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ムーンレイカー

死ぬか…

ターミナル駅の大きな喫煙所でふと思う。


「世の中には頑張りたい人、応援されたい人が沢山います。

そのために自分は応援し、最適な場所を提供したいんです!」


どこの会社かは覚えてないが大学4年生の春、就職活動で初面接の時に言った言葉。


あの頃は社会がどの様に回っているか、人がどうやって飯を食っているか根本的には理解できていなかった。


「〜〜さんのおかげで今は順調に働けています!」

「〜〜さんが紹介してくれた会社、本当に良い会社でこれから頑張れそうです。」


はじめは言葉に一喜一憂し、やりがいとはこのことなんだろうとその時は思っていた。


その後、話を聞くと皆辞めていった。

上司は「お前は悪くない。」と言っていたが、実際のところ会社の利益が上がれば自分たちは飯が食える。

根本はそこだと気づくのはそう時間は掛からなかった。


社会に出て5年が経った頃、朝の電車に乗ろうとすると足が上がらない。


「出社しないとノルマが…」


そんな独り言を話しているうちに足が上がり始めたので電車に乗る。

いつも乗っている路線、朝は満員電車で他人に迷惑をかけない様、吊り革にしがみつく。


みんな頑張っている中、自分だけが甘えるのは許されないと言う使命感だけが時間を忘れさせてくれる。


「帰りは空いてるから頑張ろう…」


そう思いながらいつも通りの電車に乗り出勤をしたある日、久しぶりに定時で仕事が終わった。


そこに待っていたのは朝と同じようで違う光景、嬉々として押しつぶされているスーツ姿の人たち。


定時退社したのにこれかよ…


頭の中でつぶやいてしまった時にはその中の1人に紛れていた。


いつも乗り換えるターミナル駅、普段なら乗り換え用改札口に携帯を置くはずがいつもとは違う場所に携帯を置いていた。


第一印象が大切と今となっては作者の分からない自己啓発本を読んで辞めたタバコとライターを買っていた。


頭が浮く様な感覚が残り、なぜ買ったのか自分でも分からなくなっていた時にふと死にたくなってきた。


駅の改札に入り直し、いつも降りる駅から一番近い車両に乗っていたはずがホームの恥に立っていた。


そして電車が来ていないのに足が進み点字ブロックを跨いだ瞬間、肩に衝撃が走った。


「お兄さん何してんの!?」


おれには兄弟なんていないぞ?なんて思って振り返るとそこには大学生だろうか、蛍光灯に反射するくらい明るいが、根本から数センチは黒い髪をした若者がスーツの襟を掴んでいた。


