25 恋の病は発熱を伴うか
よく似合っているよ。綺麗だ。
「大切に思っている人」の言葉だからね。
……期待しちゃうじゃないか。
「……っんなああああ!!」
今夜目にした色んな表情のウィルが、頭の中を走馬灯のように駆け抜けていった。
叫び出したい衝動をそのままに、されど伯爵家の静かな夜を乱さないように、ベッドの掛布を頭からすっぽり被ったわたしは、ミノムシのようにその中でジタバタとするのだった。
今までのわたしが知っているウィルフレッド・フィッツバーグは、偉大なる大魔術師でわたしの師匠で、あんなに甘い顔をしてわたしに触れたことなんてないし、ましてや抱きしめられたことなんて無い。しかも――照れたように頬を赤らめるなんて!
「一体今夜のウィルさんはなんだったんだろう……別人かな……いや、でも、あんな息をするように当たり前に魔術を使う人なんてあの人くらいだから本人か……」
掛布を被ったミノムシは小声で今夜の出来事を反芻していた。つとめて冷静なフリでもしていなければ、初めての恋というものに翻弄されて、息すら忘れてしまいそうになるのだ。
しかも困ったことに、恋愛経験値ゼロのわたしが、大変大変おこがましいのだけれど、ウィルの態度や言葉を一つ一つさらっていくうちに、とても大それたことを思うようになってしまっていた。
「……ウィルさん、もしかしてわたしのこと……好きなのかな」
言葉にした途端、「や、それはないでしょ」とやけに冷静なわたしが突っ込んできて、「あはは、そりゃそうだよね」ともう一人のわたしが照れ隠しに笑う姿を想像する。
あ、はい、分かってますよ、あんな雲の上のような人がわたしのような魔術師に毛が生えたような女を好きになるわけがないって。はいはい。はあ……。
物憂げなため息がもう何回出たんだろう。窓の外から、月の女神様に翻弄されるわたしを月が呆れたように眺めていた。
「――で、熱が出たと」
呆れた声と顔を隠しもせず、目の前のベティが言った。
人生初の夜会で疲労を蓄積したわたしは、心身を休めないといけない夜にウィルのことで頭がいっぱいになってしまい、一睡もできなかった挙句に、朝起きたら熱が出ていたのだ。
「これが噂に聞く恋の病……?」
「うーん違うかな、アシュリー。だいぶキテるね。言ってることめちゃくちゃじゃん」
ベティは、リリィが用意してくれたお茶菓子を美味しいねえと楽しそうに頬張っていた。朝よりは少し熱が下がったわたしは、ぼんやりとした頭でベッドの上からその光景を眺めている。
なぜ彼女が伯爵邸にいるかと言うと、いろんなことが起こりすぎてすっかり失念していたけれど、ベティは昨日、絶縁していたはずの伯爵家の馬車に決死の表情で乗り込んで以来、わたしを案じていてくれたそうだ。
本当は昨夜の夜会で姿を見かけた時に声をかけようと思ったらしいけど、あまりにも「良い雰囲気」だったから邪魔できなかったらしい。
「あのね、恋したからってみんながみんな本当に熱を出さないの。アシュリーのは多分……寝不足と疲労じゃない?」
「そうなんだ……全人類みんな恋に落ちると同時に発熱するのかと思った……」
「プフっ。それ冗談? いやあ本気かな。ねえねえ、ついに自覚しちゃったんだよね。うわあ、急展開! ワクワクしてきたー!」
流行りの恋愛小説を読んでいる気分なんだろうか、満面の笑みではしゃぐベティに、無言で抗議の視線を送る。
「ごめんごめん、そんな目で見ないでよー。2人の仲がどうなるか、固唾を飲んで見守っているのはあたしだけじゃないんだから」
「ええ!? ちょっと待って、それどういう意味!?」
「だからさー、ディアーナ様もアシュリーも、矢印がどっち向いてんのかは魔術師団のみんなが知ってるって話!」
「はっ……えっ……」
ベティの衝撃発言に思わずベッドから起き上がり、意味のなさない声を上げながら口をぱくぱくさせてしまう。
「知らなかったのはアシュリーだけでしょ。見てたら誰でもわかるよ。というか、ディアーナ様は分かるように振舞っていたのよね。あの方、ああ見えて狭量なお方だよね。あからさまな牽制でアシュリーに群がろうとする有象無象を蹴散らしちゃってねえ。ま、鈍ちんを逃がさないように外堀から埋めていく作戦を取られたのね。そしてついに……」
「ついに……?」
