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短編

ヒロインやってる場合じゃねぇ

作者: 猫宮蒼



 気付いたら死んでた。


 そんでもって、

「ハッ、ここは乙女ゲームミラプリの世界ッ!? ってか私ヒロインになってるー!?」

 というとてもテンプレな転生をした。


 実際問題よくあってたまるかな話だけれど、創作物ならもう掃いて捨てても山盛りになってるくらいよくある話だ。


 なお転生した事に気付いたのは、まさしくゲームがスタートする直前。

 オープニングがこれからはっじまっるよー☆ するところだった。


 原作以前より原作知識を活かして有利に事を進めちゃおう、とかそういうズルはできなかったあたり、なんというか作為的な何かを感じる。

 これから通うのは、年頃の貴族たちが通う学園。

 昔は貴族の教育って各家庭で教師を雇ったりして、って感じだったんだけどそれだとどうしても教育の差が出るし身分が高くてもお金のない家だとかは悲惨すぎるしで、かといって貧乏貴族は淘汰せよ、なんてあっさり切り捨てちゃうと色々な問題がある。

 ギャンブルだとかで散財して貧乏なら切り捨てられても自業自得ですよ、の一言で終了するけれど、たとえば領地に災害が、だとかで立て直すためにお金を使った結果貧乏に、なんてところを切り捨てたら今頃王家は敵だらけ、どころか反乱起こされて国が終わっていてもおかしくはない。


 流行り病で多くの人が死んだ事で、そういった病が次また猛威をふるわないとも限らない。治療薬の研究だとかでお金がカツカツ、なんてところもあるし、持てる者の義務として他の家だって資金援助したりする場合もある。けれども、災害対策だとかはどうにかなっても特効薬の研究はそう簡単に終わらない。運が良ければ早い段階で結果が出るかもしれないが、そういうものは大抵何度も失敗する。よくある話だ。


 ともあれ、家が貧乏になった貴族たちが家庭教師などを雇わず親が子の勉強を見る、とかしたとしてもだ。

 悲しいくらいに教育の差が出たのである。


 普段はそこまで気にならない事であっても、いざ公的な場所に他の家の貴族たちも集まって、なんてところで浮き彫りになる教育の落差というか格差。国内の貴族同士の集まりですらそれが気になる程なのだ。

 他国の貴族たちと会うような事になったら、間違いなくおかしな目で見られかねない。


 どうしようもない事とはいえ、だからといって他国に恥を晒して良しとはならない。

 故に、教育の差が広がりすぎないように、最低限のラインまでは知識や教養を……という事で成人前の数年間を学園に通う事は義務となったのであった。

 まぁ、わからなくもない。

 社会の歯車として特に何も考えなくてもヒトに言われるまま使われる人生を送るなら頭の中身が空っぽでも困らないかもしれないけれど、貴族って大抵人の上に立つ立場の人たちが多いわけだし。


 上が馬鹿だと苦労するもんね……



 それ以外にも、人脈を広げるという目的もあるらしい。


 閉鎖的な環境で代々付き合いが限られていた家が、仲良くしていた家がある日没落した途端他に関わる家がなかった結果色々と苦労した、なんて話も聞いた事がある。

 親世代の付き合いが跡を継いだ子にも受け継がれるにしても、仕事の話はさておきそれ以外の個人的な友人関係をとなると難しいなんて場合もある。


 自分で作った人間関係ならともかく、人から押し付けられたも同然な関係だと余程の事がないと上手くいかないなんて事もよくある話で。


 まぁ人間閉鎖的な環境で過ごしてるとそこが全てになりつつあって、実際そんな事はないのにここの常識が世界の常識、みたいに思ったりすることもあるから……



 ともあれ、私も男爵家の生まれとはいえ貴族は貴族。

 こうして学園に通う日がやってきたというわけである。



 ヒロインが出会う攻略対象者はそう多くない。

 乙女ゲームの基準がどうだか知らないが、それでもイメージとしては攻略対象が少なくとも三人から五人くらいはいるのが普通だと思っていい。


 個人製作のゲームだと攻略対象は最初から一人だけ、なんて事もあるけれど、ゲーム制作会社が作ってる乙女ゲームだとむしろこの程度の攻略人数は少ない方だ。

 下手すると二十人以上お相手がいる、なんてゲームもあったからね。

 全部クリアするとなると、あまり好みのタイプでもないキャラもいたけどそこは乙女ゲーム。プレイしていくうちに今までどうでも良かった相手が最終的には「やだカッコイイ好き……!」ってなる。


 ちょろいって言わないように。


 とりあえずこの世界の元になってるだろう乙女ゲームに関しては、攻略対象はそういない。

 メインヒーローは金髪碧眼の王子様。とっても王道である。

 ちなみに俺様系ではない。どこからどう見ても王子様。

 多分ストーリー的にも王子と結ばれるのが正史みたいな部分ある。


 ちなみに自分が一番好きなキャラだった。

 他のキャラも嫌いじゃないけど、王子程ときめかなかった。

 なんていうか、王子の方が攻略もちょっと苦労した分エンディングを見た時の感動がひとしおだったのだ。

 特に苦労も何もなくするっとエンディングにいっちゃったキャラってさ、攻略はらくちんだけどそこから先の熱量がそこまで盛り上がらないというか……

 だからといってどのキャラも攻略難易度超絶高いとクリアできずに諦める流れになるかもしれないから、お手軽に攻略できるキャラはいていいとも思うんだけども。



 ともあれ、ヒロインに転生して、王子と結ばれるのが公式みたいな雰囲気があるのであれば、そして自分は王子の事が好きだというのもあってそりゃ目指すっきゃないよなぁ! 王子ルート! と思ったわけなんだけど。




 撤回しよう。



 王子ルートに突入とかしない。

 絶対にしないぞ。


 まず王子ルドルフを攻略する際、ヒロインの恋の邪魔をする相手が登場する。

 公爵令嬢エリアーデだ。

 彼女は王子の婚約者で、王子に近づくヒロインに敵意をむき出しにするいわば悪役令嬢なのである。


 いやまぁ、自分の婚約者に近づく女がいたらそりゃ敵意持ってもおかしくないとは思うんだけども。

 しかもただお近づきになってるだけならともかく、恋してるのがバレバレとなればそりゃまぁいい気はしないだろう。


 とはいえ、ゲームの方では最終的にエリアーデが身を引く形となってヒロインと王子が結ばれるんだけど……



 身を引かれては困る。


 そもそもこの二人の婚約はよくある政略結婚。年齢だとか家柄だとか血筋といったあれこれを考慮した結果最良の相手だった、ってだけで二人の間に愛とかそういったものはなかった。

