恐怖の中で始まる選択肢
何分くらい引きずられていたのだろうか、恐怖で時間感覚が狂って、とにかくログアウトしたいという考えしかなかったが、非常事態じゃないと強制ログアウトは起こらない…らしい…。
ぐいっと引っ張られる方向が変わったと思った瞬間、まるで荷物を置くかのように地面に落とされた…。
「くう…」
ほぼ痛みはないが、思わず声が出てしまう。
視界が少しチカチカして、戻ったと思ったら巨大蜘蛛がこちらをみていた。
「…………」
死を覚悟した瞬間、蜘蛛はこちらに背を向け、なにか繭のようなものを食べ始めた……以前捕獲した生物なのだろうか…?保存食なのか?このままだと自分がその繭のようなものになるのは間違いない。
だが、これはチャンスだ…今白い糸が纏わりついている片腕は他の繭と密着するようにくっついていて動かせないが、もう片方の…シャベルを持つ腕は自由に使える、今なら腕の拘束をシャベルで切って逃げられる、そう判断して素早く腕に巻き付いてる白い糸…蜘蛛の糸を切断を試みる。
勿論蜘蛛に気づかれないように慎重、されど蜘蛛が食事が終わって、こちらに意識が向く前に早く…なんで俺はホラーゲームをしてるんだと…そんな思いながらも、白い糸を切断することができた。
腕を固定する白い糸が、ゲーム特有の赤いエフェクトを発しながら消える。
すると腕と密着していた繭も切れたのか、繭の中身が微かに見えた。
「!?」
思わず声を上げそうになったが、そんな事したら蜘蛛がこちらを向く可能性が跳ね上がるので、意地で声を殺した。
繭の中に居たのは…生き物だった…。
青い髪でゲーム特有の美少女!といった顔立ちで、一番注目したのは、両手で乗りそうな位に小人のような小さな体と…白い糸ががんじがらめに絡まっている。
それでもこの状況でも見惚れてしまう位、綺麗な翅が印象的で…頭の中で浮かび上がったのは妖精という言葉だった…。
しかも生きている…それを裏付けるようにシステム画面が現れた。
『ファーストクエスト
絶望と妖精とシャベル
成功条件
レンナと妖精が生存状態で特定地点の到達、もしくはパーティメンバーとの合流のどちらかを満たす
失敗条件
レンナ、妖精の死亡
成功報酬
失敗ペナルティ
特記事項
不受理の場合、パーティメンバーの所までワープします。
三分以内に選択しない場合不受理となります。
クエストを受け入れますか?』
まてまてまてまて、なんだこの予め作った物じゃない、この場を見て作ったようなクエスト名は!?
成功報酬と失敗ペナルティが何も書いてねぇ!?
そしてこの画面で一番大事なのは…このクエストを拒否すれば逃げれる…のだが、この書き方からして多分だが、ワープするのは自分だけ、拒否したら最後、妖精が助かる可能性はゼロだろう。
それに妖精に絡みついている繭は極めて複雑に絡み合っていて、切る事にあんまり向いてないシャベルで妖精を傷付けずに繭から解放となれば時間がかかる…そうなればほぼ間違いなく、蜘蛛にばれて戦闘になるだろう…。
これはVRゲームだ、怖いし、クエスト達成困難だし、拒否一択…なのだが…頭の中で妹の言葉がよぎり、拒否する意思を止めた。
「NPCは死んだら二度と出てこなくなるんだよね…恐ろしい世界よ」
死んだら出てこなくなる…つまりプレイヤーと違い、完全な死…なんだろう、つまり逃げたら見殺しだ、それはめちゃくちゃ胸糞悪い。
そう思った瞬間、女の子の声が聞こえた、声の方向を見る、声の主は…勿論妖精だった。
「助けて…死にたくない……」
掠れた声で縋り付くように、繭が切れて自由になった片手をこちらに伸ばし、目が微かに開き、水色の目から涙がこぼれている……それが儚げで強く胸を締め付けた。
…………俺は最初の質問でファンタジー世界の種族で妖精が好きだと答えた、それは昔読んだ妖精の童話の影響が大きい…。
童話で出てきた妖精はかっこよく可憐、だけど儚げに物語を彩る妖精を思い出す、もしかしてあれが初恋だったのかも知らない…。
走馬灯のようにそんな事を思い出して、自分はこちらに伸ばしてくれた手を優しく握る…もしかしたら自分はあの童話を見た時のようにこの妖精に一目惚れというのをしたのかもしれない。
「大丈夫、必ず助けるから」
そういって妖精の手を離し、両手でシャベルを握る。
覚悟を決めた…最も嫌いな生物に立ち向かう事を。
『ファーストクエスト
絶望と妖精とシャベルのクエストを受理しました、クエストを開始します。』