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狭まる包囲網


 いくら自国の賊を追うためとはいえ、他国の域にまで兵を派遣することは当たり前ではない。

 百歩譲って認められたとしても、ディルソムの軍と合同作戦という形のもとで行われるはず。

 となれば当然、まずは当該地区の領主がこの役を担うわけで、それらを加味してもダルゴーニとかいう輩の動きは首を傾げるものである。調査がますます必要性を帯びてくることに疑いはない。


 問題は、それをどうやって、他国人の私が行うか、なんだけど············


 伝家(おくにもと)短刀(いこう)か! いやいや。たしかに使えば容易く済むかもしれない。

 が、三首竜紋は万能ではない。それどころか諸刃の剣とさえいえる。濫用、とまではいかなくても、使えば使うほどこちらの首も絞めることになるだろう。

 本来の役目は他国滞在時の安全を保証するものであり、おいそれと誰にでもみせてよいものではないのだから。

 とくに、信用のならない人間の前では。


 味方が、いるなあ············


 代わりに借りた馬の鞍にひょいとまたがりながら、ロプスは思案するのだった。





「失礼いたします」


 朗報が届いたのは、コドルカにほど近いとある村へと着いて、そのちいさな宿に部屋をとってすぐのことであった。

 先程きいた宿の女将の声であったので、何か、と問うと、「お連れ様がいらしておりますが」とのことだ。


 お連れ様?


 首をひねるが、勿論心当たりなどまったくない。

 まさかあの凡暗(ユオル)が反省して戻ってきたか! いや、色々考え併せてみれば、この村に自分がくるかも知れないことは推測できないではないだろう。思ったより頭が働く男だったか······



 はたして木組みの階段をおりたエントランスのテーブルで「やあ」と、待っていたとばかりにこやかに手を上げたのは、



「ヤシャロ先輩?!」


 そう、旅装に身を包んだ学院の優美なる先輩であった。






「父上の遣いでね。無理をいって出してもらった。お客様であり、じっさい後輩のキミばかりにやりたい放題されるのが癪だったから」


 借りた部屋で、しばらくぶりの木卓(テーブル)を囲んで座る。

 口ぶりこそ冗談めかしているが、チラとこちらに走らせた彼女の視線は、わりと本気であることを告げていた。

 こりゃ、さすがにすこし怒らせてしまったらしい。何度も忠告してくれてたものな。



「遣い、ですか! どんな?」


 ヤシャロ・プレスベルグが田舎の茶に口をつけ、ひとつ眉を動かしカップをおく間に、ロプスはそれとなく話の方向を逸らした。


「······キミ、どうする心算(つもり)だったんだい! あくまでも他国人であるキミが、かりにも貴族である領主をどうこう出来るわけないのに」


 さすがはディルソム国の情報統括の一端をになうプレスベルグ家、どうやらすっかりお見通しか。まあ、話が早くていい。


「──ということは······期待、してもいいんでしょうか」


 まったく。小憎らしいほど可愛いとはこういうことか。


 不敵に笑顔をむけてくる後輩の顔に、ヤシャロははぁ、とため息をついてから、拗ねるようにみて諦め笑いをする。


「······ああ。『元々』、プレスベルグはダルゴーニに疑問を覚えていた、ということにしてくれればね」


「勿論ですとも!」






「これは言い訳になるが、父上は現在、警兵局にながれる不正な金の流れを内偵している最中だった」


 宿をで、国軍の駐屯地まで乗騎の手綱を繰りながら、ヤシャロはいった。いったん街へとひき返すことになるが、用件が用件なだけにやむを得ない。


「なかなか巧みにあちこちを経由しているらしく、影はあれど、という状況だったらしい。

 だから私も思案してみたんだ、学生らしい手段でね。

 ──クーベル嬢の事件で、なぜグランシャス家の名が出てきたのか不審に思った」


 たしかに。

 でも、あれはスケコマ──息子の悪癖を利用してのカモフラージュだったのでは?


「仕組んだ相手が誰であれ、ほぼ間違いなく学外の人間であるはずだ。いくら何でもミハエド君の武勇伝にまで詳しいわけはない。

 つまり、彼の素行と今回の件がかみ合ったのは、綿密に調べあげてのことだと考えるのが自然だ。そうであるなら、濃密な念······というか、執着みたいなものを感じないかい?」


 つまりグランシャスの名に泥をつけたのは、企画者にとってはいわばついでだったにせよ、それなりに理由のある行動だった?


「そして、なぜ狙われたのがクーベル嬢だったのか。

 はじめは裕福な商家をねらった単なる営利誘拐かとも思ったけれど」


「手口が綿密すぎる?」


「そうだ。わざわざ貴族の名をだすことは、却って事を運びにくくするだろう。

 これはもっと強制力をもった、脅し、だよ。

 彼女の家はもともと隣国(ウェラヌスギア)の、平民の出自だ。そしてこれは、(ウチ)のような家系の界隈ではよく耳にすることだが、密偵(スパイ)役を押しつけるのにもっとも適した人材は、他国から移住した影響力のある人物。

 それも平民であればなお望ましい······」


「つまり、クーベルを人質にしてクーベルの父上を密偵(スパイ)に仕立てようとした······」


「すべてはここ、国境(デ・ヴェ)領に集結する」



 だとすれば、またひとつ疑惑の欠片(ピース)がパズルにはまることになる。

 それもとてつもなく重く、大きなやつが。

 もちろん、すべては机上の推論の域に過ぎないけれど、疑惑を持つには充分なものだ。


「ちなみにグランシャスとダルゴーニは······」

「上司と部下の関係」


なるほど納得。





 こうと決まれば、ヤシャロの動きは早かった。

 護衛の士数名をひき連れ、予告どおり内務支局に現れた当主の名代、そして次期当主である彼女の鶴の一声で内密の捜査が始動し、二日と待たぬうちに、ダルゴーニの怪しい動きが浮き彫りになっていった。



「手勢を二手にわける」


ヤシャロはこう決断した。


「相手が我が国の貴族である以上、捜査には私が父の名代として当たる。

 すでに書状はおくった。これで無駄に足掻いてくれると助かるんだが······そう上手くもいかないだろう。

 私は領主の監視をせねばならないから、コドルカへの視察を任せてもいいかい?」


 ロプスは決意をこめてうなずきを返す。

 はじめから、協力を得られるだけでもありがたいと思っていた。


「······正直、なにが起こるか分からない。君の言葉どおりウェラヌスギアも兵を出しているなら、最悪戦闘もありえる。

 難しい舵取りになるんだよ! 本当にいいのかい?」


「そもそもこのためにここまで来たんです。六国同盟のため尽力したい、この気持ちは揺らぎませんっ」


 ヤシャロは小さな貴族をみつめる。


 つくづく君は──不思議な奴だ············


「······ああ。

 我が国の軍旗を立てていくと良い。隣国(あちら)が退いてくれる公算はたかいだろうからね。

 よし、ではかかるぞ」



誤りを修正しました。

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