 幼い頃に決められたのもあって、自分たちの意思など一切関係なくそれでも一応交流してきたわけだが、二人の仲はとてもギスギスしていたのだ。

 ゲームの中では。


 ルドルフとエリアーデは学園の中ではわざわざ二人きりになったりなんてしない。それでもバッタリ出くわした時、二人はそれはもうお互い険しい表情でバチバチにやりあうのだ。


「あら、こんな所で油を売っていてよろしいの? ルドルフ様ともあろう御方が果たしてこんなところでのんびりしていられる余裕なんてあるのかしら?」

「おや、それはこちらのセリフだとも。きみこそ、早く家に帰った方が良いのではないか?」


 なんて感じで放課後の学園で遭遇した時の二人の様子は、マジで険悪だった。ゲームの中の話だけど。


 これゲームの時は王子とヒロインがいたから令嬢もそんなセリフを牽制がてら言ったんだろうなって思ってたし、王子は王子でそこまで行動を制限されるいわれはないぞとばかりに反論しただけなんだろうなって思ってたんだよ。ゲームの中では。


 念を押すレベルでゲームの中ではって言ってるけど、では転生したこの現実世界ではどうなのか、となるとですね。



「あらルドルフ様、今回のテスト、もしかして調子が悪かったのかしら?

 でしたら無理はせず早いところ帰ってお休みになられたら?」


「ははは、何を言っているのかわからないな。万全の状態で臨んだとも。

 きみこそ、解答欄を一つずつ間違えた、なんていう凡ミスでもしたのかな?」


「あらあら、いくらなんでもそのようなミスは有り得なくてようふふふふ」



 ――と、まぁ。


 こんな感じ!



 いやあのね、聞いて。

 現代日本だったらそもそもテストの点数結果とか順位にして貼りだしてるのなんてぶっちゃけマンガとかの中でしか見た事ないんだけどさ。

 ここ一応乙女ゲームの世界とほぼ同じ世界っぽいしそこは同じだったの。


 で、今回の順位、王子が二番で令嬢が三番だったの。


 二人ともそもそも家柄だけは抜群にいいし、お金だってたっぷりあるから勿論教育は幼い頃からバッチリなわけ。しかも二人とも優秀であると周囲が太鼓判押してるし、勿論自分たちはそうだという自負もあったと思うの。


 実際この成績の順位を見ればすごいと思うよ?



 ただ、本来ならば令嬢がトップで王子が二番、ってなってたはずなの。

 なお王子と令嬢の点数差、一点。多分どっかで凡ミスしたか正解した時にもらえる点数が大きい問題を間違えて他のこまごましたところで稼いだか……


 でもさ、普通に凄いわけじゃん?


 だというのに二人して廊下に貼られた結果を見てバッチバチ。

 こっわ。ゲームでもこういう感じだったけど、実際間近で見るとマジこっわ。


 って思ったわけ。


 まぁ、怖いだけではなかったんだけども。



 いや、このやりとりだけならゲームの中同様二人ともお互いの事嫌ってんなぁ同族嫌悪か? とか思って、それなら王子ルート狙いでも問題はないよねがんばろ。とか思うわけなんだけどさ。


 違うの。


 すっごく険悪なムード漂ってるんだけどさ、この二人、間違いなく両想いなの。


 そんなところに割り込める? 無理じゃん?

 険悪ならまだしも両想いの相手に割り込むとか泥棒猫も真っ青だよ。



 えー……実のところこの試験のトップは誰だ、となるとですね。

 私です。


 いやあの、うん。


 男爵家だし教育とかそこまでじゃなかったとはいえですね、転生したので前世の知識とかは正直そこまで役に立ってなかったんですけれども。

 ただ、文字は覚えてしまえば読み書きとかどうにでもなるし、計算とかそういうのは前世の知識でコツは掴んでいる。

 それ以外の部分はなんていうか、未発表の設定資料集でも読んでる気分になってついつい教科書を読みこんだし、なんだったら図書館とかテンション上げて突撃して本を読み漁った。


 聖地巡礼どころかここが聖地だとばかりに堪能した。

 結果として、ゲームのヒロインちゃんの成績は序盤は大体真ん中かそれよりちょい下、くらいだったのに初っ端からトップ爆走したわけですよ。チートでもないのに。


 いやだって、面白かったのこの世界の歴史とか、裏話見てるみたいで。

 あっ、こういう話があるからあのゲームではこういう表現が使われていたのね、みたいなね?


 ゲームに関係なさそうなやつでも、どこに伏兵が潜んでるかわからんからね。そりゃもう図書館が開放されてる時間びっしり入り浸りましたとも。


 勿論最初は王子ルートを狙おうと思ってたんだけどね?

 かなり最初の段階であの二人が両想いだってわかっちゃったので下手に邪魔しないようにしないと……と思って。下手にヒロインである私と関わる事で王子の中でどんな心境の変化が訪れて私にコロッと恋に落ちる、とかなったら洒落にならん。


 やめろやめろ、私はルドルフ様とエリアーデ様が結婚する時に双眼鏡用いて遠くからバッチリ幸せそうな二人を眺めるっていう仕事があるんだ。幸せな二人が誓いのキスをする場面を見るって決めたんだ。



 ……でも果たして本当にこの二人、きちんとくっついてくれるのだろうか?


 この世界が乙女ゲームとほぼ同じ道筋を辿るとしてだよ?

 もしうっかり私と王子がいい感じになったらエリアーデ様は勿論王子の事を想っているわけだし、婚約者である自分を差し置いて男爵家のちんちくりんな小娘を、なんて思ったらそりゃまぁヒロインとか知らんわって感じで牽制したりするのも当たり前だと思うんだけども。


 でもそこで最終的にゲームと同じようにヒロインの事認めちゃったらさ、ゲームと同じように自分から身を引く事になっちゃうわけで。

 あ、ちなみにこのゲーム断罪シーンとかはないです。嫌がらせとかは確かにされるんだけど、最終的にそれでも諦めず心折れずにいたヒロインを見て令嬢自ら身を引きます。


 ゲームだけやってた時はさ、それでよかったんだけど。


 でももし、この世界が実際公式だったとすると。

 好きな相手によその女が近づいて、しかも自分が好きな相手がその女と親しくなって、軽い嫌がらせとかしてそれで別れるならその程度だろうし、もし乗り越えたならそれだけ彼女も王子の事を愛しているのね、なんて自己完結した令嬢が自分の恋を諦めて身を引くって形になっちゃうわけですよ。


 ひっ、悲恋~~~~!!


