《第一話完》今宵、月明かりの教会堂で
若きふたりの奮戦を見守っていた両軍に、違った意味での歓声がまき起こる。
ディルソム国軍からは「天晴れ!」という声。
ウェラヌスギア軍からは、「まさか!」と驚きの声。
距離をとり観察していた総兵長は唖然としてこぼした。
「······馬鹿な。我が国の叡智たる人造戦獣が······あんな子供らごときに············」
これではどの面さげて帰国できよう。
国軍が出張ってきたということは、ダルゴーニもとっくに捕捉されていることだろう。
旧領は奪還できず、バーハルトのもつ神具たる鬼鎧も回収できず、おまけにもしもの為とわざわざ連れてきた戦獣まで最小被害で討たれるとは······
「隊長············」
「······っ、よい······アレは組織的には野生のものと何ら変わるものではないとのことだ。解剖しようが秘術まで漏れることはない、捨ておけ。
退くぞ!」
ふーっ、と大きく息をついてロプスは、光の消え失せた槍をひろう。お疲れ、とポンポンともとの長さにもどった柄を撫で、くるりとむき直った。
「さって······そろそろいんじゃない? お喋りしてくれないかな」
え、と、へたり込んでいたユオルが応えるよりはやく、いきなり鎧が独りでに外れ、籠手がゴロンと転がる。ビョンと、彼に強制バンザイをさせすっぽ抜けた胴部分が華麗に着地をきめるとみるや、
『なーんだ、バレてたんですの』
口をきいた。
「っっ?? なぁぁぁッ??!」
目の錯覚か、鎧からなにか桃色の靄のような気体がゆらめきたっている風にもみえる。
驚くことに鬼鎧はわかい女性の声で、みたままの表現をするならこれまでの沈黙をうめるかのように、ユオルにはわからぬ言語でまくしたてはじめた。
どういう訳かロプスにはそれ理解るようで、ときおりウンウンと頷きつつ、両の手で持ちあげた鎧と盛んに意見を交わしている。
らしい。
「ちょっ······ちょっと待て!──どういうことだこれは?!」
「? だから、転生者だよ、転生者。
この鎧がそうだったの。
あ、正確にはこの鎧に憑いた霊なんだっけ?」
「はぁ?! だって転生者はバーハルトじゃ······」
「······え、なになに? 纏ってもらうために肩書きを貸してた? んだってさ」
いや······だっておま、それ。鎧?? だろ?
「べつに珍しくないよ。実家の蔵にも似たようなのあったし」
これに似た奴が他にもあるのかよ、嘘だろ······
「『せっかく転生したのに幽霊でしょ? しかもコレにしかのり移れないし、ホント嫌になりましたわ。
せめてイケメンに着てもらおうと頑張りましたのよ、私』」
通訳のつもりか、ロプスが声色をつかって鬼鎧のものとおぼしき台詞をなぞる。
ギョロリとまたこちらを向いた目玉に、どうしても身が強張るのだが。
「『好物はマッチョなのですけれど······まあ、どうしてもと仰るなら貴方でも宜しくてよ』だって。
えー、お安くないね、このこの〜」
お褒めのところ申し訳ないが、ここは深々と頭を下げておく場面だと愚考する。どうか伝わってくれと念じながら。
「う〜ん、残念だね······」
ロプスは鎧をなぐさめながら、腕と足のパーツを拾いあげるようこちらに手振りで指示をだす。
「とにかく貴女はほっとくと危険だから、うちの国に来てもらうよ?
