19 突然の再会と夜会への招待
「アシュリーお嬢様。お迎えに上がりました」
スタンレー伯爵家の馬車を背に恭しく頭を下げるリリィを前に、展開についていけないわたしは、ただ声を失った。
煌びやかな王宮正面の大階段を下りたところに広がるロータリーで、複数の貴族家の家紋が入っている馬車がわたしたちを待っていた。わたしたち、つまり、つい先ほど王宮の大広間で魔術師団任命式を終えたヒヨッコ魔術師団員だ。
いくつかの視線がわたしに注がれていることに、否応なく気付く。
特別訓練をきっかけに、わたしがスタンレー伯爵家の者だということは魔術師団全体に知れ渡っていて、今この場にいる同期の面々からは、実家と何か問題があるのだろうと薄々気付かれていた。なにしろ、伯爵家の人間が平民出身の団員向けの寮で寝泊まりしているのだ。
実家と訳アリの貴族令嬢の前に、実家の馬車が迎えに来ている。好奇な視線をたっぷり集めるに足る状況だ。
固まったままどうすれば良いかわからなくなってしまっていたわたしに、例によってすぐ隣にいたベティが、眉をひそめながら声をかけてきた。
「アシュリー、ご実家とは絶縁状態って言ってなかったっけ……?」
絶縁状態。ベティの問いかけがわたしの思考回路を再び動かしてくれた。
そうだ、ベティの言う通り。1年ほど前に実家を勝手に家出して以来、父とは会ってもいないし和解してもいない。
リリィのことは信頼しているけれど、背後にある伯爵家の家紋入りの馬車はどういうことなんだろう。
家出する前に進んでいた、どこぞの家の後添えにという縁談話はどうなったんだろう。まさか今更、今度は治癒魔法の力を最大限に有効活用されてどこかに嫁がされるのではないだろうか。……もしかして、わたしが任命式を終えて正式に治癒魔法士になるのを待って、動き出したんだろうか。
父の思惑にあれこれと考えを巡らせながら、次第に不安感が膨らんでいく。
無意識のうちに左腕の腕輪をぎゅっと握っていた。
「ご安心ください、お嬢様。もう、いつでも伯爵家に帰ることができるようになったのですよ」
「どういう……?」
「ここは何かと目が多いので……車内でご説明申し上げます。どうぞ、このリリィを信じてくださいませ」
リリィに真剣な眼差しを向けられ、腹を括った。これで応えなければ、わたしと彼女の信頼関係が崩れてしまう。
力強く頷いたわたしは、ベティを振り返り安心させるように笑った。
「大丈夫なの? アシュリー。ついて行こうか?」
「うん、大丈夫。彼女はわたしが信頼している人だから、きっと悪いようにはならないよ」
「ほんと……?」
「何かあっても大丈夫。わたしにはお守りがあるし」
まだ少し心配そうに顔を曇らせたベティにもう一度笑いかけ、行ってくるねとリリィの後を追った。
リリィに促されるように懐かしい実家の馬車に乗り込んでみると、思わぬ人物が待ち構えていた。
「姉さま! 元気だった!?」
「ライアン……!」
少し暗めの栗色のくせ毛を揺らしながら、ヘーゼルナッツの瞳を輝かせた弟がこちらに飛びつく勢いで手を握ってきた。
実に1年ぶりの再会だ。
車内で座っているから身長は分らないけれど、どことなく体つきがしっかりしたような気がする。もうすぐ15歳になるはずだ。男の子から大人の男性へと成長が著しい時期なんだろう。
「ライアン……、ごめんなさい、わたし……っ」
懐かしい弟の顔を見るやいなや、口をついて出たのは謝罪の言葉だった。
謝らなきゃ。
勝手に家を出てしまったこと。王都に戻ってきてからも、実家には戻らなかったこと。寂しい思いをさせたこと。
たった2人だけの姉弟で、母が亡くなってからはお互いに支え合って過ごしていたのに、わたしは彼の手を勝手に離してしまった。
謝らないといけないことはたくさんあるのに、喉が詰まったように上手く言葉が紡げない。
「いいんだ。きっと姉さまは、縁談の話をしたら家を出ていくって分かっていた」