 ゲームだったらハッピーエンド! とか思ってたけどこうしてこの世界に転生してみたらあのエンディング実はバッドエンドだったんじゃね? って思えてくるくらい悲恋~~~~!!


 だめだだめだ、何がなんでもこの二人をくっつけるぞ! いや婚約者なんだし普通にそのままいけばくっつくはずなんだけど。

 だがしかし不確定要素であるヒロインがいるからな……ヒロインをなんとかしねぇと。

 あっ、私か。


 えっ、でも流石に学園を退学とかして物理的に距離取るのはちょっとな……こっちも将来かかってるから学園退学はやべぇわ。

 とりあえず王子と関わらんようにしとこ……




 って思ってたんですけどねぇ。


 なんか関わる事になっちゃったよね。



 そもそも二人が両想いなのでは? と疑った原因は簡単である。

 二人が険悪にツンケンやりあった後、私は時に王子、時に令嬢と遭遇していたのである。

 遭遇といっても相手の視界に入って存在を自己主張したりはしていない。ただ、人のあまりいない所を通ったらそこに王子、または令嬢がいて……ってパターンだ。


 二人がツンケンやりあった後だ、とわかったのは簡単。


「どうしてエリアーデの前だと私は素直になれないんだ……あんな言い方……このままではエリアーデに嫌われてしまう……」


 と小声でぼそぼそ言ってる王子を時に目撃し、またある時は。


「あぁ、何故わたくしったらルドルフ様にあのようなキツイ物言いを……これではルドルフ様に嫌われてしまうわ……」


 とちょっと前の発言にとっても後悔している令嬢を見たらさぁ。


 余程の馬鹿じゃない限り察するじゃろ?


 こう……ゲームだとさ、二人ってお互いに出来がいいのよ。

 優秀で、将来二人が王と王妃になるなら安泰だね、とか言われる程度には。


 けれども実のところ、王子ってそこまで優秀ではなかったっぽいのよね。

 令嬢の方が少しばかり優秀っぽいみたいな感じで、それにおいていかれないよう王子は密かにたくさん努力をしていた。

 でも頑張るのって中々に大変なのよ。目標がハッキリしてるっていってもさ、ゴールが遠いとしんどいの。

 それもあって、ゲームの中ではヒロインが癒しみたいな感じになって、そこから王子と距離が縮まってく感じだったんだけど……


 お互いがお互いに素直になれずにいる二人の間に割り込むとか無理です。


 だから関わるつもりはなかったんだけど、そう決めた直後からやたら遭遇するのよね。この二人と。


 ゲームだったら王子と関わるのはわかる。攻略対象だし。

 結果として自分の婚約者に近づく女に接近して牽制しようっていう令嬢もやってくるのはわかる。


 でもそういうんじゃなくて、何かもう二人が素直になれずキツイ言葉の応酬した後とか人の少ない場所でくよくよめそめそしてるのを目撃するようになったわけですよ高確率で。体感十回に九回くらいですかね。それもうほぼ全部じゃろがいって言われたら否定できねぇ。



 私なんかは一周回って楽しくなってきてるけど、二人からすればそうもいかない。

 私からすれば「おっ、今日も仲良くケンカしてんな」くらいに思えていても、二人にとっては素直になれず相手にキツイ言葉を浴びせ傷つけてしまった……! と後悔しきりなわけで。


 自分の言葉で好きな相手を傷つけてしまった……! という後悔で自らをも傷つけてるわけだ。


 すれ違ってるカップル見るのって私的にはとっても健康にいいんだけど、流石にいつまでもすれ違いっぱなしなのも可哀そうになってきたので、関わらんようにしとこ……と思っていた私は自らの誓いを早々に破り二人と関わる事になったのである。


 とはいえ。


 片方は王子、もう片方は公爵令嬢。

 そして私はしがない男爵令嬢。


 わかるか……? 乙女ゲームだったらヒロインという事で接点を作れるわけだったけれど、ヒロインとして活動しようとしていない私には二人との接点が、ない……!

 いっそヒロインムーブかまして二人の当て馬になってもいいんだけど、それやったらさ、最悪二人から嫌われるじゃろ? 下手すりゃ修道院送りとかされて二人の幸せな結婚式をこの目に焼き付けるというミッションが達成できなくなる、ってわけ……それは困る。


 くっ、前世みたいに身分のない状態だったら知り合うのもそう難しい事じゃないんだけどな。

 同じ学校繋がり、職場繋がり、趣味の集い……そういった部分から取っ掛かりなんて色々あるというのに……!

 ここじゃ同じ学園に通ってるって共通点があっても身分のせいで壁がありすぎるのよな。

 王子や令嬢から声をかけられたならともかく、自分から声をかけるのはよろしくない。


 どうすればスマートにこの二人の事態を解決できるのか……学年トップの頭脳を誇る私でも、この難問は簡単に解決できなかった。



 ――結局のところ。


 相手に声をかけて話しかける、という事をするから不敬になるのであって、そうでなければモーマンタイなのでは? という暴論にも等しい結論に落ち着いたのである。

 誰だ勉強だけできるタイプの馬鹿って言ったやつ! 今なんか電波にのってそんな言葉が聞こえた気がした。気のせいかな? 流石に謎の電波を受信できる体質になったとは思いたくないから気のせいって事にしとこ。



 というわけで、もう何度目かもわからん王子と令嬢のバチバチレスバトル後、私は行動に移る事にしたのである。


 いきなり王子に近づくのはよろしくない、と思ったのでまずは令嬢に近づく事にした。

 とはいっても、人の滅多に通らないところでいつものように王子にまーた冷たい事言っちゃったよぉ……みたいにくよくよしょげしょげしている令嬢の背後を通り過ぎる時に独り言を言うだけである。



「今日も今日とて愛しのあの子に酷い言葉を投げかけてしまった~なんて嘆いてる王子を見たあとでー♪ 同じようにしょんぼりしている令嬢を目撃し~♪ もうほんとこの二人やる事なす事そっくりか~、っとくらぁ」


