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はじまりの焦炎②


 いくら陰口をたたこうが愚痴をこぼそうが、一兵卒に意見を具申する権利なぞあるはずもない。

 隊長の公言どおり、翌日、警兵隊は高らかな出陣ラッパの音に送られて、砦街ロスキーを後にした。



 歓迎祝いの宴でやり過ぎたのだろう。

 まだ顔の赤い気のする、上から下までを銀身鎧(フルプレートメイル)でガチガチに硬めた新隊長様の馬の尻のうしろを、二列縦隊を組んだユオルら兵卒が、革の鎧に槍をもって続く。

 みなひとしく揃えではあり、それがいっそう着慣れない感を(あお)っているが、まぁ、それでもあるだけマシとありがたく思うべきか。


「······いやいやいや。こんだけの数がいるんだ。隣領への応援だってんだし、所詮は噂ってことだし?」


みな体裁を保って歩を進めながらも、小声で口々にこう言い合っては、なんとか気持ちを奮いたたせるのだった。

 他にもれず、ユオルも腰にさがる剣の(つば)を無意識にいじりながら黙々と列につづく。


 異郷からきた人間たち······会ってみたい気もするが、会えたら会えたで、いったい何を話せるのだろうか。

 ってか、遭遇、即戦闘なんだよな。いずれにしても夢物語か············





 賊徒の一党が潜むという、国境(デ・ヴェ)領の町はコドルカという。

 ユオルらの担当領(ロスキー)との境というだけでなく、自国ディルソムと隣国ウェラヌスギアとの国境に位置した町という、いささかややこしい特色を持っている。この立地ゆえに、賊徒の根城として目をつけられてしまったのだろう。



 資金潤沢な騎兵集団というならともかく、歩兵中心の集団の歩みは鈍い。おまけに隊長殿が大遅刻ときた。

 案の定、この日の進軍は半端な所で日没に足止めをくい、野営という運びとなったことは誰も怪しまなかったろう。






 深夜。

 宿営のなかで寝静まっていた兵士たちは、くり返し吹きくる夜風のような騒がしさで眠りを破られた。



「大変だ起きろッ!! 襲われてるぞ! 敵襲ーッッ!!」


「! 敵襲ッ!? ······敵襲ぅーッッ!!」



 はしっこく天幕(テント)から顔をだした一人のあげたひきつり声が響きわたる。口々に復唱しながら、衣甲もそこそこに、枕にしていた剣をとって外へ転げだす。

 あたりは一面を暗赤色が占め、整列してならぶ幌膜はとっくに炎に蝕まれていた。

 真っ暗な闇の向こうは見透すことはできない。

 ただくろい陰が明滅しながら不気味にゆれ踊り、悲鳴と怒号がない混ぜになって響いてくるだけだ。


 あっ! と誰かが叫んでふり向いてみると、ユオルたちの寝ていた幌幕にも数本の火矢が突きたたり、安物の布張りは息もつかせずに燃えあがった。



「──敵は?! 敵はどこなんだよッ!!」


 恐慌におちいった頭をたて直せぬままに剣を抜き放つ。直後、正面の闇からだし抜けに一隊の騎馬が飛びだした。


「わっ?!」


 正体をみとめてユオルが剣をひく前に、その刃先を馬にのった男の剣がはじき、駆け抜けていった。

 見間違い? そんなことあるものか。それは紛うことなく自分たちの隊長様とそのお側づきだ。

 余程慌てたものか、隊長は自慢のプレートメイルのただ胴のみを着け、必死の形相だった。残りはみなうっちゃって来たらしい。



「はぁっ?! お待ちを······!! 我々はどうすれば──」



 あまりの鮮やかすぎる逃走劇に仰天してユオルは問いかけたが、言葉さえも馬の脚に追いつくことはできなかった。哀願の声は暗幕にぼやけて消えていく。


 一同、唖然としてつづく言葉もない。



「おい?············いまの······隊長じゃなかった、のか······?」


「············ウソだろ? ······俺達、見捨てられた············?!」



 一瞬の断絶。

 だがすぐに沈黙をうめるようにして大歓声がかぶさり、松明を手に手に一団がなだれこんできた。無様に逃亡した大将首を追ってきたのだ。

 恰好もバラバラな者どもはこちらを認めると、手にした棍棒や鎌を振りあげて雄叫びをあげる。たまらず警兵側も、血走った目がたがいにみえるほどに身を寄せ、剣をひき抜く。

 さらに仲間の元へもどり損ねたユオルの目前には、男がひとり、ヌウッと仁王立ちしていた。



「············!」


 不覚にも気圧された。

 息を呑む。

 大きい。背丈は他の者より頭ふたつは抜けて高い。

 だがそれにも増して威圧感を漂わせるのは、男の(まと)っている鎧のほうだ。


 まるで(オーガ)の顔を前面に貼りつけたような意匠のそれは、黎明(れいめい)時の空にも似た、濃紺のなかに煌めく星屑を細やかに散らせた美しいものだ。

 ただ身体を覆うというだけのものではなく、美術品といってもいいような複雑にいり組んだ造りで、磨き抜かれた表面が焔を面妖に照りかえしている。

 いかに鉄鋼加工に長けたディルソ厶といえど、またとは目にかかれぬ逸品······紛れもない、この世の技術を超越した装具······



 つまりコイツが······!



「うっ············ウワァァァァーーーッッ!!」



 ジリジリと迫りくる死の圧力にとても耐えられない。震えあがったユオルがしゃにむに斬ってかかったことを責めることは出来まい。

 だが──



「えッ!?」



 鎧の男は、提げていた剣で受ける素振りさえみせなかった。であるにもかかわらず鎧にふれた途端、ユオルの直剣はまっぷたつに折れとんでいた。

 嘘だろ!? いくら安物の使い古しだって、鉄製のものがこんな簡単に······!!


「ふん······」


 男は絶望の表情をうかべるユオルを一瞥(いちべつ)すると、苦もなく腹を思いきり蹴飛ばして地面へと転がせる。


「聴け!」

男は声を張りあげた。


「貴様らの指揮官は臆病にもひとり逃げだした! 貴様らを置き去りにしてな! これでもまだ楯突くというならかかってこい! 相応しい最期をくれてやろう!

 だが! 降るという者があれば命だけは助けてやらんでもない! 約束しよう!······貴様らは武運がなかっただけだ、降ることは恥ではないぞ!!」



 この言葉に警兵らはたがい顔を見合っていたが、もはややむ無しとみた誰かが剣を捨てると、みな次々とこれに続いた。

 やっと身を起こしたユオルも後ろから縄を打たれ、同輩ともども、あべこべに賊徒にひっ立てられていく。


 




 一目散に後もかえりみず、ひとしきり逃げた隊長ら一行はようやく馬をとめて、ひと息ついた。

 危なかった。あのまま踏みとどまっていれば、さらなる大恥をかくところだった。

 それにしても賊め、夜襲などと! ああもためらいなく外道な真似をするか。

 騎士でない者になにを言ったところで理解できぬだろうが、それでも欠片ほどの誇りがあるならば、あんな戦い方、思いつきすらせぬはずだ!


 にしても、やはり解せぬ。


「なぜだ。俺の隊の行動がなぜこうも筒抜けなのだ··················!」



次部は視点変更。

もうひとりの主人公のところへと翔びます。

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