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天然要害の国②


 さらに二日ほど波に揺られ、船は何事もなくケシュカガの水運の玄関口、ビオヒャイへと入港した。

 ここで下船とともに入国審査をうける。

 神教国のあつかう船だけはどこの国でもフリーパスだから、当然といえば当然の処置だろう。

 ロプサーヌにはもちろんスムーズに入国許可がおり、知らぬ間に無国籍になってしまっていたユオルも、雇用主(かのじょ)が黒幕に用意させたのであろう仮の国籍で無事通過を許された。


 どうでもいいが、いま自分はサヴェリウス国民ということになっているのか。工業国下層出身の出がずいぶん出世したものだ。

 ま、身分は相応に召使いなのだが。



「にしても」


 渡橋からのびた巨大なゲートの道を通過しながらユオルは感嘆をもらす。


「なんというか······かなりしっかりした港ですよね。もっとこう、鬱蒼(うっそう)としているのかと」


「そりゃそうだよ」と施設をでたロプスは湖縁へと寄ってかがむと、波のうえにそびえたつ屈強な人工の岸壁を撫でた。

「ここは仮にも国の表玄関だもん。いいカッコしてみせなきゃ他の国に示しがつかないじゃん。

 ホラ、この石組みとか見てよ。技術はサヴェリウスの城壁とも遜色ないよ? さすが、素材の特性を心得てるよね」



 確かに。湾口のドックだの倉庫群だのはすべて石造りで成り立っており、素人目にみても威厳と実用性の双方を巧みに兼ね備えていた。

 華のようにとりどりの天幕をはった市のたつ往来を行き来する人集りにも、自分らと同様、他国者もおおくみられ、歓待や取引の場として活況を呈している。





 (お嬢様ー)



 ん? なんだ? 向こうから呼びかける声がする。

 お嬢様ね、どこかに貴族の御一行でもいるのか? とあたりを眺め回してみるが、それらしき集団は見当たらない。

 目をやると、その男、は、嬉しそうな笑顔をみせながら手を挙げ、走っている。



 走っている? いや、走ってくる。

 ······なんかこっちに向かってきてない、か──



「──お懐かしゅう御座いますっ!」

「にゃああああッ!?!」

「なあッ!?」



 あろうことか、いきなり少女(ボス)に覆いかぶさりやがった!



 さすがに我らが王女も突然のことに素っ頓狂な奇声をあげ、仰け反っている。逃げようとしたらしいが、後ろに湖を背負っているためそれも叶わず、勢いに負けて転げ落ちないよう踏ん張るのがやっとといった様子だ。



「······って、キミ、アスタミオかい? アスタミオ・トゥルパール?

 ······はー、なるほど。()はそんな感じなんだ」


「──ハッ、これはとんだご無礼を!」



 男はパッと身を避けると、ビシッと胸の前に右腕をあて最敬礼をきめる。その仕草の流麗ぶりにおもわず唸った。すごく様になっている。


 背はこちらとどっこいくらいか。

 赤味をおびた髪は比較的短く、後ろと横を刈りあげていて、いかにも若輩の騎士、といった風だ。そのせいか、歳の頃はおなじか上なのかはわかりかねる。忌々しいことに目鼻立ちは涼やかで整っており、女性陣からの受けは最上級を期待できるだろう。


 身には旅装を考慮したのであろう革鎧を着込んでいる。が、要所要所にはいった白銀の追加装甲が、彼の身分が一般の兵士ではないことを物語っていた。(こちらがロスキーで着せられたものとは段違いだ。)

 背にはでかい荷袋と、外套(マント)で総身は隠れているが、長尺なる剛の剣、バスターソードを負っているようだ。



「やあ、久しぶりだね、元気にしてた? でもキミが来たってことは······また姉上かぁ」


「ハッ! 不肖アスタミオ、我が主、グレスクォル卿のお下知により参じました。ひめ──お嬢様のご健勝ぶりを確かめてこいとの仰せです!」



 姫、と口走ろうとした所を周囲を(はばか)って言い直しやがった。やはり母国(サヴェリウス)の関係者か。



「······あー、ほっぽっといてごめんね。彼は、アスタミオ・トゥルパール。

 姉上──正確には従姉妹のインブリット・デュ・グレスクォルの従騎士のひとりで、私の」


「専属護衛士でありますっ」



野郎がひきとって背筋をのばした。



 ──いやオイ、ちょっと待て。いまのは流石に聞き流せない。


「護衛士って······このお嬢──ロプサーヌ様の護衛士は俺のはずだっ······です」


 とっさに言葉遣いをあらためてしまう己の性根が恨めしい。だが相手は騎士格。(まだ従騎士らしいが)またもや貴族様だ。さすがにロプスの手前、問答無用でバッサリ! とは来ないだろうけども。


「······君が?」


 アスタミオとかいう男はジロジロとユオルの全身を眺め回してからじつにわかり易く──


「フンッ」

鼻で嗤った。


 こんのヤロッ······!






 なんでもサヴェリウスからすでに使者を派遣ずみで、もろもろ事前の了解はすでにとっているらしい。ケシュカガの総首長会議からも案内の特使をだしてくれるとのことで、その人が待つという場所までは、乗り合い馬車でいく。


「··················」


 なぜかアスタミオも乗っかってきたが。


 こいつ、このまま同行する気か?

 なんだよ、無事なのはもう確かめたろ。はやく帰ったらどうだよ。

 もちろんこちらも大人だから? 口には出さないけども。



 馬車は大型の四頭立てで、幌におおわれた後部荷座もひろく、それなりの人数が乗っても裕に座れるだけのスペースは確保できる。

 賑わう乗客にまじってユオルは前の隅に腰を落ち着けた。ロプスはちゃっかり御者の横に座をしめてご機嫌な様子だ。

 そうしてガタガタとこんどは石畳の道に揺られるうちに、巨大な山が見えてきた。



「緑の大崖塞だねぇ」


ロプスが巨大な影をおとす、その威容をみあげていう。



 圧巻だ。

 とてつもない硬度、重量を誇るであろう黒灰色の岩壁は、みたところなんと一枚岩だ。これが、まるで内と外との境界を断ち切るように、天然のまま立ちはだかっているのだ。大崖塞の名に恥じることなき相応しい威容といえる。

 かるい低山ぐらいはありそうなウォールロックのうえには極太の大樹の、根だか枝だかがみっちりと隙間なく、腕を組むかのように絡み合って緑をなしており、これがさらに崖塞の丈を高めていた。あすこまでいくと鳥でさえちょっとは難渋するのでは、とさえ思わされる。

 察するにあの岩はとても硬く、樹も根をはれようはずもないから、よほど根性のすわった種が舞い降りたか、または背後からさらなる大量の土砂が覆いかぶさって、これを地盤としてなっているのだろう。


 この大岩壁の唯一の切れ目。はるか天を突く板のような古金の巨大門は、当然民間の馬車ごときのために開くことはない。横合いの、取ってつけた通用口のような小門──それでも裕に、いま乗っている馬車を縦横よっつ重ねしても通れるほどはある──から中へと入る。

 裏からみてみると予想は当たりで、どうやら古樹群は、大断崖の背後に山を成す超質量の山塊によって、あすこに陣どっていることが解る。


 なんだろう。こう······仰いでいると、ついこの前といってもよかろう、監禁された鬼鎧団のアジトが思いだされる。

 うっ、トラウマが······


 ふと、対角線上に反対の隅へ、長剣を抱くようにして座っていたアスタミオと視線があった。


「······ふっ」


 コイツっ!!


 ──いま確定した。

 こいつは······敵だ!



表現を微修正しました。

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