 独り言……? と疑問に思ってはいけない。


 もう適当なリズムに乗せていくしかないかなって思った結果だ。一体どこの酔っ払いだとか言わないでほしい。ぶっちゃけ素面でやってらんないって部分は確かにある。とはいえ飲酒はしていない。ご安心召されよ。


 背後を通っていく私と、その私の歌声に後悔の嘆きを口に出していた令嬢はぴたりと口を閉じ、数秒置いてから恐る恐るこちらを振り返った。その間にも私は適当な鼻歌でリズムを奏で、颯爽と通り過ぎようとしていく真っ最中である。


「お待ちなさい」


 その言葉に。

 私の足はピタリと止まった。


 見てたんですの!? 見てたんですのね!? とガクガク揺さぶられて詰問されたりはしなかったけれど、まぁ詰め寄られはしたよね。

 なので私も正直にお答えした。


 今回は先に令嬢の方に行ったから王子が今現在本当に嘆いてるかどうかは知らんけど、でも過去のあれこれを見ているので今回も嘆いてるだろうとわかっている。信じてるぜ王子☆


 二人が学園でバチバチに言い合ってるのは周囲の生徒も見てはいる。

 いるのだけれど、その後の懺悔タイムを目撃した生徒は私だけである。なんでやねん。まぁ人のあまり通らないところにわざわざ足を運ぼうって思わないだけかもしれんけど。


 なので、割とここの生徒たちから見た二人は婚約者だけどお互いを嫌いあっていて政略結婚だからそこに愛はないと信じてるんだろうなってところだ。まぁでも優秀な二人なので、将来的に国を任せるには問題ない、と思われてる。


 いや実際この二人ラブラブやで……って言いたいけどまず誰も信じてくれないだろうなぁ。今の状態だと。



 ともあれ、私は今までに見聞きしたお互いの嘆きをそれはもう一言一句間違えずに語って聞かせたのである。盗み聞きはしてないよ。通りすがったところで勝手に独り言言ってる人がいただけだよ。

 令嬢が以前ぼやいていた言葉もばっちりしっかりだったので、嘘は言われていないと判断された。とはいえ、わたくしのその言葉は早急に忘れてちょうだいと言われてしまったけれど。いやじゃが?

 この後王子にも語って聞かせて恥ずか死一歩手前まで誘導しようと思ってるので忘れません絶対に。


 まさか王子も自分と同じく後悔しているとは思ってなかったようで、令嬢はとても釈然としない気持ちだったっぽい。まぁ自分がその場面に居合わせたならともかく、そうじゃないから私の虚言である可能性も疑うよねそりゃ。


 でも王子も令嬢の事は大好きなんだよ信じて! 私の言葉は信じなくてもいいけど王子の気持ちは信じてあげて!!

 という熱意たっぷりな言葉に令嬢は一応頷いてくれた。信じたというよりは勢いに負けただけかもしれない。


 とはいえ、では自分は王子を好きだし王子も自分の事が好き、と思ったとしてもだ。

 それでいきなり今までの態度を改められるかってーと、人間そう簡単にできちゃいないからさ……

 王子が自分に厳しい言葉を言ってくるのもてっきり自分は婚約者として相応しいと思っていないから、とか思ってたからね。ネガティブか。十人中百人振り返ってもおかしくない美少女のくせに自己評価なんで低いの。

 学年の成績だってトップ5以内に常にいるし、身分をひけらかして下々の民を蔑ろにした事もない……あれ? やっぱこのご令嬢がヒロインなんじゃね? って思えるくらいの人格と人望を持ってるくせに、好きな相手に対して自信が持てなくなってるのなぁぜなぁぜ。

 いや、だから最終的に身を引いたって事……?


 やっぱあのエンディングバッドエンドだったんじゃね……?



 ともあれ、いきなり好きな相手に素直に気持ちを表現できるかっていうと、それはとても難しいわけで。

 お顔を合わせてお話すると素直におしゃべりできない、とかいう状態なので、じゃあもう手紙でも書けよと私は提案したのである。

 どうせ書くなら深夜に書けとも言った。えっ? 何も酷くないよ?

 深夜テンションで書いたラブレターって後から読み返すと地獄かもしれないけど、この二人にはそれくらいの勢いが大事なんだよ恐らくきっとメイビー。



 というわけで、早速書いてきてもらったラブレターは私が届ける事にした。

 他の人に頼もうにも、他は皆ほら、二人が政略だけで成り立ってる愛も何もない二人、みたいな印象だからさ……頼みづらいってのもあったんだよね。

 あとここの皆育ちがいいからしないとは思うけど、王子に渡す前に手紙を勝手に開封して中身を読んだりとかさ……もしされたら令嬢が死んでしまうかもしれない。何せ中身は深夜テンションで書き上げて読み返すなんて正気に戻る事もないままに封筒に封印されし代物だ。

 封印解いたらうっかりエ〇ゾディアとか出てきたりせぇへん……? って気がしてきましたな。



 ともあれ、私は王子が一人反省タイムをしているところへ足を運び、そうして声をかけたのである。


「ヘイそこの王子様! お届け物ですぜ!」


 とても令嬢がかける声ではないと言ってはいけない。

 ここで下手に王子に女性と認識されてうっかり王子ルートへの道が開いたらアウトなので、絶対女に見られないようにしないといけないのだ。

 とはいえ、制服を着ている時点で私の性別が女であることは一目でわかる。スカートだしな。女装した野郎であると思われる可能性が果たしてワンチャンあるかどうかは微妙なところ。

 故に私はまず王子に顔を見られないよう両腕を適当な角度で顔の前で伸ばし顔を見られないように声をかけた。なんか中二病患ってる人がやりそうなポーズしてるな、って冷静な部分が思ったが、顔をマトモに見られないためなので仕方がない。


「届け……え?」


 壁に向かって反省会してた王子は振り返り、私を見て露骨に困惑した。そうだろうそうだろう。間違っても恋に落ちんなよ。

 そもそも王子に向かってかける言葉ではない。礼儀どこいった、とか思われたとしてもそこはそれ。

 私はとりあえず軽くぴょんと跳んで身体を反転させ王子に背を向ける。そうしてすっと令嬢から受け取っていた手紙を左手に取り、右手は軽く顔のあたりに添えた。エア帽子のツバを気持ち下げるような感じで。

 そのまま後ろ向きに王子の方へ歩き出す。ほらあれ、ムーンウォークとか言われてるああいう感じですいすい~っと。


 最初に王子の方を向いていた時点で距離は大体わかっているので後ろを向いたまま王子にぶつかるなんてヘマはしない。

 そのままノールックで王子に手紙を渡せば、王子はとても困惑した様子でもってそれを受け取った。


「貴方の事を愛してやまない女性から――まぁぶっちゃけるとエリアーデ様からです」

 左手から手紙の感覚がなくなったので、そのまま親指をグッと立てておいた。

 そしてそのまま前に向かって歩き出す。絶対に王子に顔は見せないというこの万全さよ……!


