28 独りよがりな思い ≪ウィル視点≫
少し時間を遡って26話の後半部分から。
「それで、結局ウィルくんはアシュリーちゃんのこと、どう思ってるの?」
もうまもなくアシュリーとの約束の時間だというのに、いまだに僕専用の訓練室に居座る偏屈な研究者は、瞳を輝かせながら尋ねてきた。
彼女をどう思っているか、だと?
「大切だよ。当然さ。貴重な治癒魔法士なんだから」
返した言葉に嘘はなかったが、さりとてそれが全てではなかった。
アシュリーの安全を第一に考えていたのは、ひとえに彼女が治癒魔法士であり、自分の身を自分で守れない状態だったからだ。指導係の僕が守るのは当然だ。
エリックが口を尖らせながら不満気な視線を送っていることに気付いてはいるが、もちろん無視だ。
こいつが求めていた答えではないことは明白。だが察したところで、僕に答える義務はない。
アシュリー本人に伝えていないことを、なんだって他の奴らに言う必要があるんだ。
出会った頃のアシュリーは、「能力を隠し平民になって暮らす」という幼い時の母親との約束に雁字搦めになっていた。そんな状況で、これまで悠長に恋愛などしていられなかったんだろう。彼女の男女の機微についての感性がまるでお子様だということは、ポルカで暮らしていた時から分かっていた。
治癒魔法の能力を受け入れると本人が決断し、実家との関係も改善できた。これでようやく、彼女自身の情緒の成長も期待できるようになったのだ。
ほんの3日前だ。
今まで慎重に距離を保ってきた僕らの関係を、少しでも前進させようと思い、踏み込んだ。
僕の贈ったドレスと装飾品で飾り付けられた彼女は、周囲が馬鹿の一つ覚えのように繰り返す“聖女”の称号も霞むほどの美しさだった。
自分の振りまく魅力にも、周りの男どもが寄越す邪な視線にも、てんで気が付いていない彼女は、僕と一緒だから楽しいなどと言わんばかりの無邪気な笑顔を向けてきていた。
無自覚なやつほど恐いものはない。心臓をかき乱されるこちらの身にもなってほしい。
とはいえ、これまでアシュリーが僕に向けていた好意は、異性に向けるものというよりも、むしろ魔術の師匠に向ける全幅の信頼あるいは憧れのようなものだったはずだ。
それが、どういうわけか、夜会の時の様子は少し違ったように思う。僕の外面に群がる令嬢たちへの嫉妬を隠せていないし、触れるたびに顔を真っ赤にして大いに意識しているし。これはひょっとすると……なんて期待もしてしまう。
夜会の夜のアシュリーを思い出し、緩みそうになる口角をさりげなく手で隠した。
ああ、駄目だ。彼女のこととなると自分が自分でいられなくなってしまう。まったく自制心、仕事しろ。
「ウィルくん。私の存在を完全に忘れているよね? ね?」
「……ああ、まだいたの?」
遠く空の彼方からエリックの声が聞こえた気がして顔を上げると、いまだに奴が目の前に突っ立っていた。
本当に何しにきたんだ、こいつ。
「何しにきたんだって顔に書いてる! ひどいよ!」
「何がひどいの? もうすぐアシュリーが来るんだから、用がないなら早く帰ってよ」
「私は彼女に用があるんだよ」
「……アシュリーに?」
返答によってはただじゃおかない、と睨み上げながらエリックに尋ねる。
「そ、そんな睨まないでくれよ。せっかく護りの腕輪の改良版を持ってきたのに……」
「ふうん? どこを変えたって?」
「なんと! 対毒機能を追加しましたー!」
エリックは、背後で派手な効果音が鳴り響いているかのような勢いで、改良版の腕輪を見せつけてきた。
「なるほど、毒ね。確かに必要だな」
「貴重な治癒魔法士に致死性の毒を飲ませるような馬鹿はいないと思うけどね。毒を取り込むと体内の魔力が異常反応をすることは分かっているから、腕輪を通じて魔力の安定を図ることで、体内の毒を中和させる効果を付与してみたんだ。あの子が来たら早速付けてもらって、試してみてもらわないと……」
