13 新人魔術師団員の特別訓練① ≪ギルバート視点≫
力の弱い者を疎ましく思ったことはない。彼らは庇護する対象で、それが力を持つ者の役目だと自認してきた。
そんなことよりも腹立たしい者、それは努力もせず能力もないくせに貴族という肩書を盾に大手を振るう痴れ者だ。……かつての俺自身のように。
水魔法の一族と呼ばれるグランビッシュ伯爵家の嫡男であることに誇りを持っていた。
それなりの魔力量にそれなりの魔術のセンスを持っていた俺は、幼い頃より将来を期待されてきた。伯爵家嫡男に群がる同年代の取り巻きたちも、口を開けば美辞麗句、賞賛の言葉ばかり。
そんな環境で馬鹿みたいに高くなっていた俺の鼻っ柱をへし折ったのは、平民の同級生だった。
魔術学院に入学して初めての実力考査の結果を目にした時の衝撃と、その結果に納得いかず、無謀にもいちゃもんをつけた学年トップの平民の女の子に返り討ちにされた衝撃は、今でも忘れられない。
地位にふんぞり返っていた自らを諫めるきっかけを与えてくれた彼女は、学院卒業後の進路も同じく魔術師団となり、同級生から同期になった。
「実力主義」という価値観を共有する彼女と今後も切磋琢磨できるという期待感は、しかし、1人の痴れ者の存在で粉々に粉砕された。
「ギル様――いいえ、ギル。あなたのような早とちりの勘違い野郎に敬称なんて必要ないわ」
彼女、同志であったはずのベティとの関係は、あの女の存在を契機に最悪になっていた。
最初こそ俺に遠慮しているのか、ただ避けられているだけだったのに、ある日を境に、顔を合わせるたびに「思い直せ」「勘違いだ」「まだ間に合う」などと、あの女への認識を改めるようにしつこく言い募ってきた。
今日も今日とて、これから新人魔術師団員向けの特別訓練があるというのにまたあの女の話だ。
「もうアシュリー・スタンレーの話はやめてくれ、ベティ。不愉快だ。お前ほどの奴があんな身分を嵩にきて魔術師団に無理やり入団するような痴れ者と付き合いやがって。勘違い野郎はお前だろう」
「ああああ! あたし、知らないからね! 何べんも何べんも言ったのに聞き流したあなたが悪いんだからね! 今日の訓練終わったあとに同じ口叩けるんならそうしなさいよ!」
肩を怒らせて俺の横を通り過ぎたベティは、どすんどすんと地響きでも聞こえてきそうな勢いで、指定された訓練場へ向かっていった。
確かに敬称も敬語もいらないと言ったのは俺の方だが、それにしたって不遜なやつだ。
俺たちの仲違いの原因となったアシュリー・スタンレーは、魔術師の名家と知られるスタンレー伯爵家に生まれた「魔力なし」だ。
幼い頃、上位貴族の子息令嬢のみの茶会で姿を見かけたことがあった。既にほとんどの子供が魔力発現を済ませているなかで、彼女は魔力がないのだと自分から口にしていた。
明らかに嘲笑する者もいたが、俺自身はそんなことに興味は持てなかった。これから生きていく世界が違う者に関心を寄せてどうなるとすら思っていた。
彼女自身も、貴族の集まりに居ながら、ここではない何処かへ目線を向けているようだった。平凡な容姿だというのに、その異質さが妙に記憶に残っていたのだろう。成長した彼女と再会した時、妙に引っかかったのだ。
アシュリー・スタンレーの情報は巧妙に隠されていた。グランビッシュ家子飼いの諜報員に探らせてみようとしても、最近の動向がまったく掴めなかったのだ。
確かだったことは、魔術学院には入学していないことと、成長後も変わらず「魔力なし」と言われていたことだった。
歯がゆい思いだった。学院在学中に、俺が血を吐く思いで魔術の特訓にどれほど明け暮れていたか。いくつもの試練を乗り越え、ようやく掴んだ魔術師団の入団という栄誉を、「魔力なし」があっさりと横から割り込んできたのだ。
入団後に魔力操作の練習をしているだと……腹立たしい!
