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34 お人好しが過ぎる

本日2話目の投稿です。



 クリス司教との戦闘から一夜明け、わたしは再び魔術師団本部に顔を出していた。

 正式に魔術師団員として任命されてから、初めての治癒魔法士としての任務は、やはりというか何というか、クリス司教の治癒だった。

 命に別状はないとはいえ外傷が酷く、一晩経っても目覚めないらしい。これでは事件の事情聴取が一向に進まないという。

 

 腕輪の破壊の呪文を唱えた時を思い起こすと、クリス司教が目覚めない原因に心当たりがある。気を失え、気を失え、と念じ過ぎてしまったような気もするのだ。魔術はイメージとはいえ、そこまで影響があるのか分からないけれど、責任を感じてしまう。

 

 初任務に気を引き締めながら、本部の正面入口で待っていてくれた団長と落ち合った。何かあってもすぐに対応できるよう、クリス司教の治癒の際には団長が立ち会ってくれることになったのだ。

 


 

「団長、ウィルさんの体調は大丈夫なんですか?」


 クリス司教が繋がれている牢に向かう道すがら、団長に尋ねる。

 昨日はウィルに会うことができなかった。彼の体調に問題はないけれど、誰も見たことのない古代の魔術をかけられ瀕死の状態になるまで魔力を絞りとられたため、念のため静養するように団長から指示を出したそうだ。


「ああ、一晩ほどエリックに様子を見てもらっていたんだが、問題はなさそうだ」

「そうですか……良かった。あとで会いに行けますかね……?」


 団長がしかめ面を浮かべながら首を振った。


「あいつはしばらく謹慎処分だ」

「えっ……謹慎?」

「メイナードの指示を無視して独断で行動した挙句に、自分自身と君を危険な目に遭わせたんだ。今までは少しのことなら目をつぶってやっていたが、今回は流石に俺も庇えん」


 昨日からあまり睡眠が取れていないんだろう、団長は隈のできた目元をほぐしながら続けた。

 

「今に始まったことじゃあないが、あいつはどっかで自分の命を軽んじているところがあるからな。だからやすやすと危険に飛び込んでいく。……いい加減、周りの心配を素直に受け入れて欲しいよ」

 

 団長の言葉に大きく頷いた。完全に同意だ。

 しかし、ふと先日の夜会でウィルが話していたことが脳裏をよぎった。団長の心配は杞憂かもしれない。


「……案外、ウィルさんにはもう伝わっているかもしれませんよ。団長がウィルさんのことを大切に思っていること」

「そうか?」

「はい。勝手に話したらウィルさんに怒られそうだから言えませんけど、根拠ならあります」

「……そうだと良いな」


 胸を張って主張するわたしに苦笑しながら、団長は軽く頷いた。

 大丈夫ですよ、団長。

 言葉には出さず、心の中だけで呟いた。

 これまで出会ってきた人たちとの間に信頼関係を作れていることにようやく気付けたんだ、と笑っていたウィルの姿を思い浮かべていた。


 


 魔術師団本部棟の地下に下りるのは初めてだ。

 窓のない薄暗い階段や廊下を照らすのは魔道具の小さな灯りのみで、足元が覚束ない。注意しろと声をかけてくれた団長に返事をしながら、慎重に進んでいく。

 一番奥の突き当りの部屋の前にたどり着くと、堅牢な扉の前に見張り番が2人立っていた。

 事前に聞いていたのか、現れたわたしたちに特に驚くこともなく、扉を開けてくれる。

 

 団長に続いて部屋の中に入っていく。

 思っていたよりも広い。寮の私室と遜色ない程度の広さだ。やはり窓はなく、廊下と同様に魔道具の灯りが照らすのみの室内は陰鬱な印象を与えた。

 壁際に簡素な寝台が置かれていた。団長に促され、その寝台に横たわるクリス司教の元へ向かう。


 あの腕輪の爆発を至近距離で受けた彼は、全身至る所に包帯が巻かれていた。ウィルの命がかかっていたとはいえ、わたし自身がした攻撃の結果を見ているようで、申し訳ない気持ちが湧き上がってしまう。

 

 わたしと団長が近づいても、彼は目を閉じたままだった。

 さっそくわたしは、初めての任務にとりかかることにした。両手を彼の体の上にかざす。


治癒(ヒール)


 全身の外傷を治癒するように、治癒の呪文を唱えながら魔力を放出していく。次第にクリス司教の体を金色の光の粒が包み込みはじめた。

 破壊の呪文の時とは異なり、目を覚まして、と心の中で繰り返しながら魔力を注いでいく。

 魔力の流れに治癒が終わった手応えを感じ取り、魔力の出力を次第に収束させていく。この辺りの操作はもうお手のものだ。外傷の治癒は完全にできたはず。あとは、彼の意識が戻るかどうか――。

 祈るように見つめていたクリス司教が、身じろぎをはじめた。固く伏せられていた瞼がだんだんと開いていく。


「……っ、クリス司教、分かりますか?」


 息を飲んで彼に声をかけると、天井に向けられていた目がゆっくりとこちらに移り、徐々に焦点が合っていく。うつろだった表情がだんだんとこの状況を理解し始め、血が通っていく様子が見えた。


