1 同情ではない感情の正体は ≪エドワード視点≫
新章スタートです。よろしくお願いします!
第1章とは文体を変えたので雰囲気が少し違うかもしれません~。
足の裏が地面から僅かに浮いているような心地だった。有り体に言うと、ぼくは浮かれている。なんせ、常に飄々としている幼なじみの鼻を明かせる千載一遇のチャンスを手に入れたんだ。
普段は冗長過ぎて身につけるのを嫌う真紅のマントをたなびかせながら、王立魔術学院の講堂へと通じる通路を足早に歩いた。
護衛騎士や文官という側近を複数引き連れて、王太子であるぼくが王宮の外を闊歩しているだけで、常であればかなりの耳目を引いただろう。都合の良いことに、今は学院の長期休暇中で学生の姿はない。大手を振って大好きな幼なじみのもとへ会いにいけると言うことだ。
あいつは、さぞ驚くだろう。
王族の立ち合いが必須なあの儀式を行うにあたって、わざわざ弟である第二王子を呼び出したはずなのに、実際に現れるのがぼくだったら。よほど、彼女を見られたくないらしい。
考えられる最高のシナリオを頭の中で思い描き、口元やら目元やら、全ての表情筋が緩んでしまうことを止められなかった。
ほんの一、二ヶ月前のことだ。国境沿いの町ポルカから王都に戻ってきた幼なじみが、不審な行動をしているという報告を受けた。わが国の最優先事項である「治癒魔法士の確保」に非協力的な姿勢を示したというのだ。
彼、ウィルフレッド・フィッツバーグは、他の追随を許さない当代きっての優秀な魔術師であるために、常にその行動を監視される立場でもあった。王国への叛逆の意思をチラとでも見せれば、即座に排除できるように。幼い頃から周囲の大人たちに言い含められ、常に王国への忠誠を示し続けてきたはずのあの男が、ほんのわずかでも反抗する姿勢を見せるとは。
半ば信じられないまま、直接あいつと対峙し、その剣先を喉元に突きつけられたところで、ようやく察した。冷静に己の生存戦略を貫いてきたあの男に、そういう|存在ができてしまったのだと。
どうやらあの後、ウィルフレッドが必死こいて存在を隠そうとしていた治癒魔法士が自ら名乗り出て、魔術師団の庇護下に入ったというのだから、更に笑えてくる。お前の意気込みは空回りかよ、ウィル。
思い出し笑いで肩を振るわせたところで、学院の講堂の入り口が見えてきた。
側近の一人が講堂の扉を開けると、舞台横の小部屋の前で、2つの人影が見えた。それらは、王族の到着に気づくやいなや、その場に膝をつき顔を伏せた。
一人はウィルフレッドだ。普段身につけている全身漆黒の魔術師団のローブに、絹糸のように繊細な銀髪が映えている。
そのすぐ隣で膝をつく女性は、若草色のデイドレスを纏い、明るい栗色の髪を複雑に編み込んで纏めているようだ。顔を伏せた状態のため、どんな女性なのかはまだ捉えられない。だが、一瞬の身のこなしや服装などの外見からは、洗練された上位の貴族令嬢の雰囲気が見て取れる。
「ウィルフレッド、待たせたな」
敢えて尊大な調子で声をかけると、心得たかのように冷静な返答が返ってくる。
「ご無沙汰しております。王国の若き太陽、エドワード皇太子殿下。……殿下におかれましては、公務多忙な中、このような些事にお手間をかけさせてしまうこと、大変心苦しく存じます。殿下の慈悲深き御心に感謝申し上げます」
やけにへりくだった物言いに、彼が発する嫌味を感じ取る。
忙しいくせに、わざわざ呼んでもないのに来るな。真意はそんなところか?