なに? 『新しいオト············それ私に言わせる気?」
なにか危うげなことを漏らしながらそのままスタスタと行きかけた少女は、ふと思い出したように歩みをとめた。
こちらへとふり返って言うには、
「······あー、ごめんね。さっきは勢いで言っちゃったけど、召し抱えの話······」
は? マサカ······
「違うよ、もういちどよく考えてみてほしいの。それから答えてほしい。
私と一緒だと無茶もさせるかもだし······待ってるからさっ」
そう残して、全員コドルカまで帰投!と号令した。
以後の顛末は、くしくもウェラヌスギア総兵長の予測どおりである。
コドルカで決戦がおきたと時をおなじくして、ダルゴーニ領主邸に緊急の査察がはいり、領主は捕縛され裁判をまつ身となった。
近領の警兵署へ出回っていた賄賂の関係者、潜んでいた密偵も、やがて芋蔓式に挙げられることとなる。
荒れた教会堂に、宵の風が吹く。
町中を灼く大火という災難からかろうじて救われた建物は、壁を崩しながらも尊厳をなんとか保っていた。
それでも雨風は凌げる。
明日どうしようということはとりあえず置いておいて、休まねばその明日という時も活きたものにはならない。人々は神の膝下により集まるようにして寝息をたてはじめた。
昼間、あれほど燻されたにもかかわらず、風がすべてをさらったか天には星々が群れ、半月が煌々と輝いている。
瓦礫に腰をおろしこれを仰ぐ小さな人影に、ユオルは声をかけて歩みよった。
人影はふり向くと「やあ」といって笑む。
「どうしたの? 眠れない?」
「アンタこそ」
こちらも笑みを返したつもりだが、どうだろう、ややぎこちなくなったかも知れない。
言葉だって今さらだ。本人から注意されればともかく、不快そうでもないのならとり繕うのも違う気がする。
ロプサーヌはいたずらな夜風にまき上げられた髪を整えながら答えた。
「私は見張りだよ。鬼鎧団とかいうのも、全滅した訳じゃないだろうから」
国軍の皆は明日からしばらく気張ってもらわないとだからね、と続けた。
「で。なにか用かな」
······たしかに。
決断を迫るにはあんまりなタイミングだった。
だいいち自分は何もしていないのだし、はっきり何が気に入られたのかも解らない。
彼女の言葉どおりであるなら、安易に踏み込むには困難な道なのだろうとも想像はつく。お偉い貴族様の傍でただ護衛をつとめる。それだけでもいくつもの面倒が生じるだろう。
であれば、このまま平民の生活にもどるのも、なくはなかろうとも思った。もっとも死亡扱いにされているから、故郷にもこの国にも居ることはできないが。
どこか受け入れてくれる土地をみつけ、ひっそりと生きる──それでもあからさまに生命をはるよりは平穏だろう。
だが感じてしまったのだ。
あのとき、町を包む業火のなか。
コドルカの民を守りながら、ああ、やはり自分の志した想いはここにあったのだ、と。
だから、つぎの言葉はもう決まっている。
ユオルはうやうやしく片膝をつくと、少女の前に頭を垂れた。
「誓いを申しあげにきました。
我が身を貴女様にお預けしとう願います。だからどうか、お側に······」
どう思われただろう。あるいは打算ともとられたか。
自身頭を下げているので、彼女がどんな表情をしているのかは分からない。
ただ、風だけがしずかに吹いている。
「······私はね、初めは点数稼ぎのつもりだったんだ。父上に『女だって、私だって出来るんだぞ。見てろよ』ってね」
「··················」
「この国を選んだのも、ここまで来たのだって、手柄をたてるためだった。
──でも見て、聴いて、気が変わった。
私は私の道をみつける。
いつか世界の平和をまもる騎士団を創って、この町みたいに身勝手な陰謀に巻き込まれる人達を救う。
そう決めた!」
少女の立ちあがる靴音が心地よく耳にのる。
「······って訳で、さらに厳しい道になっちゃうけど······それでも来てくれる?」
息を吸いこみ、唇をひらく。
どうか問い返さないでほしい。言葉はもう決まっているのだから。
月夜を背にしたロプサーヌ・アウルロアは、槍を右手に、腰を左手に。
にっこりと微笑んだ。
最後までお読みくださいまして、まことにありがとうございました。
またなにか思いつければ書くかもしれません。
が、とりあえず。
今はここまで······ということで。




