死にかけの一手
「こっちだ友奈!!蜘蛛に襲われてる!」
そう叫んだと同時に蜘蛛が足?手?をこちらに向かって振り下ろしてきたので、転がるように回避、ドッジロール…というには不出来なものだったのか、地面の上で転がったせいなのか微かな痛みと共に視界の左上にある緑のバーの一部が無くなる。
ゲームをあんまりやらない身でも、これが無くなれば自分が倒れるというのは理解している、じわりじわりと余裕が無くなっていく、というか回避行動すら、下手に回避したら、穴に転がり落ちそうで怖さしかない…。
穴の底は見えない為、落ちたら命はないと確信できる。
「マジックショット!」
妹の言葉が響き渡る、言葉だけでわかる、攻撃支援だ!素早く転がってた姿勢から立ち上がり蜘蛛を見るが、ダメージを受けている様子はなく、むしろ余裕すら感じる、こちらがもう逃げれないとわかってるかのように…。
妹の方を見ると、青い塊がこちらに飛んできてるように見えたが、こちらに届くことなく、粒子となり霧散していった。
「あ、だめ!距離が遠すぎて届かない!20メートル以上の単体攻撃方法持ってない!」
嘘だろ、妹よ…。
最後の希望が断たれた…ただ穴の大きさが20メートル以上、青い塊が消えた位置と自分の位置的に30メートル以下なのはわかった…。
わかった所でそんな巨大な穴を万全な状態でも無理なのに、逃げる為に走り疲れている状態のジャンプで飛び越えられる訳もなく…いや、一つだけ突破口がある。
「友奈!後何分でここにこ」
妹がここに来れる時間を聞こうとしたが、全部言えなかった、蜘蛛の一撃が足の先端に突き刺さったのだ。
「ぐう!?」
「お兄ちゃん!?なんとか三分…は無理だよね……ごめん!倒された場合の敵は取るから!」
先程と違い、かなりガッツリとした痛みが足に響き渡る。
痛みの中、妹がこっちの生存する運命を諦めたような声が聞こえる…。
妹からしたらゲームで復活するから死亡しても問題ないという認識で、こっちがNPCの妖精の命を握っているなんて知らないからそんな反応なんだろう。
蜘蛛も攻撃をしっかり当てる隙があったのに、わざわざ当たったら即死しそうな胴体や頭ではなく、足の先端を潰してきて、完全にこっちをおもちゃにしている感じがする…最近のゲームの敵の頭脳はこんな残酷性あるの…?
緑のバーが半分以下になり、その下に足にバツが付いたマークが浮かんでいる…直感的に機動力が低下したのだと理解した、もう先程の逃走劇も回避も無理になったのだろう。
もう逃げられないなら…!!
「うおおお!!」
片手で持ったシャベルを地面に軽く突き刺してから、それを蜘蛛に向かって、下から上に振り上げる様に振るう、その結果、僅かに掘り返した地面が振り上げた勢いでボロボロ崩れながらも蜘蛛に向かって飛んでいく。
完全に攻撃性のない目くらましの一手、蜘蛛も顔を逸らしてそれを防ぐ、ノーダメージだ。
蜘蛛の視界を逸らした事で生じた僅かな隙…それを活かすためにシャベルを地面に突き刺して、シャベルから手を離す、空いた片手で掴むのは…自分の着ている寝巻き初期装備の上部分…それを一気に持ち上げて脱いだ!
上手く、もう片方の手に持っている妖精に引っかからずに脱ぐ事ができた。
「お兄ちゃん!?」
友奈が自分の行動に驚く、この状況を説明する余裕はない!
素早く脱いだ初期装備の寝間着をロープ代わりに妖精をシャベルに固定する、妖精を運んでた手が蜘蛛の糸でネチネチしていたが、それを寝間着で拭い、むしろ妖精に絡みついている蜘蛛の糸を妖精と寝間着、シャベルとの接着性を高める。
だがずっと蜘蛛は待っててくれない、再び手足を振り下ろしてくる、それを一か八か片手で受け流そうとする。
その結果、攻撃を反らすことは出来たけど、回転する紙ヤスリを素手で触ったような痛みと共に手に赤いエフェクトが発生し、自分の緑のバーが初めて見た時の10分の1になっていた…。
そして手にバツが付いたアイコンが、新たに浮かび上がる…これは受け流した時に使った片手が使えなくなる感じか?
「キシャアア」
ズタボロのこちらをみて、優越感を感じる声を出す蜘蛛…今日の夢に出てきそうな位、気持ち悪くて最悪だ…もう、終わらせる為に最後の行動にでる。
「友奈!俺の事よりも、このシャベルを絶対にキャッチしてくれ!!!」
「わ、わかった!?」
赤いエフェクトを纏っていない、無事な片手でシャベルを地面から抜いて、そのままやり投げの姿勢で自分は…
妹のいる方向に向かって地面を蹴り出し、少しでも妹との距離を近付ける為にジャンプして、妹に向けて、妖精を固定したシャベルを投げた!
「え!?お兄ちゃん!?」
当然だが、妹のいる方向に地面はなく、あるのは巨大な穴だ、跳躍の上昇力を失った自分は、穴に真っ逆さまだ。
下を見ても底が見えない、死にかけである以上、地面に激突したら自分は死亡確定だろうが、ゲーム世界なら生き返る、妖精も妹の手に渡れば死なないだろう。
クエスト的には失敗条件を満たすことになるが、構わない、よくよく考えたら妹の武器を作る事さえできれば、いいのだ…失敗しても武器を作れなくはならないだろう。
落下していく中、上を見る、そこには友奈もシャベルに向かって穴に飛び込んでいく様に見えて、え!?となったが、友奈はシャベルをキャッチした後、空をジャンプして、地面まで戻っていった……。
このゲーム、空中ジャンプも出来るのね…そう思っていたら、大きな痛みの衝撃と共に視界が真っ暗になった。
「いてぇ…というか結構痛覚のフィードバック強いな…」
友奈はこんなゲームやってるのか…とんでもないな…。
それとも設定で痛みのフィードバックて消せるのかね?そう思っていると、眼の前にシステム画面が現れた。
『ファーストクエスト
絶望と妖精とシャベルの失敗条件が50%、成功条件が75%で終了しました。』
お、終わったのかという安堵感がひとまず胸に満ちる、あんな恐怖体験はもう勘弁だ。
しかし成功が75%?失敗が50%は何となく分かる、自分が死んだからだろう…妖精も死んでたら100%になっていただろう。
だが成功75%はわからない、50%は妖精がパーティメンバー…妹のユリと接触?合流したからだろうが、自分は合流できずに地面と激突したし…。
あーもしかして生き返って、この後合流出来るから半分の25%増えてるのかな?
『クエストの結果を反映します
レンナは献身、不屈、逃走術、投擲術のスキルを習得しました。
レンナは恐怖に立ち向かう者の称号を獲得しました』
なんか色々と手に入れたみたいだが…恐怖には立ち向かう者には疑問が浮かぶな…逃げてたし…。
『五秒後リスポーンします』
考えていると、視界が一瞬真っ白になった瞬間気がつけば、最初この世界で降り立った場所にいた。