大人びた表情を浮かべたライアンが、少し困ったように目を伏せた。
「治癒魔法のことや魔力封じのことは知らなかったけど……、姉さまがいつか家を出て、平民として生きて行こうとしているんじゃないかって、なんとなく分かっていたんだ」
「……ライアン」
「1年前の今頃は、そりゃ、かなり荒れてたよ。……でも、みんなに支えてもらったから。今はさ、いいきっかけになったと思っているよ。少しは姉さま離れができたからさ」
小さい頃からいつもわたしのあとをついてくる可愛い弟だったはずなのに、おどけたように笑ったライアンは、少し頼もしく見えた。わたしがポルカで奮闘していた時に、彼もまた、彼自身の戦いをしていたんだろうと想像をする。
「……お父様のこと、説明するよ。――出してくれ」
再会の興奮がお互いにひと段落したところで、ライアンは御者に指示を出した。
伯爵邸までの道すがら、わたしは彼から父の処遇を知らされたのだった。
禁書庫に無断で入った罪。娘の魔力を封じ国家を欺いた罪。これらを罪に問われた父は、爵位をライアンに譲り蟄居するよう、国王陛下から命じられたそうだ。本来ならスタンレー伯爵家自体が爵位返上を命じられてもおかしくはないけれど、父のこれまでの国家への献身と、わたしが現在は魔術師団に所属しているという事実が考慮されたそうだ。
ライアンから聞かされた内容に、思わず驚きの声が出る。
「それは……事実じゃないわ。何故お父様がわたしの魔力封じをしたことになっているの? 知っていたのはわたしとお母様だけだったはずだし、なにより、お母様が望んだのよ。お父様じゃない」
「僕もおかしいと思ったんだ。だって、姉さまの治癒魔法の力を封じるより、利用した方がお父様の利になったはずなんだ。なのに……。きっと、そういう筋書きにして今回の件を治めることになったんだろう」
「――わたしが魔力を解放したせいで、魔力封じへの責任を取らされたということね」
重い鉛を飲み込んだかのようだった。
後先のことも考えず、ただ目の前の人を助けようと魔力を解放してしまったことで、父は王宮を追われた。
さぞ馬鹿なことをしたとわたしを恨んでいるだろう。関心を向けられないことも、冷たい目で見られることももう慣れたはずなのに、いざ父に恨まれているだろうと心に浮かべるだけで、胸がつきりと痛んだ。
……それでも、あの時、治癒魔法を使ったことを後悔したくはない。
「うーん……僕は案外、お父様がこの筋書きを用意したんじゃないかと思うんだよ」
「……え?」
予想外の言葉がライアンの口から飛び出してきて、声が漏れる。
「この数日、今までにないくらいお父様と一緒に過ごしたんだ。領地こそないけど、伯爵位を継ぐに当たっていくつか引継事項はあるから、業務内容についての会話しかしてないんだけどね。なんだろう……スッキリした表情をしていたんだよ。憑き物が取れたように、というか。少なくとも、恨みつらみを残すような感じじゃなかった」
「……お父様はいま、どこに?」
「僕の後見役になってくれるバランティーニ侯爵様の領地に、小さな屋敷を用意してもらった。……ちょうど今朝、発ったんだ」
父はもうスタンレー伯爵家の屋敷にはいないのだ。
国王陛下から命じられた蟄居だ。おそらく、二度と会うことも叶わないのだろう。
寂しさ。安堵。浮かんでは消える玉虫色の感情に名前をつけることができない。
恐れていたはずだ。連れ戻され、勝手に縁談を用意されることを。自由に生きていけなくなることを。でもそれと同時に、わたし自身に関心を向けてほしかった。
なんていうことだろう。
父への執着なんてとうに捨てたと思っていたのに、わたしは結局、幼い頃から何ひとつ変わっていないじゃないか。
「姉さま。辛気臭い顔はやめなよ。そんなのじゃあウィルフレッド様の隣に立てないよ」
「……んん?」
「せっかく今夜の夜会のためにウィルフレッド様が迎えに来てくれるんだから、楽しまないと!」
