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魔境オリエンテーリング①


 大崖塞を形作る山塊群を道が縫うように通う。

 ここを揺られていくと、やがて目前に鬱蒼とした大森林が現れた。街道はここでおおきく反れるように二股にわかれており、この大森林帯は平時なら迂回していくのが無難であることを告げている。

 ロプスら一行は馬車と別れを告げ、応接役の待つという、森を見下ろせる手前の丘に建てられたロッジに足を向けたのだった。




 物見(やぐら)的な用途をもつのであろうロッジに、その先客はいた。



「··················」


 おそらく女性だろう。まだ若く、歳の頃は十代半ばか後半といったところか。

 おそらく、というのは、丸太を豪快に半分に断ち割った木卓に顔からつっ伏しているので、背中しかみえないためだ。艶のある濃茶の髪を長くして、ゆったりと毛先を三つ編みでまとめている。

 向こうの壁には、おそらく彼女のものなのだろう、一見古朴な剛弓と、矢の入った矢筒がかけられていた。



 まさか寝こけているのか?


「············ズズ······」


 確定、寝ている。

 さすがに看過できなかったか、アスタミオがかるく空咳をしてみせると、


「ほぼにゃっ!」


ビクンッと身体がふるえ、彼女はガバリと身を起こした。



「うぉっと、ごめんごめん!──じゃない、ご無礼を。

 ······コホン、ようこそいらっしゃいましたー」



 絵に描いたような社交スマイルへと表情を忙しなく変じた彼女は、染みついているのだろう、ビシリとケシュカガ方式の敬礼をとる。

 ディルソムのものとは様式のちがう、前で襟を併せる型の衣に、腰から膝丈までを覆う獣の毛皮製らしき防寒具を革ベルトでとめている。下は幅のある長ズボンの脛を巻布でしめ、革の短靴を履いていた。


 なかなかに惹かれる見目だ。

 愛嬌もある整った顔立ちであるし、輪郭(ライン)がモコついているは防寒の衣装のせいで、本来はスラリとしているのだろうこともうかがえる。本人の調子とも相まって、初対面の相手にも好印象を抱かせるのは難しくあるまい。

 口の端にのこっている涎跡さえなければ、だが······。


「おおぅ」


 慌ててゴシゴシ拳の裏で拭きとりながらも、こちらにむけて、興味津々といった緑に輝やく瞳をむけてくる。



「はじめましてー。私はマイシャ・ツガロワ。

 十一牙氏族、第八氏族長、ツィージェン・オルム・バハ・ツガロワの二娘となりまーす。どうぞよしなに」



 そこに女子(ロプス)を認めたからか、こんどはサヴェリウス方式の、スカートをちょいとつまんで軽く頭を下げる淑女の礼をとってみせた。


「こちらこそ。私はロプサーヌ・アウルロアと申します」


 ロプスもおなじ仕草で答礼する。もっともこっちは布地に余りのある衣ではないため、空気をつまんでの答礼になったが。

 つづいてアスタミオ、ユオルと彼女によって紹介がなされ、ふたりは黙礼で挨拶した。



 紹介がすんで気が楽になったのか、マイシャとなのった少女はまた砕けた様子となり、来客をさらにしげしげと見やる。


 なんだろう、そんなに外からの客は珍しいのだろうか······



「えと、ロプサーヌちゃん。キミが特任大使でいんだよね?

 んで? どっちがボディガード?」



「私が護衛士です」

「俺が護衛士です」


 くそ、半歩遅れをとった。

 というかコイツ······まさか本気で?


「おぉーう、わっかり易い三角関係だ。そっそるぅ♪」






 いきなり(こっち)をおちょくってくれたマイシャは、木小屋をでて彼らを大森林の手前まで誘った。くるりとむき直って案内役のお仕事、すなわち愛想をふりまきながらの解説をはじめる。


「えっと。今日はすでに時間もおそいのでー、のこりはあのロッジで船旅の疲れを癒してもらうということにしてぇ。

 明日以降の予定を発表しまーす」


 空気をよんでパチパチとロプスのみが拍手をかえした。普段は傍若無人なウチのお嬢様も、やる時はやれる娘なのである。



「お客様のご要望が、『戦獣ちゃんのことをもっとよく識りたーい』ということだったので、特別コースをいっちゃいまーす。

 まずー、目前の大森林を抜けて頂きましてぇ、その先の大草原も抜けぇ、現在いちばん近くにある私の郷までたどり着くまでのご案内でーす。

 そこまでオリエンテーリングよ? どう、楽しそうっしょ?

 いまの時期はちょうどびっくりイベントもあるし、戦獣の観察とやらにはもってこいかもね〜」




 ここを突っ切る、か。彼女の言うように簡単でも愉しそうでもないな、とユオルは眉をひそめた。


 左右どちらに目を向けても、青々とした森の端は曇天のもと地平線へとむかって延々とのび、途切れ目をみつけることは出来ない。かなりの深さを誇っていることは疑いない。

 樹々はたかくまっすぐに天を目指して枝葉をひろげ、低地にも藪木が隙間をうめるように密集して、視界を悪くしている。

 唯一の救いは、樹種によって背の差が激しいことで陽が適度に射すことか。



 と、にわかに森の静寂に乱れがはしり、低木が揺れた。かと思うと、なにか巨大な影がパッと跳びだした!


 なんだ、猫か!? それにしては嫌にデカい! 立ちあがれば人の丈の倍くらいある!



 アッ、と思う暇もない。

 かろうじてロプスとアスタミオが己の得物に手を添えられたくらいだ。



 だが──



《ギャッ!!》



と、まだ身が中空にあるうちに叫んで、そのままもんどりうって地面にのめったのは褐色の巨獣のほうだった。

 眉間には深々とめり込んだ一本の矢。

 ハッと視線を戻すと、マイシャがしずかに剛弓を降ろすところだ。



 いまのを射ったのか!? あの刹那、それもまったく乱れることなく獲物の急所をただの一撃で!??



 マイシャは常ならざる真剣な面持ちで倒れ伏した巨獣をみていたが、くるりとこちらへむき直った時にはもう、あの社交スマイルへと戻っていた。


「このように、わりと野生戦獣も頻繁に出没しまーす。いやー、明日が愉しみですねぇー♪」



 愉しみ、か?


 ギャーッギャーッ、と鳥がけたたましく警戒の鳴き声をあげて翔びたつ森の威容を、ふたりは笑みを凍りつかせて仰ぐのだった。


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