第三話
一斗は朝一番に県の図書館まで出向き、二年前の新聞を調べることから始めた。退院前から事件について報道された情報を見聞きし、警察の聴取でも多少の情報は得ていたが、先入観を持たずに悪夢との整合性を確かめたかった。
主要四紙だけでなく地元紙や週刊誌も事件の記事は隈無く調べ、可能なものはコピーしてもらう。
何から始めたら良いか分からない一斗だったが、まずは事件に巻き込まれた、あるいは関わった人達のことを知りたい。何か思い出すことがあるかもしれないし、その人達の中には自分を救ってくれた人がいる可能性が高い。唯一生き残った自分が顔を出せば相手を不快にさせるかもしれないが、夢で見たように誰かが自分を庇って突き飛ばしてくれたのであれば、命を救ってくれたお礼と犠牲にしてしまった謝罪はすべきだろう。
当時の新聞には死亡した被害者や一斗と一緒に搬送された警察官の名前も掲載されていた。また、入院中に受けた警察からの事情聴取でも関係者の名前は聞いていたし、警察官以外の被害者に関しては大まかな住所と職業も教えられていた。もっとも記憶を無くしている一斗は、彼らの質問には何も答えられなかったが。
知り得た名前とおおよその住所をもとにネット検索をかけ、信憑性の高そうな情報を選び出した。また、死肉を漁るハイエナの如く関係者の自宅に押し掛けていたマスコミの報道写真や動画に写る付近の風景と、ストリートビューや航空写真で推定する。次いで住宅地図を数年分閲覧し、該当しそうな住所を確認した。図書館では住宅地図のコピーは不可能で、職員がチラチラと見ていたのでメモも取れず記憶が頼りだ。皮肉なもので、過去の記憶は覚えていないくせに新たな情報の記憶力は自分でも驚くくらい良かった。
もっとも、住宅地図会社と契約すれば月額料金は必要だがネットで閲覧は可能だ。
また、最近は固定電話を契約していなかったり、していたとしても掲載を断る加入者が多いが、念のため住所を基にNTTのハローページを数年間分確認した。駄目なら専門業者に依頼するか直接住所を訪ねるつもりだったが、幸い二人の固定電話は掲載されていた。亡くなったのが契約者だったのか、下の名前は変わっているが住所と名字が合っているからほぼ間違いないと思われた。最後の一人は該当者がいない。ストリートビューでも住所付近を確認してみたが、表札など個人名が見えそうな部分はボカシが入っていて見えなかった。住所を基に直接訪ねるしかない。
当面必要な情報を入手しつなぎ合わせるのに掛かったのは三日間。それらしい固定電話番号の二人に電話をかけることにした。
一人目は別の病院に搬送された後に死亡した警察官、浦野だ。当時の階級は警部、殉職で警視正に二階級特進しているはずだ。
最近は特殊詐欺や悪徳商法が横行しているため、知らない番号からの電話に出てくれるか期待はしていなかったが、五コールほどで中年女性が電話に出た。
「突然申し訳ございません。私、二年前の事件で入院していた柊木と申します。何とか退院できたのですが、事件の時私を助けてくれたと聞いて、浦野警視正にお線香をあげさせていただけたらと思いお電話差し上げました」
本当に浦野家か、あるいは夢で見たように突き飛ばして助けてくれたのが浦野かは判らないが、ほかに電話の理由を思いつかなかった。
「……どなたから訊いたかは存じ上げませんが、人違いではないでしょうか。失礼いたします」
一瞬の躊躇いや口調から、一斗の予想では浦野の妻本人と思われたが、取りつく島もなく電話を切られた。
二人目は一緒に搬送され二週間後に亡くなった警察官、甲斐巡査部長宅。事件に関与した可能性を報道されていたのと関係があるのか、こちらは二階級特進をしていない。
着信音三コールですぐに留守番電話に切り替わったため、とりあえず浦野家と同じ内容のメッセージと自分の携帯番号を残した。
最後の一人、野村は固定電話の掲載がない。搬送も治療もされず現場で死亡が確認されたのは彼だ。電話番号が分からないので、住所を頼りに直接自宅に行くしかないが、多少の躊躇いと不安がある。その理由は、亡くなった野村の生前の職業にあった。