特権意識を持つ貴族の馬鹿共に散々理不尽なことをやられていたはずのベティが、無条件にあの痴れ者を庇っているのも気に食わない。
……くそっ。さっきのベティの言葉はどういう意味なんだ。今日の特別訓練に何があるというんだ。
今日の特別訓練について聞かされたのは、ほんの数日前だ。
指導係から突然、新人だけを集めて戦闘訓練をするらしいから、何日後の何時にここに集まるようにと言われたのだ。聞けば、指導係の新人の時にはそんな訓練はなかったらしい。
指定の時間に指定の場所に集まったのは、ベティや俺も含めて10名程度だった。どうやら第一部隊から第三部隊までの戦闘特化タイプの団員ばかりを集めているらしい。
訓練場に入ってすぐにベティと目が合い、先ほどの話の続きをしようと口を開きかけるも、ふん!と音が聞こえてきそうな鼻息を立ててそっぽを向かれてしまった。
くそっ。
ベティの態度に悪態をついていた俺は、背後でまた訓練場の扉が開く音と足音に気付き、振り向いた。
――息が、止まるかと思った。
この世で誰よりも尊敬する魔術師が現れたのだ。
「こんにちは、みんな。今日は集まってくれてありがとう」
完璧に整った容姿の銀髪の魔術師が、月の女神とも見紛う優美な笑みを浮かべながら、一分の隙もない身のこなしで俺たちの眼前に降り立ったのだ。
声にならない声が喉の奥で反響している。驚きと歓喜で叫び出したいというのに、衝撃が大きすぎて思うように体が動かない。
こんなに近くでお顔を見るのは初めてだ……!
俺の後ろでは同じように悲鳴をかみ殺す気配が多く聞こえてきた。
当代一の大魔術師。
強大な魔力と抜群の魔術センスを持つ最強の魔術師。
俺の敬愛するウィルフレッド・フィッツバーグ様その人だ。本物だ。
「ふふ、驚いているねえ。今日の特別訓練は僕が主催したことを伏せておいて正解だったよ。君たちの驚いた顔を見ることができた」
俺の敬愛するウィルフレッド・フィッツバーグ様は、最強の魔術師で向かうところ敵なしだというのに、穏やかで親しみやすい性格なところも本当に素晴らしい!
感情のふり幅が恐ろしく振り切れてしまった俺は、口に出せない代わりに心の中でウィルフレッド様への賛美を大声で繰り返した。
「今日の訓練の流れは……まあ、説明するよりとりあえず始めてしまえば話が早いかな。ああ、その前に、君たちに紹介しておくね。――アシュリー」
ウィルフレッド様の輝きが眩すぎて全く気付かなかった。
彼の背後から「はい」と返事をしながらひょこっと顔を出した女の顔を見て、久しぶりに表情筋が仕事をした。――はあっ!?
「彼女はアシュリー・スタンレー。今日の主役だよ。僕が指導係をやっています」
「本日は、よろしくお願いします……!」
緊張した面持ちで勢いよく頭を下げたアシュリー・スタンレーを視界に入れ、ウィルフレッド様の「今日の主役」「指導係」という単語を慌てて脳内で解釈していく。
――わ、わからない。理解できない。
「さて、と。それじゃあ早速、今日の流れを確認がてら誰かに相手をしてもらおう。――君、いいかな?」
脳内の処理が終わらないまま、混乱中の俺の眼前に敬愛するウィルフレッド様が近づいてきた。
恐る恐る見上げると、澄んだ青の瞳がすっと細められる。その瞳の中に自分自身が映りこんでいる事実に思い至り、体中の血液が一気に沸騰したような緊張に襲われた。
何も言えず死ぬ間際の魚のように口をぱくぱく開閉させるだけの俺に、ウィルフレッド様は楽しそうに口角を上げられた。
「緊張しなくても大丈夫。――今から僕が、君をぼっこぼこにしてあげるから、ね」
「は……?」
肩を組まれて耳元でささやかれた最後の言葉は、周囲には聞こえなかっただろう。
あまりに不穏だった。
その声音に本気を感じ、沸騰していた体は一気に氷点下にまで冷やされたのだった。
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