「あばよ」

 とか言って立ち去ったけど、令嬢と違って王子は「待て」とは言わなかった。多分、現実を把握しきれてないんだろうなぁ。

 まぁ私だって王子として育てられててこんな珍妙な生物目の当たりにしたら即座に現実認識できる気がしないから仕方ないと思う。


 まぁこの後からだ。

 二人とよく絡むようになったのは。


 といっても二人は周囲に人の目があるところで私と関わろうとはしなかった。あくまでも人の少ない場所で遭遇した時だけだ。

 しかもそれだって、一人反省会してた時に通りすがった私に気付いて「ちょーっとまったぁ!」って感じで確保するのである。いや、普通に呼び止めていただければ私も足を止めて話を聞く準備をしますけれども。

 逃がしてなるものかとばかりに令嬢に腕を絡まれ、王子に肩を掴まれる。


 いやこんなん何も知らん人が傍から見たら私お二人の浮気相手みたいじゃないですかやだーハハハ。


 だがしかし、ハイスペなこのお二人がそう簡単に周囲に見られるような場所で一人反省会とかするはずもない。なので私以外マジで誰も通りすがらなかったよね。顔を見られないように気を付けてたけど、おかげで王子には秒で身バレしたわ。

 令嬢はさておき王子が部下とか使ってこっちの個人情報を探ったりしてこなかったのはある意味で助かった。

 そんなんされておかしな噂が出回ったら私……私……ッ! 泥棒猫の称号をゲットとか流石に嫌だぞ。


 えぇ、まぁ、令嬢からの深夜テンションで書かれたラブレターを読んだ後もですね、お二人の様子は周囲の目から見てそこまで変わらなかったんですよ。


 令嬢が今見たら間違いなく正気を失い発狂しそうな深夜テンションのラブレターは王子から見てそれはもう熱烈だったっぽいんだけども、そこでお互い素直になって改めて相思相愛へ……とはならなかった。

 いや、そう簡単に変化できるならもっと早くにお互いの関係性も発展してただろって話なんだけども。


 ただ、まぁ、相変わらず二人で言い合いした後、ちょっとだけお互いに向ける目に変化があったくらいかな。今までは冷戦でもしてんのか? ってくらい冷え冷えとした眼差しをお互いに向けてたけれど、今はそうではない。

 あぁ~、今回もまた言いすぎちゃった~ごめん、ごめんねぇ~っていう感じで目が訴えている。



 いや、見つめあったら素直にお喋りできないのはもう仕方ないにしても、だったらお互い手紙で話し合えよって思うじゃろ? でも手紙を渡してくれる相手がさ、自分の家の使用人だとかに頼むには……って感じらしいし、かといって事情を把握してそうな私に頼むにしても普段は私と関わってるように見せてないから、いきなり人前で頼みごとをするわけにもいかない。

 更に直接手紙を手渡ししに行こうとなると、顔を合わせた途端お互いバッチバチ。


 今までがそうだったせいで、顔を合わせたら反射的になってんじゃないかしら……って思っちゃったよね。



 なのでまた私が二人の間に入ってお互いがお互いに抱く気持ちを独り言という形で暴露することになったのだ。


 ちなみにこれが学園に入って一年の時の話。


 二年目になって、二人の態度はちょっとずつ軟化してきたかな……? と思えるような気がしてきた。

 や、どうだろ。周囲から見たら冷戦の始まりですみたいなやりとりがいつお互い胸倉引っ掴んでの殴り合いとかに発展するんじゃなかろうか、みたいになってるからな。

 傍から見たら悪化してるような気しかしない。


 ちなみに成績は相変わらず私がトップである。どやぁ。


 ツンツンしてたのがツンギレみたいな感じに変化して、周囲ではもっと二人の不仲説が囁かれるようになってしまった。


 けど、二人がお互いに抱いてる感情って話聞いてるとさ。


 まず王子側。


 エリアーデが優秀で、このままでは自分は置いていかれるかもしれない。お飾りの王にはなりたくないし、いざという時に頼ってもらえなくなるのは嫌だ。だからもっと自分は優秀にならなければならない。


 次に令嬢側。


 ルドルフ様は常に努力を怠らず上を目指している御方。それなのに隣に並び立とうとするわたくしが怠惰なサマを見せるわけにはいきません。わたくしもあの方の隣にいてもおかしくはないと思われるくらいに努力しなければ。隣にいるだけではなく、もちろん公私ともに支えていければ、と思っていますのよ?



 っていうね。


 つまりこの二人、お互いがお互いに勝手に劣等感とか持ち始めて、こんなんじゃだめだ。相手の隣に立つには自分はこのままでは相応しくない。もっと、もっと努力して上を目指さなければ……! っていう感じなんだよね。

 お互いがお互いそう思ってるから、常に頑張ってるし、片方が何らかの結果を出したらもう片方もこのままではいけない……! と更に頑張る流れに入って、どんどん上を目指していくわけ。


 お互いを高めあえる仲、と言えればそれはある意味素敵なものに聞こえるけれど、しかしこの二人、お互いの身分とか血筋とかプライドとかその他諸々のせいで拗れたのである。

 しかもお互いがお互いに自分に自信をもってるタイプならよかったけど、微妙に自己評価が低いんだよね。


 それでいて表向き、というか外面は王子も令嬢もしっかりバッチリなので、実際お互いがお互いに劣等感を持ってるとか周囲に気付かれてすらいない。

 変なところで完璧なのどうかと思うよ。


 そこら辺もっと周囲に広まってたら、もうちょっと二人を見る目も微笑ましくなっただろうに。

 マジで周囲は二人が不仲だと信じ込んじゃってるもんなー……



 気付けばすっかり巻き込まれる形になっていた私は、なので二人の間に入ってお互いの言葉の通訳をし始めた。あれれー? おっかしいぞー? 通訳って異国の言葉とかそういうのだけだと思ってたのに何故自国語の会話を自国語翻訳しなきゃならないんだ?