「王手!」
びしりと音が立ちそうな程の勢いで人差し指を突きつけられ、目を瞬く。
「次の訓練の後に話があるって……きゃー! もう、それ、絶対! 告白じゃん!」
「こ……こく……はく……」
ベティはその場で地団駄を踏みながら黄色い声を上げた。わたしよりよっぽど興奮している様子だ。
わたしはというと、ベティの言葉を噛み締めながら、反芻し、脳の許容量を超えた熱で再びベッドに落ちていった。
「ベティも……そう、思う? わたしの思い上がりじゃなくて?」
「歴戦の恋愛小説読書家が言うんだから、間違いないね」
「どうしたらいいんだろ……ああ、もう……脳みそが泡立ってる」
「まあ、まずは熱を下げることね」
そこでふと気づいたようにベティが視線を向けてくる。
「そういえば、治癒魔法を使って熱を下げないの?」
「ああ、やろうと思えばできるんだろうけど……」
発熱をはじめとした病に対しての治癒魔法は、手法が確立されていない。らしい。
魔術は頭の中で明確な想像ができないと、上手く発動しない。裂傷や火傷といった目に見える分かりやすい外傷は、ひよっこ治癒魔法士のわたしでも、難なく治癒できるようにはなった。師匠の指導の賜物だ。ただ、病の治癒となれば話は別。病の要因が分からないと、何をどう治癒すればいいのか想像ができない。
「――呪文を使ったらできるかもしれないけど、魔力の消費が激しいし、今の朦朧とした意識じゃあね……多分無理。疲労が原因なら、寝るのが一番。情けないけど」
そうだ。昨日は正式に魔術師団の一員として任命されて調子づいていたけれど、わたしにはまだできないことがたくさんある。病の治癒について説明しながら、昨夜のクリス司教との会話が否応なく想起された。
治癒魔法を誰のために、なんのために使うのか。クリス司教の申し出は断ったものの、わたし自身の答えはまだ出ていない。
「ベティはさ……どうして魔術師団に入ろうと思ったの?」
ふと、すぐ横でティーカップを傾ける親友に尋ねた。
「え、なに? いきなりだね」
案の定、脈絡のないわたしの疑問に怪訝な顔をしたベティに、昨夜のクリス司教との話を聞かせる。
「真面目だね、アシュリーは。そんな風に難しく考える必要なんてないのに。あたしなんて、大した理由じゃないよ? 魔術で生計を立てるのに、一番良い給金をもらえるから。以上」
「……なるほど」
「とはいえね、お金が一番の理由だけど、それだけじゃないよ、もちろん。魔術師団に入れば、平民出身だからとか強すぎるからとか、そんなしょうもない理由で煙たがられないかなあって期待は、してた」
少し物憂げな表情を浮かべたベティに、彼女が以前聞かせてくれた、学院で孤立していたという話を思い出す。その次の瞬間には、ベティがパッと満面の笑顔を咲かせた。
「あたしの読みは当たってたよ。あたしよりも強い猛者どもに囲まれて毎日が刺激的だし、それに、最高の親友にも会えた。ようやく居場所ができたーって感じかな」
「それは……わたしも一緒」
親友という言葉のくすぐったさに、頬が緩む。
わたし自身の能力も出自も偽らずにいられる居場所を得たという意味では、わたしもベティと一緒だ。
「アシュリーは、アシュリー自身の能力の使い道を悩んでいるんだよね。クリス司教の言うように、治癒魔法を魔術師団の任務の中だけで使うのはもったいないかもねえ。……それこそ、ディアーナ様に相談すればいいんじゃない? 同じ治癒魔法士で、できることとできないことも分かってるだろうし」
「あー、うん……そうだよね」
ウィルの話題が出たところで、また落ち着いていた心臓がざわつき始めた。熱くなる頬を掛布で隠しながらモゴモゴと答える。
「今度会った時に相談したいけど……うう、でも、まともに会話できるかな……そもそもちゃんとウィルさんの顔を見れるか心配……」
「あちゃ……こりゃダメだ」
視界に映らないところで、ベティが呆れ顔をしているのを想像する。
うん、自分でも情けないって分かってる。
「アシュリーがこうなっちゃうのを見越して、今まで積極的なアピールをしなかったんだろうね。意識しすぎて訓練どころじゃなくなるって」
良い指導係じゃん、と朗らかに笑ったベティに、大きく頷く。そうなの。ウィルさんは本当に素晴らしい先生なの、と誇らしげに。