「――賭けは、私の負けのようですね……」


 クリス司教は力なく微笑みながら、意外にも穏やかな声音で言葉を発した。


「どうせ死ぬ運命ならと、葬りたい者を葬り、望むものを手に入れたいと欲を出した結果がこれだ……私は最初から最期まで、神に見放されていた――」

 

 誰に聞かせるでもなく、クリス司教は自らを嘲るようにつぶやいた。全てを諦めている者の目だった。

 

 どんな声をかければ良いか分からず戸惑うわたしの肩に、団長が手を置いた。それを合図に後ろへと下がる。


「クリス司教。……いや、もう司教ではないか。教会より、貴方の聖職者としての資格を永久剥奪する旨の通知が来ている。教皇猊下は厳正なる処罰をお望みだそうだ。……まるで一切の関わりもない風を装っていますが、どうでしょうね」


 団長がクリス司教に告げた資格の剥奪は、わたしも初耳の情報だった。あれだけ派手に闘って魔術師団に身柄を確保されている今の状況では、教会も知らん顔をできなかったのだろうと当たりをつける。

 クリス司教は驚く様子もなく、淡々と口を開いた。


「……今頃、どうやって私の口封じをするか策略を巡らせているところでしょう……あるいは、私があの方を糾弾したとて罪人の戯言と一蹴する腹づもりか……」


 まるで他人事のような言い方に、眉をひそめる。

 いっそのこと、左遷して切り捨てた教皇猊下への恨み言でもなんでも言ってくれればいいのに。

 分かりやすく表情に出ていたのだろう、わたしの方へちらと目を向けたクリス司教は、すぐに視線を団長に戻すと薄っすら自嘲の笑みを浮かべながら告げた。


「所詮、私は駒です。不要になればいつでも切り捨てられるもの。何を言おうが、どう足掻こうが、あのお方に傷ひとつつけることなどできはしません」

「――何も語るつもりはないと。そういうことか?」

「口なしの駒から一体何を聞き出すおつもりでしょうか」

「素直に捜査に協力してくれれば、貴方の罪も少しは軽くなるんだが……」

「どうでもいいのです、もう、何もかも。今世に未練などひとつもない。……さっさとその“厳正なる処罰”とやらをされれば――」

「――『駒』ではないです」


 突然声を上げたわたしに、団長が驚いた様子で振り返った。クリス司教もまた、怪訝な表情をよこしてくる。


「『駒』じゃない。あなたは教会や教皇猊下のただの『駒』ではなかった。少なくとも、夜会の時のあなたの言葉は本心だった。……違いますか?」


 魂の抜けたような顔だったクリス司教の瞳がわずかに見開かれ、その次の瞬間には逸らされてしまった。

 その視線を追いかけるように、一歩足を踏み出す。


「わたしに話してくれた『志』は、民のために治癒魔法を使ってくれと言われたことは、治癒魔法士を教会陣営に取り込むためだけの嘘や方便ですか? ……わたしには、あなた自身の望みだと感じましたよ。病で親を亡くす子供を、あなたと同じような境遇の子を減らしたい、という」

「――だったらなんだと言うのです。今更そのような志など……」

「わたしのもう1人の母親のような方に、昔言われたんです。――たくさん嘘をついたとしても、積み上げてきた時間は嘘なんかじゃない、と」

 

 遠くポルカの地で、今も子育てと診療所の運営に全力で取り組んでいるだろうかの人を思い浮かべた。


「あなたは今まで、多くの理不尽に晒されて、自分で自分の道を選べるような状態ではなかったかもしれない。それでも、今まで積み上げてきたものは無意味ではなかったはずです。だから……強いられた道で見つけた『志』まで、否定しないでください。……あなたの言葉に心を動かされた者だっているのですから」

 

 ここにいます。

 言葉にはしなかったけれど、きっと伝わると思った。

 クリス司教がしたことを許したわけではない。それでも、彼が自分自身をただの駒だと切り捨ててしまうことも我慢ならなかった。わたしはクリス司教の言葉に火を灯された1人なのだ。なんのために治癒魔法を使うのか、改めて考えるきっかけをくれたのは、確かに彼なんだから。


 わたしの言葉を静かに聞いていたクリス司教は、天井を睨みつけていた。

 一瞬、葛藤を飲み込むようにきつく目をつむると、右手で目元を押さえた。ほんの少し、体が震えているような気がした。


「罵詈雑言ならまだしも……そのような生温いことを、何故あなたは……。私は……っ、私は、あなたを罠にかけ、大切な方を殺そうとしていたのですよ」

「もちろんウィルさんのことは許していません。……でも、それとこれとは話は別ですから」


 目の縁を赤くさせた青い瞳とついに目が合った。彼の瞳に映るわたしは、きっと大いに顔をしかめているのだろう。

 クリス司教は固く結んでいた口元を次第に緩ませ、我儘を言う仕方のない幼子に接するかのように笑った。

 

「あなたは本当に……お人よしが過ぎる――」




 わたしの説得ですらない、ただの独りよがりな気持ちの表明が、クリス司教の何かを溶かしたのだろう。面会の日から数日後、彼は捜査に全面的に協力してくれることになった。




いつも読んでいただき、ありがとうございます。


いつの間にかトータルで20万字超えててビックリ……!

よくぞここまでお付き合いくださいました。感謝申し上げます(*´ω`*)

最終話まであと3話です。あともう少しだけ、お付き合いくださいませ。

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