 ともあれ、そんな事を繰り返していくうちに、気付けば私は王子と令嬢の身分を超えた友人として周囲に認識されていたらしい。

 一応成績でクラス分けされてて、今までも同じクラスにいたんだけどさ。

 でも私男爵令嬢だからさ。

 なるべく目立たないようひっそり気配を消してたんだよ。

 ヒロインやれるだけの見た目ポテンシャルはあったけど、目立たぬように地味メイクしてまで目立たないように徹していたのにな!

 この二人に存在認識されて間に挟まれてたらそりゃ認識されもしますわ!


 地味メイクはそれはそれで時間がかかるものなので、この時点で面倒になってメイクやめた。

 見るがいいこの乙女ゲームのヒロインできるだけの愛らしさを!

 なお地味メイクやめただけで可愛く見えるメイクはしている。乙女のたしなみだからね。



 ちなみにそんな感じで二年が終わって三年に進級した。



 三年になったら将来設計的な意味でそろそろ色んな意味で忙しくなるだろうな、と思ってたんですがね。

 確かに忙しかった。

 主に二人の通訳でな!!


 おっかしいだろ! 勉強とか将来の進路的なやつとかで忙しくなるならわかるけど、なんで二人の間で二人の言葉の通訳するのに忙しさが増してんだよ!!

 それでも成績トップの座だけは譲らなかった。お前らの通訳して成績下がるとか仮に親に聞かれても言えない理由だからね! 意地でも死守しましたとも。

 とりあえずそのおかげと言っていいものなのか、一応ね、卒業後の仕事先が決まりかけてはいるのよ。


 うん、お城で。

 女官っていうか、補佐っていうか。


 ここまで言えばおわかりだね?

 そうだよ翻訳係だよ。

 いい加減素直にお喋りしろよ結婚後も翻訳させる気か……?


 いやまぁ、それはそれで二人の幸せな生活を特等席で見る事ができるとなれば私としてはオッケーなんだけどさ。お城で働くとなればお給料も期待できるしね、うへへ。


 うちかろうじて男爵家って言える程度の身分しかないから、政略結婚とかもね、ないからね。

 だからまぁ学園でお相手見つけてこいよ、みたいになったようなものなんだけど。

 恋愛結婚できない場合、あとはもう爵位が欲しい平民の商人が金で爵位をお買い上げするのに貧乏貴族に目をつけるとかだからね。

 そうやって考えると、ゲームのヒロイン大抵誰とくっついても玉の輿では?


 まぁ、誰ともくっつかなくてもお城で働くならお給料も期待できるし、そのうち誰かしらいい相手がみつかるかもしれない。お城で働いてる人なら下働きだろうとそれなりに身元ハッキリしてるからね。職場恋愛は別れた場合悲惨だけど、そうじゃなければ出会いの機会はそれなりにありそう。


 そう考えると今後の自分の人生案外安泰では?


 まぁ、未来の国王夫妻のツンデレ翻訳はしないといけないんだろうけどもね?


 とりあえずは、今のうちにコツコツとあの二人は決して仲が悪いわけではなく、素直になれないだけなのよ、という感じで周囲に実は仲がいいんだよというのを少しずつでも広めていくべきかもしれない。道のりはとても遠いけど。



 ――なーんて思ってたし実際行動に移ったけど、まぁほとんどの人が信じてくれなかったよね!!


 あの二人が相思相愛? 御冗談でしょう? あんなに冷め切ってるのに。


 とかまぁ大抵の人に言われたわ。

 嘘じゃないもん二人は相思相愛で幸せな夫婦になるんだもん!!


 と、学園を卒業する前の私は学友たちにそれはもう力強く宣言したけど、大抵スルーされましたね。


 だがしかし、二人の結婚式の時、私は遠くから双眼鏡で眺めるでもなく割と近い位置で誓いのキスまでばっちり見る事ができたので、信じてくれなかった学友たちの事は許した。

 うっかりヒロインに恋に落ちる事もなく、王子は無事に令嬢と結婚したからね!! ゲームがもしこの世界の正史扱いで原作の強制力とか働いたらどうしようかと思ってたけどそんな事はなかったぜ!!



 そうして私はしれっとお二人の補佐という立場で働く事になったのである。


 最初は身分的にも男爵令嬢だったわけなので、他の人たちからはあまりよく思われてなさそうだったんだけど、共に公務をするようになった王子と王子妃になった二人は、学園に居た時以上に顔を合わせる事が増えたわけで。そうなると相変わらず素直になれずバチバチにやりあうわけで。


 その間に挟まって私が通訳していくのを何度となく繰り返すうちに、周囲の反応がちょっとずつ変化してきたのである。


 というのも、私が通訳することでトゲトゲしたチクチク言葉になってた二人のやりとりはお互いがお互いに思いあっていた結果である、と知られるようになり、お互い隠していた本音みたいなのが私の口から出るものだから、最初は親の仇でも目の前にいるんか? みたいな険しい表情してても最終的には二人そろって自分のお顔を両手で覆って赤くなったのを見られないようにしていたりするのだ。


 思ってもいない通訳であれば、二人がこんな風に赤面して照れたりするはずがない。

 嘘通訳であれば「何言ってんだこいつ」という目を向けられてもおかしくはないけれど、しかしお互いにとっての本心を言い当てられているので、歯に衣着せぬ相手を思いやった言葉になった途端それはもう盛大に照れるのである。


 そんな場面を何度か目撃するようになれば、私の言い分がまるきり嘘ではないと思う人も少しずつ出てくるわけで。


 実は学生時代からこんなんだったし、私が会う以前からもきっとこうでしたよ。

 そう私が言えば、まだすべての人に信じられてるわけじゃないけれど、それでも少しずつ信じてくれる人が増えてきたのである。


 多分だけど。


 お互い素直になれずそりゃもうバッチバチにやりあってたのを見た周囲が仲が良くない、と思う事で、その周囲の反応を見て更にお互い相手が自分の事を好いていないのではないか、とか思ってたんじゃなかろうかと私は勘繰っている。

 自分は好きだけど相手に嫌われている。悲しい。辛い。でも今更素直になんてとてもじゃないけどなれやしない……ならば、嫌われたとしてもあの人のためを思った言葉だけは伝えなければ……


 とかいう感じでエスカレートしてったんじゃないかなぁ、と。



 とはいえ、それもそろそろなくなるんじゃないかなって気はしてるんだよね。

 何せちょっと前の話だけど、エリアーデ様が妊娠した。

 そこに愛があろうとなかろうと、政略的な結婚だろうとなんだろうと、まぁやる事やればいずれは子供もできますよね、っていう下世話な発言はさておき。

 妊娠ってさ、安定期入るまでは油断できないし安定期入ったからって油断していいものじゃないわけじゃん?

