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9 護りの腕輪 後編



「さあ、実験だ」


 いつの間にか窓際に陣取ったエリックが楽しそうな声を出した。まるで今からピクニックにでも行くような勢いだ。


 その手にはこぶし大の魔石が握られている。大きくふりかぶった彼の手によって、その魔石はまっすぐわたしのほうに飛んできた。

 

 驚きのあまり声も出ないままその場に立ち尽くしていたが、まっすぐに向かってきていたはずの魔石は目と鼻の先で突然勢いを失い、大きな音を立てて足元に落ちた。

 

「びっくりした……」


 今になって早鐘を打ち始めた心臓を手でおさえ、言葉を絞り出す。

 ウィルとエリックは満足気に顔を見合わせ、頷きあっていた。

 

「うまくいったね、ウィルくん。……そっちの首尾は?」

「問題ない」

 

 ウィルは彼の左手首にいつのまにか巻かれていた腕輪をそっと撫で、エリックの問いに静かに答えた。更に付け加えようと口を開きかけたエリックを目だけで制したウィルは、この話はこれで終わりだとでも言うように彼から目を逸らした。


 ぎこちない二人のやり取りが妙に気になり、じっと見つめていると、ウィルがわたしの視線に気付いたのか、腕輪を袖に隠しながら聞いてきた。

 

「アシュリー、どう? 魔力が吸われている感覚とか気分が悪かったりとかはある?」

「いいえ……特には。さっきわたしの魔力を登録したということは、この腕輪はわたしの魔力を動力源にしているということですよね。そうすると、魔力量がわたしよりも上の相手には効かない……ということでしょうか」

「そうだね。……まあ、君の場合は魔力量だけで言えば魔術師団の中でも上位に当たるから、そこは心配しなくていいよ。でも万が一僕から攻撃されたら、まず生き残れないよ」

 

 綺麗な笑顔でさらりと不穏な言葉をかけられる。

 その揶揄い交じりの声音にくすりと笑みがこぼれた。


「それなら大丈夫ですね。ウィルさんがわたしを攻撃するわけないから、この腕輪をつけていれば安心です」

 

 そこにウィルとエリックの思いが詰まっているような気がして、わたしはもらった腕輪を優しく撫でた。身を案じてくれる存在の有難さを直に感じる。

 

「エリックさん、ありがとうございます」

 

 改めてエリックに向き直り、深々と頭を下げる。

 

「わたしのために睡眠時間まで割いて、こんなに素晴らしい魔道具を開発していただいて、本当にありがとうございます。わたしのように治癒魔法しか使えない自分の身も守れない魔術師はそんなにいないとは思いますけど……もしかしたら同じように防御の魔術が得意ではない人がいるかもしれないし、そういう人にはお守りになりますよね。人の助けになる、素晴らしい魔道具です。ほんとにすごい――」

 

 しみじみと腕輪を眺めながら話していると、いつのまにか目の前にエリックがやってきていた。

 

「アシュリーちゃん……っ」

 

 声をかけられ見上げると、エリックはエメラルドグリーンの瞳をうるませながら、勢いよくわたしの両手をつかんだ。

 

「こちらこそありがとう!! そんなに感謝してもらえるなんて初めてだ……! この鬼畜魔術師様にいいように使われる人生だと思ってたけど私にも救いがあった……! 私()君が好きだよー!」

 

 よっぽどウィルに無茶ぶりをされたのだろうか、と更に申し訳ない気持ちになってくる。


 きっと寝不足で脳が疲れ切って、感情の振れ幅が故障してしまっているんだろう。より憐れな気持ちになったわたしは、「なんだかごめんなさい……」と思わずつぶやいていた。

 

「エリック、今すぐ離れろ」

 

 地の底から這い上がってきたような低い声が聞こえたかと思うと、目の前にウィルの背中があった。

 

「勝手に彼女に触れるな。研究馬鹿が移る」

「はいはい、君の大切な人に勝手に触れてごめんよ」

「そういう意味じゃ――」

「なんだ、今更。()()()()ことなんだろう。彼女ほど君の急所を的確に射止められる逸材はなかなかいないぞ。愛想をつかされないように大切にするんだね」

 

 ウィルの急所とはなんだろう。この完璧無敵鉄人に急所なんてあるのだろうか。2人の会話をウィルの背中ごしに聞きながら、わたしは頭をひねっていた。

 

「さあ、実験は終わりだ。私は今からひと眠りするからね。2人ともお帰りくださいよ」

 

 エリックの言葉に呼応するように、ウィルは踵を返し「言われなくても帰る。またな」と簡単に別れの言葉を告げるとさっさと部屋を出て行ってしまった。


 その背中を追いかける前に、エリックにもう一度お礼を伝えようと見上げると、思わぬ言葉をかけられた。

 

「アシュリーちゃん。ウィルくんのこと、嫌わないでくれよ」

「え……と、どうしてそのようなことを……。わたしがウィルさんに嫌われることはあっても、逆はないと思いますが……」

「ううん、まあ、詳細は言えないんだけど。とりあえず、これ渡しとくね」

 

 エリックの手から渡されたものは、腕輪を保管するためだという小さな木箱だった。

 

「その中に君に伝えておきたいことも入れてるから、部屋に戻ってから読んで。あと、あいつには内緒にしていて」

 

 あいつ、がウィルのことを指していることは明らかだった。先ほどの二人のやり取りやウィルが隠した左腕の腕輪に思い至り、わたしは木箱をじっと見つめた。


 ウィルは何か隠し事をしている。わたしの護りの腕輪に関してのことなのに、どうして何も言ってくれないんだろう。

 確かに、治癒魔法すら満足にまだ使うことのできない新米魔術師のわたしに、話せることなんてないのかもしれない。それでも、少しでいいから信頼してほしい。まるで距離を置かれているみたいだ。


 モヤモヤとした心中を抱えながら、エリックに再度深々とお礼を伝え、退出した。



  

 研究棟から出たところで、ウィルがわたしを待っているのが見えた。

 少し気だるそうに腕を組む立ち姿と居眠りしていた訓練棟での寝顔が重なる。きっと、エリックと一緒になって睡眠時間を削って、急ピッチでこの腕輪を準備してくれたんだろう。


 ウィル・フリッツとしての一面も、ウィルフレッド・フィッツバーグとしての一面も、ベティから聞かされた人物像とわたしの目に写るウィルの人となりがどうしても重ならない。

 わたしから見たウィルは、月の女神様でも魔性の男でもない。超初心者のわたしに、いつも楽しそうに、時には厳しく教えてくれる魔術の先生で、とても頼りになる師匠なんだけどな。

 一体どのウィルが本当のウィルなんだろう。



 

 部屋に帰ってから開けた木箱の中には、小さな紙が入っていた。


「もしも君が、いま選んでいる道ではない別の道を選びたいと思った時、この腕輪は破壊して。未練たらしい男が泣いて縋ってきたら、破壊の呪文を唱えながら投げつけたらいい。足止めくらいはできるよ。破壊の呪文は――」


 エリックの言葉の真意が分からず、わたしはただ首をかしげ、木箱の蓋をそっと閉じたのだった。



いつも読んでいただきありがとうございます(*^ω^*)

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