第二十話
犬連れでも利用できるカフェは、店内のテーブル席のほかテラス席もあった。
「私が注文してくるから、決まったら一斗はアレンとテラス席で待ってて」
入り口に置かれたメニューボードを見ながら有希子が言った。なし崩し的に呼び捨てにされている。
「おすすめはホットサンドかな。もう子供じゃないんだから、三個はいけるでしょ?」
遠慮しないようにだろう、先程の一斗の言葉を返された。
「じゃあお言葉に甘えて、ベーコンエッグとツナ、ジャーマンポテトを。ドリンクはホットコーヒーがいいかな」
「了解」
店内に入るドアには、犬を模した飾りが付いたアンティーク調のドアベルがあり、鈍い音で出迎えてくれた。
「これ、兄貴が亡くなる少し前にお土産で持ってきたんだって。デザインは素敵だけど、音がイマイチだよね」
注文に向かう有希子を見送りながら店内をざっと見回したが、先程の男たちはいない。さすがに男二人で何時間もいたら怪しまれるだろう。だが、交代要員は付けたようだ。恐らくは、外の様子を観察できる窓際の席を取った三十代前後のカップル。懐っこいはずの看板犬たちの素っ気なさからも、二人が犬に興味がないことが窺えた。
また、テーブルに置かれたスマートフォンは先程の男たちと全く同じ機種、簡素なカバーまで一緒だった。恐らく支給されている物か。
なるべく離れたテラス席を取った一斗は設置されているポールにアレンを繋ぐと、テーブルや椅子の下に盗聴器が取り付けられていないか確認する。
すぐに有希子がドリンクだけを持って戻り、一斗の横に座った。
「何をしてたの?」
「神経質かなとは思ったけど、盗聴器が仕掛けられていないか一応確認してただけ」
「意外とそういうところに気が回るよね。線が細そうに見えるわりに大胆だし。ところで、付き合っている子とかいないの?」
唐突に聞かれてコーヒーを吹き出しそうになった。
「いませんよ」
「じゃあ、気になっている子とかは?」
「有希子さんて、鈍感とか空気読めないって言われないですか?」
「何それ。失礼しちゃうわ」
拗ねた顔をして視線をそらした時、タイミング良くアルバイトの女の子がランチの食べ物を持って来てくれた。アレンの分のボウルもある。
「お待たせ。有希子さん、今日は楽しそうですね。もしかして彼氏さんですか?」
話し方からすると、有希子とは顔馴染みらしい。一斗の方をチラッと見て笑顔を見せた。
「こんな生意気な男の子を彼氏にはしません」
「またまた……。じゃあ、午後もアレンと楽しんで下さいね」
女の子は一斗に手を振ると戻って行った。
「いただきます」
有希子に言ってからホットサンドの包みを開いた。有希子も自分の包みを開くと、ボウルをアレンの前に置いた。中身は犬用の鶏のササミだ。用意してきた携帯用のカップに水も入れた。
「二年前のこと、一斗はどこまで知ってるの?」
「報道されたことは大体調べましたが、当時の新聞やニュースサイト、警察の公式発表がメインで、週刊誌やネット情報の中から釣りじゃないもので整合性が取れそうな情報も合わせてまとめました。でも、全部公開されているものだから、知っていることは有希子さんと大差ないと思いますよ」
一斗は先日から調べている当時の新聞記事や警察発表から分かっていることを話した。
拳銃押収の努力目標達成のため、暴力団の後藤組と癒着していた甲斐が常習的に拳銃を購入していた疑いがあること。その情報を組織犯罪捜査係の浦野が独自に入手、取り引き現場となる高牧Dメッセの公園内のトイレで甲斐と後藤組の野村を現認し、何らかのトラブルとなったこと。その結果甲斐と浦野が撃ち合いとなり、逃走しようとした野村は、公園の草刈りに当たっていた造園業者が置いていた予備のガソリンを奪って撒き、気化したガソリンに銃撃の火花が引火し爆発が起きたこと。
浦野と甲斐の体内から摘出された弾頭の線状痕から、浦野は警察拳銃として貸与されていたSIG社製九ミリ口径のP220を使用、甲斐は入手経路不明のチャーターアームズ社製三八スペシャル口径のリボルバーを使っていたと思われること。
また、関係者全員が死亡しているほか、爆発と火災で拳銃などから指紋は検出できておらず明確な物的証拠もほとんど無いため、事件から二年が過ぎた今も事件の全貌は分かっていないこと……。
「それで、巻き込まれて吹き飛ばされちゃったのが自分ですね」
深刻な表情の有希子を和ませるよう、最後は少しおどけて言ってホットサンドの残りを頬張った。