 無事に生まれてくるまで決して油断できないし、赤ん坊がおぎゃあと産まれた後だってある程度成長するまでは予想外のハプニングをお届けしてくるわけだし。


 なのにね、エリアーデ様ったら妊娠してるんだから安静にしてくれればいいのに、普通に仕事するんですよ。書類仕事とはいえ、長時間やるとなると肩とか腰に負担はかかるし、目も疲れるし下手すると頭痛が発生したりするかもしれないわけじゃん? あからさまな肉体労働じゃないからって根詰めてやるのはさ、違うわけじゃん?


 けどエリアーデ様ったら、別に病気と言うわけではありませんし……なぁんて言うんですよ。

 そうだけどね!? そりゃそうなんだけどね!? でも、病気じゃないから駄目なんじゃん!!


 そんな一体何が悪いの? と言い出しそうなエリアーデ様にルドルフ様もキレた。


「病気じゃない? いっそ病気だった方がまだ良かった」

「まぁ!? 病に倒れていろとおっしゃるの!?」


 そしてルドルフ様の発言にエリアーデ様もキレた。


 なんでやねん。


 この人らのさ、何がめんどいって、お互い素直になれずチクチク言葉になっちゃうってわかってるくせに、相手の言葉をそのままの意味で受け取るところだよ。

 だから二人が相思相愛って言っても中々信じられなかったわけなんだけどさ。

 私だってあの二人が素直になれず一人反省会してる所に通りかからなかったらわかんないままだっただろうし、その場合は乙女ゲームのヒロインムーブかまして王子狙ってたものね。まぁそれも今となっては遠い昔の話なんだけども。



「はいお二人ともそこまで。

 全く、いつまでたってもお二人変わりませんねぇ。

 とりあえず今回に関しては私もルドルフ様の意見に賛成しますよ」


「そんなっ!?」


 ガーン! という効果音でも聞こえてきそうな反応されたけど、だって仕方ないじゃんね。


「素直になれないからついキツイ言葉になるのは前からそうでしたけど、どうしてお互いそうなのに相手の言葉に関しては自分と同じ翻訳かけないで素直にそのまま受け取るんですか……

 いいですか、今のルドルフ様の発言の意味は、病気だったらお医者様の治療とかお薬の処方とかで対処できるけど、妊娠は病気じゃないから何かあってもお医者様とかお薬でどうにかならない事もあるから心配なんだって意味ですよ。

 不治の病じゃない限りは治療法がありますからね。

 でも妊娠は病気じゃないでしょう。だから何かあったらって最悪の事を考えたらそれはもう心配なわけです。子供に何かあるのもイヤだし、ましてや最愛の妻に何かあったらどうしよう、っていう怖れ。

 いつもと同じでツンケンしてるけど、内心とても気が気じゃないわけです。

 だからこそせめて安静にしていてくれるのが一番安心なわけです。ルドルフ様も、他の皆さんも」


 ねっ、と周囲にいた人たちにも視線を向ければ、皆一斉にコクコク頷いてくれた。中でも一番頷いているのはルドルフ様である。


「素直にきみが心配だから、って言える人じゃないの、今までのでわかってるでしょうに。

 とはいえ、エリアーデ様も何もしないとそれはそれで落ち着かないっていう気持ちになるのはわからないでもないんです。今まで自分がやってたお仕事を減らすとなると、ルドルフ様にその分負担がかかるのではないか、と思って結局普段通りにやっちゃってるんだろうな、とも」


「え、えぇ、そのとおりです」


「はいでも駄目です今それやるとますますルドルフ様心配しちゃうので却下でーす」


 ちなみに現在地、お城のエリアーデ様の公務室です。

 ルドルフ様の公務室のお隣ですね。


 一緒の部屋で公務じゃないんだな……と最初思ったけど、まぁそこは何らかの事情があるんだろう。愛のない結婚ならともかく、ラブラブな状態で結婚する王族がかつていなかったわけでもないだろうし。織姫と彦星じゃないけど、新婚時代とかいちゃつきすぎてお仕事どころじゃない、となれば部屋を隣にとはいえ物理的にちょっと距離をとるのは正しいような気がしないでもない。


 言いながら私はエリアーデ様の机の上の書類をざっくり取り上げて、ルドルフ様に渡す。

 ルドルフ様もその書類を受け取って、そのままそそくさと隣の自分の公務室へ置きに行ってしまった。でも多分すぐ戻ってくると思う……あ、戻って来た。


 今回の件についてはルドルフ様の味方しちゃったけど、エリアーデ様の気持ちもわからんでもない。

 何もしないとそれはそれで一日が長く感じるだろうしな……


 とりあえず。


 エリアーデ様の公務室に戻って来たルドルフ様だったけれど、とりあえずお二人をルドルフ様の公務室へ移動させる。


「エリアーデ様は、これから当分の間ルドルフ様のお仕事を見守りながらそこの椅子にでも座って刺繍とか編み物でもしていてください。多分それが一番皆が安心するやつです」


 奥さんがいるならお仕事さぼろうなんて思わない――元からしない――だろうし、お仕事の進み具合をエリアーデ様も把握しておけば、多少は安心できるかもしれない。

 今まで自分がやってた分がどれくらい進んでいるかどうか、とか一切知らされないのも気になるだろうからね。


 私が刺繍とか編み物って言った事で、周囲でお仕事していた人たちの一部がすっといなくなって、その数分後には必要な道具が揃っていた。お城の人たちって優秀だなー。



 ――さて、この一件を機に、なんとお二人の関係性は大分改善されるようになった。

 見つめあうと素直にお喋りできないけれど、同じ空間で片方は書類、片方は編み物とかをしながら言葉だけを交わしていると、思いのほかすんなりと素直にお話しできたらしい。


 お互いがお互いの事好きすぎて、顔を見るだけでテンパってた部分もあったんだろうな。


 けれども、子が産まれたあたりで二人は顔を合わせて喋っても誤解しかされないような言い回しをしなくなってきたし、ツンケンしてたのもすっかり鳴りを潜めて穏やかそのもの。


 まぁ、今の今まで拗れに拗れてわかりにくい事この上なかったネガティブツンデレどもが、ようやっとお互いに対してデレを出すようになったのはいい事である。

 何せ周囲が無駄に誤解しなくなってきたからね。


 ほら! 言ったでしょ、二人はずっと相思相愛だったんだって!!