「今、飛び込もうとしてた?」


若い男は喉の底からそのまま出した様な低い声で尋ねてきた。


「自分でも分からないですが、貴方にはそう見えたんですね。」


無気力に出た言葉、もうどうでもいいと思っていたんだろう。

どうせ止められたってまた足を動かせば最後は変わらない。

そう思っていたところに若い男性が尋ねてきた。


「あんた、死ぬのはいいけど人に迷惑かけない様にとか思わないの?」


今更どうでもいい、よくある小説に電車に飛び込んで異世界に行くとかあったな…


そんなことを思いつつ仕事で培われた薄っぺらい笑顔で私は答える。


「別にそんなことは思ってませんよ?ちょっと落とし物をして場所を確認しようとしただけです。」


我ながら咄嗟の嘘がここ5年で上手くなったとしみじみ思う。


「まあ、そういうことにしておいてやるよ。

電車が来る3秒前みたいなタイミングだったけどな」


無駄に鋭いなこのガキ…


「少なくともお前の命を救ったんだ、何か奢れよ」


「は?」


明日にはまた仕事がある…いや、今日死ぬならせめて若人に奢ってやるか。


「はぁ、わかりました。けど今から改札を出るんですか?」


「どうせ定期だろ?俺も定期だし出るのは自由だろ」


「まあ、そうですね」


「焼き鳥食いて〜」


いけしゃあしゃあにたかりやがって…

怒りが湧いてくると思ったがスッと感情が冷めていくのがわかった。


「じゃあいきますか。」


月明かりの下、出会って30分も立っていない若者と2人歩く。


若者は歌いながら偉く上機嫌の様に見える。

その歌詞がえらく心に響いた…


5分ほど歩いた頃、駅では仏頂面だったが突然笑顔で振り向き若者は言い放った。


「俺、誰かの命救ったの初めて。まるでヒーローじゃね?」


「ヒーロってのは遅れてくるもんなんじゃ無いんでしたっけ?」


「やっぱ死のうとしてたじゃん…」


笑顔は束の間、こいつは感情をスイッチで切り替えてるのかと思うほど急に冷めた顔になった。


昔、そんな人形があったなと名前を思い出そうとしているうちに繁華街に着いた。


「焼き鳥なんてどこでも売ってるでしょ?適当に入ろうぜ。」


思った以上に適当なやつだな…


平日ということもあり、店にはすぐに入れた。

お互いビールを頼み、お通しと一緒に出てきたタイミングで若者が笑顔で言い放った。


「この出会いにかんぱーい!」

「乾杯…」


こいつの表情筋はどうなっているんだ?

心に余裕が出てきたのかそんなことばかり思う様になっていた矢先に、


「どうして今日、死のうとしたの?」


テンションがコロコロ変わるなおい…


どうせ最後の酒になると思い味を噛み締めながら答えた。


「誰かのために働きたい!なんて、たいそうな夢を掲げていたのですがその夢が砕かれて心が折れたんですよ。」


ここまできたらやけだ。愚痴って論破して気持ちよく死んでやろう。


「そんで、死場所をあの駅のホームにしたわけか。」


「おっしゃる通りです。」


「死場所を決めんじゃねえよ。」


「いいじゃないですか、自由に生きて自由に死にたいんです。」


また嘘をついた。見え透いた嘘を。


「あんた誰かのためにとか言ってたのに結局自分勝手なんだな。」


「っせえよ、クソガキ…」


生まれて初めてジョッキをテーブルに叩きつけたと思う。


「社会に出てないテメェが好き勝手に説教垂れやがって舐めてんじゃねえぞ…」


ここまで酔いが回ったのはいつぶりだろう。


若者は涙を堪えているのだろうか。

勢いで詰めてしまった。


少し冷静になりビールを飲むふりをしてジョッキ越しに若者を睨みつける。


「死ぬなら必死に生きてから死ねよ。」


嗚咽混じりに若者が声を絞り出す。

周りの客の目線が痛い。

これでは大人が公開説教をしているみたいではないか…。


「お会計で…」


店を出て無言のままターミナル駅へ2人で向かう。


さっきまで表情がコロコロ変わる人形みたいなやつが打って変わって下を向いている。


「俺もムキになって悪かった…」


「今更、慰めたって遅えわ」


気まずくなり勢いで買ったタバコに火をつける。


ここ、路上喫煙禁止だよな…


この際どうでもいいが考えることが無かったので、ふと思う。


「あんた、ほんとは誰かのために生きたいんだ。それを一回の挫折で死ぬなんてもったいないよ…」


店に入る前の明るい笑顔とは違い、慈悲にも似た優しい笑顔で若者は諭す様に言い放った。


「じゃあどうすればいいんだよ…」


さっきとはまるで逆で、俺が説教されてるみたいじゃねぇか…


そんなことを思いながら無言で歩く。


ターミナル駅に、つき若者と別れようとした時、ギターの音が聞こえてきた。


「路上ライブってやつか…」


ギターを片手に自分のなりたい姿を語っている様に見えた。

普段はただの雑音なのに異様にムカついた。

夢を捨てたと思っていたのに目の前で絵空事を語られるとひどく胸が抉られる気持ちになり、ひたすら不快でしかなかった。


「お兄さんも同じこと思ってる?」


「同じか分からないが、自己満の音楽は聞きたくない気分だね。」


「同じじゃん…」


若者がつぶやいた瞬間、腕を引っ張られ人の輪を抜けた。


若者がギターとマイクを奪い取りマイクを投げてきた。


「これも誰かのためになるかもよ?」


「この時点で迷惑しかかけてねぇだろ…」


「何歌おうか?」


「曲名はわからないが、お前が居酒屋に行く途中ち歌ってた曲で」


「へぇ〜あの歌が響いたならお兄さんをまだ生きたいんじゃん」


「うっせぇわクソガキ」


「現時点をもってクソガキ禁止な」


ギターの音が鳴りだす。


ってヴォーカル俺かよ!?

まあ、ギター弾けないんだけどさ…


揉め事が起こったと思ったのかギャラリーはライブハウスと見間違うほど集まった。


今思うと恥ずかしくて死にそうになる。

だけど死にたくない自分がいる。


気づいたら訳のわからない心と声叫んでいた。


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