第十八話
有希子と共に、アレンを連れてドッグランに入ると、ゲートを完全に閉めた。他の犬の様子を見てから有希子がアレンのリードを外す。元々警察犬を目指して訓練を受けていたというだけのことはあり、リードをはずしてもアレンはお座りをして遊びの指示を待っている。
ピッタリとしたスパッツの上にポケットが付いたハンドラー用ショートパンツを穿いた有希子から、アレンのおやつを何個かもらうとお互い五十メーターほど離れてアレンを走らせる。
有希子が「Go!」と合図をすると、一斗目掛けて弾丸のように走ってきた。甘えて尻尾を振っている。「OKアレン、いいぞ」
一斗は誉めてからおやつを一個あげた。
一斗と有希子の間を何度か往復させたあとは、ボール遊びだ。一斗が投げたボールに向かいダッシュをすると、ジャンプをして器用に咥えて見せる。ジャーマンシェパードはその骨格のせいもあり腰が弱い個体も多いが、アレンは元気そのものだ。
ひとしきり遊んだあとリードを繋いだアレンに水を飲ませると、有希子に誘われドッグラン脇のベンチで休憩にした。細すぎず健康的なスパッツの脚に目が行きそうになったが、視線をアレンに向けてごまかした。それでも隣り合っているため、有希子の体温や鼓動が伝わってくるような気がする。
「この間言っていた、兄が突き飛ばして助けてくれたって話、あれは嘘か気を遣って盛っていたでしょう?」
有希子がアレンを撫でながら聞いてきた。
「少なくとも嘘ではないかな。正直、誰が突き飛ばしてくれたか分からないし。本当に突き飛ばされたのかもはっきりとはしなかたけれど、お兄さんの遺影を見たとき、その可能性が高いとは感じました。何故だかは分かりませんが」
「優しいんだね。でも、私は兄貴の無実を信じているし、真実を知りたい。気遣いとかは要らないから、知っていること、覚えていること、何となく感じていること、思い出したこと。なんでも良いから教えてくれないかな。一斗君の助けが必要なんだ」
「もし自分が思い出した記憶がお兄さんに不利なことだったら、有希子さんはどうしますか?」
真剣な眼差しの有希子に一斗は問い返した。気持ちがピンと張り詰めているのが手に取るように分かる。気丈に振る舞ってはいるが、二年間気の休まる日はなかったのかもしれない。
「それは……。その時は受け入れる」
有希子は覚悟を示している。ならば自分もそれに応えるべきだろう。
「分かりました。お兄さんの無実を証明するために自分の記憶が必要なら、思い出したことや気づいたことは全て教えると約束するし、協力できることがあれば何でもします」
「記憶を無くした年下の男の子を利用する、嫌な女だと思うかも知れない。でも、今の私が手にできるカードはあなただけなの」
「あなたを嫌な女性だと思っていたら、最初から断っています。だけどあなたが手にするのは、あなたとお兄さんを繋げて望みを叶えるだけじゃなく、絶望に繋げる可能性も持つ、いわばジョーカーみたいなカードですよ」
真実を知りたいのは自分も同じ。それが有希子を傷つけるものではないことを祈るしかない。
「構わないよ。二年間、兄貴の無念を晴らす機会はなかったんだ。君に賭けるしか今の私にはできないし、多分これが最後のチャンスだと思ってる」
有希子は二年分の思いを抱えている。兄の無念を晴らすのは悲願と言ってもよいだろう。だが、あまり思い詰めると、その重さに途中で参ってしまいそうだ。もう少し気楽にとも思うが、血の繋がった兄妹にしか分からない感情は理解できた。何より、兄の無実を証明できるかもしれない一斗の出現が有希子を焦らせているのは間違いない。