 やっと私の言い分が信じられた瞬間であった。長かったなぁ……なんて思わずじーんとする。



 とはいえ、二人が素直にお喋りできるようになったなら、もうツンデレ翻訳のお仕事はお役御免だし、そうなると二人の補佐っていう立場でもなくなるのかしら……と思ったりもしたわけで。

 まぁ、他のお仕事に回されるか、別のところで新しい仕事を見つけるか……と悩んでいたら、二人から一人の男性を紹介される事になった。

 かつて同じ学園にいて、隣のクラスだったらしいその人は、宰相補佐を勤めている。

 見た目とか肩書とかその他諸々聞けば、とんでもなく引く手数多だしとっくに結婚しててもおかしくなさそうなのに、え、何? どっかに人間的な欠陥でもお持ちで?

 なんて思ってしまったのは仕方がない。


 けど、噂を聞く限りはとてもそうは思えなくて。


 なんでそんな人を紹介されてるんだろう、と思いつつも直接会ってみれば。


「……ぁ、う、あ……」


 元が白い肌なので、とてもわかりやすいくらい赤面されて、まるでカオ●シみたいな声を発する彼は。


「学園に居た頃からずっと片思いしていたらしい」

 ルドルフ様がそう言えば、彼は赤面した顔を隠そうとするように両手で顔を覆った。

 ……反応がどう見ても乙女である。


「貴方がずっと独身なので恋心を諦める事もできず、けれど家の事情を考えるといつまでも独身でいる事もできず。かといって今更声をかけようにも同じ学園の生徒だった時と比べて気軽に話しかけられるわけもなく。

 と、彼なりに色々ありまして。

 その、お付き合いとか、どうでしょうか。駄目なら潔く振ってさしあげるのも優しさだとは思うのですが」


 エリアーデ様まで困ったように言ってくる。


 というかだ。


 ちょっと待って?


 なんだかこの人、見覚えがある……!



 …………あっ、そうだ思い出した!


 ゲームにいたわこの人!


 とはいえ攻略対象じゃない。

 名前と顔グラありのサブキャラさんじゃないですか!


 あのゲームには顔グラとお名前ありのキャラが複数名いたんだけどさ。ヒロインのお友達のご令嬢だとか。

 その中で、べらぼうに顔が良いのに攻略対象じゃない相手だったわこの人!


 どう見ても攻略対象だろこのツラ、って思ってたのにイベントはほぼないし、あっても精々日常のイベントとかの話題をぽろっと話すくらいの人。ゲームの中の世界観をちょいちょいプレイヤーにこんな感じだよ、って風に教えるキャラと言ってもいい。RPGなら最初の村とかでここは〇〇の村だよとか言ってそうなポジション!


 サブキャラの中では断トツ人気だったっけ。何故攻略できないのか、と世の乙女を大いに嘆かせた存在だったわ。私ももしかして隠しキャラか!? と勘繰って色々試したものです。まぁ攻略キャラじゃなかったから何をどれだけ頑張ってもエンディングなんてなかったんだけどね!!



 とはいえ、学園に居た時は割と穏やかに会話できる感じだったじゃん?

 ゲームの中では、って言葉がつくけど。


 というかだ。

 まさかまさかの展開である。


 ゲームでは絶対にくっつかない相手だぞ。

 それが何故今になって……


 もしかして、私が王子と令嬢――今じゃ国王夫妻だけど――をくっつけたから……?

 乙女ゲームのヒロインやらずに二人の仲をがっしりくっつけるためのお節介ババアみたいな事やってたから……?


 いやでも、その結果二人からこの人紹介されるとか予想外なんだわ。

 なんだ、お前らお互いに恋愛拗れさせまくってたくせに他の人の恋愛相談にはのってんのかい、って突っ込みそうになっちゃったじゃないか。


「……それで、どうですか?」


 思わず相手を凝視して固まった私に、エリアーデ様がそっと聞いてくる。


「えぇと……本当に私でいいんですか?」

「あ……ぁ……」


 いやカ●ナシ!


「貴女じゃないと嫌だそうです」


 そしてエリアーデ様が通訳するんですか!


「とりあえず、健全なお付き合いからでよろしいですか?」


 流石に恋愛イベントも何もかもすっ飛ばしていきなりエンディングに行くみたいなルートは私も戸惑いすぎて遠慮したい。学園卒業して数年経過してるから、今からお付き合いするにしてもまぁ……それなりに大人の付き合いになるんだろうけれども。



 まぁ、とりあえずは。


 この人とちゃんとお話しできるまでにならないといけないんだろうなぁ……とは思うわけで。


 ツンデレ翻訳はどうにかなったけど、カオナ●翻訳はできる気がしないんだけどな。

 まぁ、いざとなったら。

 エリアーデ様とかルドルフ様に聞けばいいかな……って思わなくもない。

 なんでこの人たち、相手のツンデレ翻訳はできなかったのに●オナシ翻訳はできるの? いっぱい謎である。



 ちなみに二年後にはこのゲームだったら絶対にくっつくはずのない相手と結婚する事になってるなんて。

 勿論現時点での私は知るはずもないのである。

いくら学園の中とはいえ王子とかに側近とか護衛はついてないんか、というありがちな突っ込みに関してはこの世界はそこそこ平和で学園内は警備もある程度厳重なので外部からの侵入者対策はされていて、それ故に学園内部は特に護衛とか必要ない感じとかいう風にでも思っといて下さい。


王子以外の身分高い人たちにも護衛つけてたら物々しい雰囲気になりかねないからね。学園って言うかもうそれ戦場一歩手前になっちゃうんだわ。

その上で内部で怪我を負わせるなどの事件事故が発生した場合のペナルティはとんでもない事になるので、まともな頭してたらまずやらないって事で平和が保たれてます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想返しありがとうございます。 [一言] 感想返し返しです。 作者様の判断を否定するものではなく、あくまで私の見解です。 ①『ヒロイン恋愛してないんだけど【周囲が恋愛してる場合】って大…
[良い点] これは攻略対象以外の友達が多そうなヒロイン…!
[良い点] 婚約破棄とかなかった。ゲーム内では攻略出来なかったカオナシ令息とのフラグが立ったのは、もしかしなくてもムーンウォークや酔っぱらい系お節介が面白れー女認定されたからでは…? 最終的にカオナシ…
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