「人体実験は自分でしてくれ。アシュリーに毒を盛るつもりか、研究馬鹿が」
「もちろん実験済さ。ツキミタケの毒……痺れたよ。アシュリーちゃんも、自分の体で試しておいた方が安心じゃないかなぁ……」
「あんたみたいな馬鹿とアシュリーを一緒にするな」
エリックが頬を赤らめながら致死性の毒きのこについて語り始めたのを無視し、彼から受け取った改良版の腕輪に目をやる。
あの機能はきちんと引き続き残しているんだろうか。
自分の左腕に肌身離さず巻かれている腕輪に自然と意識がいく。アシュリーに身につけるように渡した腕輪と対になるものだ。彼女がなんらかの攻撃を受け、腕輪が結界の魔術を展開した時、すぐにこの対の腕輪が反応するようになっている。しかも、彼女の現在位置情報も併せて受信できるようにしている。
「現在地の把握もできるようにしているよ」
僕の心を読んだかのように、エリックが少しばかり遠慮がちに告げてきた。
「年頃の女性の位置情報を把握できるようにしたい、なんて。頭おかしいよ、君は」
「……毒きのこにラリってるあんたにだけは言われたくない」
「ふん、なんとでも言うんだな。悪いけど、流石にもう黙っていないよ。魔道具の製作者として、私には彼女に機能を説明する責任がある」
「……」
正論すぎて、何も反論が出て来なかった。
くそ、変態研究馬鹿のくせに。ここぞという時にだけ、まともなことを言いやがって。
アシュリーにこの機能を黙っていたのは、どこか後ろめたい気持ちがあったからだ。まるで彼女の行動を把握し、自由を制限しているような気がしていた。
閉じ込めておきたいわけじゃない。どこへ行こうと誰と何をしようとも、もちろんアシュリーの自由だ。自由に生きることの答えに悩んできた彼女から、自由を奪いたいわけじゃない。
ただ、僕の知らないところで危険な目に遭わないでほしいだけなんだ。
でもそれは、単なる僕の独りよがりな思いなんだろう。自分の手の届く範囲内での自由なら……なんて、随分と身勝手だな。
腕輪にこんな機能がついていたなんて知られたら、彼女はどう思うのだろう。……軽蔑されるかもしれない。
ふと湧いてきた嫌な想像に眩暈を覚え、大きなため息をついた。
そこへ、風に乗って一通の封書がすぐ目の前まで飛んできた。
この訓練室全体に防音と結界の魔術を展開しているのに、何故ここまで来れたのかと思い入口に目をやると、扉がわずかばかり開いていた。エリックが入ってきた時に閉じずにいたんだろう。開いたままの扉がもたらした隙間が、魔術にも僅かに綻びを与えている。
差出人はアシュリーだ。だが、魔力も筆跡も彼女のものではない。僅かな魔力の残滓を読み取ると、一度手合わせをしたことのあるアシュリーの友人、ベティのものであることが分かった。
「アシュリーからだ。――今日の訓練は休みたいそうだ」
「あ、そうなんだ?」
「体調不良だと。次の訓練はまた日を改めるから、エリック、もう帰れよ」
アシュリーからの手紙を内ポケットに収納し、おもむろに立ち上がった。
「ウィルくん、どこかにお出かけするのかい?」
「ああ、少し確認したいことがある」
アシュリーが僕との訓練を休んだことは初めてではない。それでも、こんな風に約束の時間を過ぎたタイミングでの連絡は初めてだ。しかも、彼女は今スタンレー伯爵家に滞在しているはずだ。何故伯爵家の使いを遣さず、わざわざ魔術師団にいるベティに手紙を届けるように願ったのか。何か予定外のことが起きたか、それとも。
僕を避けている?
思い当たることは大いにある。大ありだ。
夜会での少々羽目を外した自分自身の振る舞いが脳裏をよぎる。
「気が進まないけど……仕方ない。彼女に確認してみるか」
訓練室を出ていくエリックの後ろ姿を見送り、転移魔術を起動した。
目的地は手紙の真の差出人がいるだろう、第一部隊の事務所だ。




