邂逅のカーニバル②
食って飲んで、食って。
市の片隅におかれた出店の粗野な長卓の席で、ただひたすらに、飢える胃に食物をながしこむ。
おそらく人生でもっとも忙しくして、歓喜の絶叫をあげているであろう五臓六腑が充ちてはじめて、ユオルはほっと緊張をゆるめた。
その間、少女──ロプサーヌとかいったか──は、テーブルに頬杖つきつつ、こちらの様を面白そうに眺めている。
どうにも珍妙な獣をみるような好奇の目にさらされ、ユオルは気恥ずかしくなって目線を逸らし、口を袖で拭った。
「落ち着いた? じゃ、食後の歓談。話してもらおうかな」
そっと目をやり、様子をうかがう。
この身形のよさ······貴族? 貴族だよな?
「······助けてくれた──下さったことにはお礼申しあげますが············失礼ながら、貴女のような御方にお話いたしましても······」
「······も〜っ、私は生命の恩人だよ? キミまでそんな事いう?」
「······すいません」
いいよ、慣れてるから、といって彼女はすこし逡巡してから、ちょいちょい、と身を屈めるよう指示をだす。
いわれた通りユオルが長卓の縁に顔をよせると、視界をふいとなにか白いものがよぎった。
なんだ? これは······槍? ちっさいくせにこんなもの背負ってるのか。
それは見るほどに変わった槍だった。
まず槍先と柄のバランスがおかしい。普通、槍といえば柄はながく、それたいして刃先は短いものだ。ところが反対に、ケースに収まったこれの槍先はかなり長めで、柄とのバランスは二対一といったほどもある。一見手槍か、長柄の剣のようにすらみえた。
チラリ、となにか光がわずか目を射る。
いまこの槍、一瞬光った? ······反射か?
そんなユオルの様子にもかまわず、彼女は「ちょっと、見るのはこっち」と、懐からなにかを取りだしてみせる。
なにかと思って視線をもどすと、それは短剣だった。
見事な彫刻のはいった飾りの銀鍔に、黒の鞘にはしる、金の精緻な刺繍が特別な気品を感じさせる。
いやまて、この形······
瞬間、ユオルもあの警兵署長とまったくおなじ反応──ビクッと痙攣して硬直する。いや、短剣なんて変哲もない物にではない。
その黒革の鞘、金の刺繍が描きだす印に対してだ。
「三首竜の、紋章············!」
それは、自分のような庶民すら知っているもの。
六国の盟主たるサヴェリウスの王家、サルヴェンドラ家のみが用いることのできる紋章──もし偽物などで悪用しようものなら、一族郎党皆殺しで済めばよいほうだとまで言われている。
それを、こんな、子供が··················?
ユオルは口をあんぐりとあけ、その目を不本意な評価だと言わんばかりのロプサーヌに移した。
「······さ、これで教えてくれるよね? キミが見聞きしたこと、洗いざらいまるっと頼むよ。
場合によっては融通がきくこともあるかも知れないネ」
ユオルは硬直からなおると、あとはもう、つるつると口から言葉が流れでてていた。
──で、俺たちはロスキーから賊の討伐にでたんです。
──夜襲をうけて士官たちに置き去りにされ、仲間も散り散りに······
──ずっと鬼鎧団とかいう賊に囚われてこき使われて······
──奴らを追ってウェラヌスギアから討伐軍が密かに······
──マズノルの案で、迎え撃ちにでた奴らの目を盗んで、ウィラヌスギアの兵に混じって、やっと逃げだせたんです············
「······ふぅん。それでフラフラでひとり彷徨ってたってワケ、か」
いつしか、ひとしきり語り終えていた。
渇きをおぼえ、ユオルは木製のカップにのこっていた羊乳で喉を潤す。その間、ふたりの間に奇妙な沈黙がうまれた。
なぜだろう、すごく気まずい······
なにか意見なり、あるいは同情の言葉なりいってくれてもよかろうに。目の前の相手はなにか考え込んでいるのか、聞こえるのはただただ雑踏の音のみだ。
そっと目線をあげてみる。
「?」
なぜだか怒っているように見える、のだが。
「························」
「············あの?」
「──ああもうッ! 呑気だなぁキミは!」
ほんとうに突然だ。ロプスが声を荒げて立ちあがった。
「いやキミだけじゃない、キミたち、だ!
怪しいと思わなかったの?! そのマ何とかだよ、鬼鎧団に密告したの! 彼が密偵だったんだ! いやそれだけじゃない、そいつは──!」
興奮し卓をうった彼女に、ユオルだけでなく周囲の衆の、ギョッと目を丸くした視線が集中する。
「············いや。これはまだ推測をでない、けどさ」
ロプスは空咳をしてストンと腰をおとすと、ズイ、と顔を彼のほうへ寄せてくる。
「いい? とにかくキミはソイツに利用されたんだ。感謝してる場合じゃないんだよ」
「??············ですが、俺ァ、奴のお陰で助かったんです。奴が密偵だってのなら、何でわざわざ俺まで」
「······悪くとらないで欲しいけど、誰でもよかったんだよ、きっと。
たまたまキミがお人好しで、たまたまおなじ機会に居合わせたから。独りで逃げるよりふたりで逃げたほうが追手の目も分散する、そういうことさ」
「そんな、··················」
ユオルは呆然としてロプスの瞳をみつめ返し、あの晩牢内で奴とあわせた右の拳を、ゆっくりとかたく握りしめる。
ッッ············あいつッ!! 俺を、俺たちを騙していたッッ······!?
ロプスはハーッ、と息をついて立ちあがった。
「ま、これですこし解ったよ。キミに逢えたことはまったく幸運だった。ここはもちろん私が払っておくから」
話は終わったのだろう。そう受けとったユオルも礼を口ごもって立ちあがり、背をむける。
「······ちょっと? どこ行くのさ。アテあんの?」
「いえ······でも、じっともしてられませんから」
暗い声音。不穏な兆候だ。ロプスは眉根をよせる。
「出来れば証人として、しばらく同行してもらいたいんだけど?」
だが返答はなかった。
無言でひとつ頭を下げると、ユオルは背を向けたまま人混みに呑まれるようにして姿を消したのだった。
「······強がっちゃってさ······」
チャリチャリと銅貨をお手玉しながら呟いて、ロプスはこれを卓に載せた。
士官学院・生徒自治会室。
クーベルは客用のソファから、窓際に立ちつくすヤシャロを睨みあげた。
「独りで行かせた? なんでなんです、先輩っ?」
「············」
六国同盟維持にともなう特級治安条項──
そんな項目が、六国同盟条文のたしか第七だが八だかにある。
ざっくり言うと、ある一定の水準までにかぎり、盟主国たるサヴェリウスが、同盟下国内での治安維持に介入できる権利を有する、というものだ。
それは内政干渉であり支配ではないのかという文句は、同盟締結時からあったし、いま現在口出しされている側として、自分も好ましくは思ってはいない。
だが、それが百年の平和に貢献してきたのもまた事実だから。
帰りの馬車のなかでアレを示された時、認めるしかなかった。どうして行かせたのだと責められても、ヤシャロに選ぶ道はなかったのだ。
「························」
それでも、彼女が手をこまねいたという訳では、けして無い。
彼女はついに父親へ報告し、ロプサーヌにたいしてしかるべき処置を依頼していた。
それはそうだろう。あんな物を見せられては、余計放ってなどおけるはずがないではないか。
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