスタミオと何事か確認をおえたのであろう、ロプスが、見咎めるように寄ってきた。横にたつと、何だと問う前にごすりと肘鉄砲を食らわせてくる。

 痛い。


「ちょっと? この人だって首長の娘なんだからね? ご令嬢だよ?」


 むっ、いかん。そうだよな、相手は貴族様、貴族様······


 どうも異国(こちら)のお嬢様はペースを崩すのだ。それならそうと偉そうにしてくれてればわかり易いのに、口調や雰囲気がこれだから、ついついこちらの気も緩んでしまう。

 これを見てマイシャはケラケラ笑った。たいして笑いどころもない漫才だろうに、なにがそんなに可笑しいのだろうか。





「ここからはいよいよ、野生戦獣の出没多発地域にはいるよ。詳しい説明は彼から。

 よろしく、シュダル」


 マイシャから紹介をうけた、戦士たちの筆頭とおぼしき男がすすみでる。

 長身で逞しく、いかにも歴戦の勇者といった風貌。弓矢を負い、腰にはまがった刀を()いている。歳は四十路ほど。ながく黒い髪をやはりうしろで束ね、日にやけた厳しい顔つきの男だ。


「シュダルという、よろしく頼む。

 さっそくだがこの大森林帯には、野生戦獣とともに通常種の獣も生息している。見目による判別は、よほどの大物でない限りほぼつかないだろう。

 たとえば昨日マイシャが仕留めた猫型の獣は、こちらの呼び名でグゥルガというのだが、あれはごく普通の獣だ」


 あれで普通······森もでかいから棲んでる(ヤツ)もデカいってのか。


「ふたつの決定的な違いは、もともと人によって製作(デザイン)されたというところだ。

 つまりあらかじめ達成する目的をもって生まれてきたことだろう。それは野生化したいまも本能として受け継がれている。

 (おおむ)ねは一種にひとつと考えていい。戦闘に特化したものもあれば、補助的なものもある。たとえば」


言葉を中途で折り、草のなかにチョロリと顔をだした小動物に目をやった。




 ··················




 

「くっそぉおおむ! ま、まてっ、この······クソリスもどきぃい!!」


 どこからともなく八匹ほどが集った茶色の集団は、一矢乱れぬ動きで追手(こっち)を左右に揺さぶる。器用にあげられた小さな掌のうえに載るのは、ユオルが提げていた剣だ。

 一匹白いのが混じっているが、これがリーダーらしく、こいつが動いた先に皆も従うようだ。が、それが理解ったところでどうしろと!?

 なっ······こいつら、あの狭いなかを縦列に変化して!?


 ユオルとロプスふたりがかりで追うが、挟み撃ちさえ効果は薄い。身を投げ出したにもかかわらず、まんまと逆をつかれたロプスがこっちを睨んでくる。


 なんですか、非難ですか、後にして下さい。自分だって


『わー、このコちびもふ〜』


とか目を輝かせていたくせに。

 まあ、俺もこんな可愛いのばっかだったら、ラクでいいなとか思いましたけども。







 けっきょく。

 健闘虚しく、小動物たちはかっぱらったユオルの剣とともに、見事藪の中へ姿を消したのだった。


「通称『鉄食み』。

 伸びつづける前歯を削るために硬い金属を好む。大戦時、敵の武具を奪う目的で製造された、と伝わる」


ありがたくも律儀につづくシュダルの淡々とした解説が虚しくひびく。


 はぁぁぁ〜っと、ロプスが隣でながいながい息をついた。


「············キミさぁ」


「······すいません。反省はしてるんです、ホントです」


 この危険地帯でまた手ぶらかよ··················



文章を微増しました。

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