「ちょっ……ちょっと待って。なんでここでウィルさんの名前が出てくるの?」
ライアン曰く、辛気臭い顔で思いを巡らせていたわたしは、突然話題に上ってきたウィルの名前に目を剥く。
父への複雑な感情が一気に吹っ飛んでいった。
今夜の夜会? 迎え? 一体なんのことだろう。
確かに今夜、国王陛下より新たに任命された魔術師団員への夜会の招待はあった。
ベティは初めての王宮広間での夜会に意気込んでいたけれど、わたしはどうにも気乗りせず、欠席するように回答していたはずだ。
「姉さま、聞いてないの? 今夜のためにリリィが張り切って、ドレスや装飾品を用意していたよ。屋敷で支度をするから夕刻頃にウィルフレッド様が迎えに来られるって僕は聞いているんだけど……」
「初耳よ……」
がっくりと頭を抱える。それならそうと、先日会った時にでも言ってくれれば良いものを。
ここにはいない魔術の師匠に「報告・連絡・相談」の肝要さを詰めたい気分になる。
……とはいえ、わたしも言いつけを破って勝手に外出した前科を持つ身で、あまり大きなことは言えないのだけれど。
「ねえねえ、ウィルフレッド様と姉さまは恋人なの?」
「は?」
ライアンが隠し切れていない高揚感をにじませながら聞いてきた質問に、思わず眉根をきゅっと寄せながら気の抜けた声を出してしまった。
またか。
ウィルの魔術師団特別訓練に同行するようになってから、何度となく聞かれ何度となく否定してきた問いだ。
「ありえないわよ。わたしとウィルさんでは、全然釣り合わないでしょう」
「そうかな……でも、ウィルフレッド様は随分と姉さまを大切にしてくださっているようだけど。僕が学院に入学してから、一度会いに来てくれた時があったんだよ。弟の僕にまでわざわざ声をかけてくれるなんて、と思ったけど」
「手のかかる教え子だと思っているのよ、きっと。とても面倒見の良い方だから」
何故みんながみんな、そんな勘違いを起こすのか、本当に訳が分からない。
ウィルがわたしに対して色々と骨を折ってくれているのは、指導係だし魔術師団に誘った当事者だからというのもあるし、何よりわたしが治癒魔法士だからだ。
ウィルにもアレクセイにも、耳にタコができるほど何度も言われた。治癒魔法の能力の稀少さとわたしの非力さが合わさってとんでもなく危険で狙われやすい状態なのだと。それは過保護にもなる。
とはいえ、大事にされているから特別な関係という訳でもないだろう。
それに。
「……女の敵だし」
「え?」
「なんでもない」
聖人君子のウィルフレッド・フィッツバーグしか知らないライアンには教えてあげられないけれど、あの人は魔性の男改め女の敵なのだ。
先日、街で知り合ったウィルの昔の恋人・ケイトに聞かされた彼の放蕩ぶりには、本当に呆れた。
ケイト以外の女性にも何度か叩かれていたけど、一発叩かれたくらいで女性の恋心を弄んだ罪が帳消しにはならないのだ。
「姉さま……辛気臭い顔じゃなくなったけど、今度は恐い顔してるよ……どうしたの?」
「思い出し怒り!」
突然ぷりぷり怒り出したわたしに、ライアンは困惑したように首を傾げていた。
当のわたしだって、よく分からない。
ケイトや彼と関係があったんだろう女性たちと実際に顔を合わせたあの日から、思い出すたび、苛立ちとモヤモヤが胸の内を覆って、たまらなくウィルを詰りたくなってしまう時がある。
ウィルの異性交遊なんて魔術の修行には関係ないんだから、放っておけばいいのに。なんでこんなにも感情を揺さぶられるんだろう。
正義感、と言えるほど高尚でもない。じゃあ一体なんだというのか。
答えなんて出るわけもなく、思い出し怒りの苛立ちを吐き出すようにため息をついた。
ふと、馬車の窓から見慣れた風景が目に入るようになり、ようやく少しだけ肩の力が抜けてくる。もう間もなく伯爵邸だ。
そろそろ恋愛要素のギアを上げていきますよー!