「いいや、良いのだ。其方を含め、治癒魔法士は我が国の宝同然だ。わたしたち王族が何よりも優先すべきことだ。さあ、さっさと始めるぞ」
ウィルに簡単に返答を返してやり、目の前の小部屋の扉に足を向けた。
何も事情を知らない者が見れば、ただの薄汚れた木製の扉だ。その表面に手をかざし、魔力を込めると、魔法陣が浮かび上がる。それは一度カッと光を放つと、すぐに霧散し、代わりにカチリという小さな音が鳴った。
王族のみが解錠できるこの小部屋は、「魔力判定」に用いられる稀少な魔道具が設置してある。
部屋の中央に鎮座するその魔道具の出番は、年に一度。国中から魔力を持つ生徒が入学する王立魔術学院の入学式の時だ。そこで新入生の魔力量や魔力属性が判定され、その情報は、在学中のみならず卒業後も国によって把握され続ける。いわば、国家の根幹に関わることであるために、その魔道具の使用時は王族の立ち合いが必須となっているのだ。
単独で小部屋に入室するやいなや振り返り、「お前たちは外で待っていろ」と側近たちに命じると、護衛の騎士の一人がウィルに鋭い視線を向けたのが見えた。王太子の近衛騎士たちと国一番の魔術師と呼ばれるウィルは、もともと良い関係ではない。特に、ぼくが殊更にウィルを重宝する素振りを見せるたびに、その対立(というより、騎士たちのウィルへの悪感情)は更に酷いものになっている。
……とはいえ、ウィルや彼女と突っ込んだ話をするためには待っててもらわなければならない。
「ウィル、『防音』と『結界』を」
騎士たちの刺すような視線を受けながらウィルたちが入室し扉を閉めると、すぐさま指示を出す。
はい、と頷きながら、ウィルが流れるような動作で片手を軽く振る。その次の瞬間には、小部屋全体を包むあらゆる攻撃を防ぐ結界と、周囲に室内の音が漏れないようにする防音の魔術を施していた。相変わらず嫌味なほど魔術を呼吸するように当たり前に操る奴だ。
「さ、て、と。じゃあ、ウィル。まずは彼女の紹介を――」
「何故あなたがここにいるんですか? ――王太子というのは、存外暇な役職なんですね」
王太子であるぼくの言葉に被せるように、ウィルの鋭い問いかけが飛んできた。
先ほどまでの従順な姿勢は消え、その端正な美貌にわずかな苛立ちを滲ませながら腕を組んでいる。その様子に、すぐそばで成り行きを見守っていた女性が目を丸くしているのが見えた。
予想通りの反応に、思わずほくそ笑む。
「君が囲い込もうとしている治癒魔法士がどんな女性か、見てみたくなっただけだよ。……それに、仲直りもしたかったんだ。喉元に君の冷たーーーい剣先を突き付けられたっきり、会えていなかったじゃないか」
「それは……」
一瞬口ごもったウィルフレッドは、すぐさまその場に跪いた。
「殿下の御身を脅かす軽率な行いをしたこと……お詫びいたします。どんな処罰でも――」
「あー違う、違う。ぼくが求めてるのはそういうことじゃなくて、さ」
跪くウィルフレッドと視線を合わせるように膝をつき、その肩に腕を回した。
「謝罪は要らないよ。それより、『同情ではない感情』の正体は分かったのかい?」
「――っ!」
勢いよく肩に回した腕を振り払われそうになり、おっと、と一歩体を引く。
やったぞ、作戦成功だ!
明らかに動揺した様子のウィルに目を輝かせ、内心で小躍りを始める。もうこうなってしまえば、あとはぼくのペースに彼を巻き込むだけだ。
「だからさ、ウィル。君が早く紹介してくれないと、私は彼女といつまでたってもお話ができないし、彼女だって言いたいことがあるのに口を聞けないだろう?」
「誰のせいだと……はあ。――殿下。この度、魔術師団に入団した新しい治癒魔法士です。アシュリー」
名を呼ばれた彼女は、緊張した面持ちで前に出ると、優美なカーテシーを見せた。ここまで流れるように美しいカーテシーを行う令嬢も昨今では少なくなっている。社交界でも随一の所作に目を見張る。
「アシュリー・スタンレーと申します」
王族への形式的な挨拶を述べようとする彼女に、ここでは必要ないと制し、じっとその顔を見つめる。
王国内で最も珍しくない栗色の髪は少しクセがあるのか、きっと触れたら毛並みの良い猫のような触り心地なのだろう。目鼻立ちに特筆すべき点はないが、どうしてか、彼女の薄い青色の瞳は世界中の輝きすべてを閉じ込めたかのように複雑な色合いを放ち、どうにも目が離せない。
「アシュリー嬢、初めまして。ウィルの大親友のエドワードです。……だから、そんな不安そうな顔はしなくても大丈夫だよ」
アシュリーはその瞳を大きく見開いた。
「――王太子殿下。申し訳ございません。ウィルさんはわたくしの我が儘に振り回されただけなのです。罰するならどうか、わたくしを――」
「だから、大丈夫だって。大親友とはいえ、たまには喧嘩もするしね? でももう仲直りしたよ。ね」
アシュリーに見せるようにウィルの肩を抱く。
他人とのボディタッチを嫌がるウィルにしては珍しく、大人しく収まっていた。
まあ、渋々といった顔をしているのだろうけど。
「こいつを振り回すって、なかなかどうしてすごい才能だよ!」
「どういう意味ですか」
「そのまんまの意味だよ。きみは基本的に周りを振り回してばかりじゃないか」
「それはあなたでしょう」
「ウィル、ここにはぼくらだけなんだから、いつものように『エド』って呼んでくれよ」
「お断りします」
普段のようにウィルとじゃれ合っていると、アシュリーはまた目を丸くして、それから安心したように大きく息をついた。
「お心遣い、感謝申し上げます。殿下」
どうやら、このやりとりをデモンストレーションか何かと勘違いしているようだった。
呆れたようにぼくの腕から抜け出したウィルがアシュリーに声をかける。
「この人はいつもこんな様子だから。気遣いとかじゃないよ、アシュリー」
「そう、なんですか?」
「驚くべきことにね。常にこんな感じ」
「ふふ。ウィルさんと仲がよろしいのはとても伝わりました」
基本的に人の言葉を肯定する人物なのだろう。疑いを差し挟むことなく、人の善性をまず信じることのできる人物。であれば、ウィルが彼女に固執するのも無理はないだろう。
穏やかに微笑むアシュリーとその様子に満更でもないウィルの横顔を見比べ、何故か疎外感が去来する。
おっと、お邪魔なのはぼくかな?
「はいはいはいはい。王太子は忙しいからね、さっさと始めるよー」
甘い雰囲気をぶった切るように二人に声をかけると、小部屋の中央で存在感を放つ魔力測定装置に手をかざし、起動させる。
「ウィル、測定方法は知ってるな?」
「ええ、もちろん」
問題なく起動したことを確認し、ウィルに引き継ぐと、アシュリーを手招きして装置の正面に立たせる。
五角形の装置の各隅にはそれぞれの属性を表した魔石がはめられている。頂点には白、聖属性。右から順に赤、火属性。緑、風属性。青、水属性。黄、土属性。この国で全ての属性の魔石を最大値で光らせたのはウィルただ一人だ。多くの人は魔力の多少や偏りがあるものの、白以外の4つの魔石を光らせる。
治癒魔法が使える彼女は、果たして。
「アシュリー、正面の台座に手を当てて、魔力を流すんだ。くれぐれも、流しすぎないように。分かった?」
ウィルの声掛けに厳かに頷いた彼女は、1つ大きな深呼吸をしたあとで、両手をかざした。
アシュリーの両の掌から金色の光の粒があふれ出してきた。それはみるみると台座に吸い込まれていき、ただ一つの目的地へと脇目も振らず駆け抜けていくようだった。その光景はあまりに異様で、幾度もこの儀式に立ち会ってきたぼくにしても初めてのものだったのだ。
「――これは……」
息を飲み、思わずウィルに視線を向ける。彼もまた目を見張り、こちらを見返した。二人で頷き合い、再度台座に目を向ける。やはり先ほどと変化はない。
白の魔石しか光っていないのだ。
「アシュリー、もういい。そう。ゆっくり、魔力を吸い上げるイメージで――」
ウィルはアシュリーに寄り添うように隣に立ち、慎重に彼女の魔力を収束させていく。溢れていた光の粒が次第に少なくなり、数秒後、完全に消えた。そのとたんに、アシュリーの上半身がぐらりと揺れ、その背中をウィルの片腕が当たり前のように支えた。
「失礼しました。まだ、魔力の扱いになれていなくて……」
少し顔色を青くしたアシュリーを気遣うように、ウィルが適当な椅子に腰かけるように促した。
「見ての通り、彼女にはまず魔術の訓練が必要です。ただ、訓練したところで治癒魔法しか使えないとなると……」
「戦闘は土台無理だろうね」
「もちろん戦場には出せません。むしろ自分の身を守れる術がない今、どうやってアシュリーの身の安全を確保するかが問題だ……」
ウィルは悩ましげに頭を抱えると、眉間に皺を寄せた。
アシュリーの魔力量自体はウィルに匹敵するほどの質と量だ。問題は、多くの魔力持ちが少なからず持つはずの火・水・風・土の属性を、どうやらまったく有していないことだ。聖属性を持つ者自体が歴史を紐解いても少ないため、実際のところ治癒魔法以外に何ができるのかは分かっていない。だが確実に言えることは、今確立されている攻撃・防御の魔法は聖属性のみでは起動することはできない、ということだ。
「ウィルさん、わたしもしかして……」
絶望的、といったような顔でウィルを見上げるアシュリーが唇を震わせながらつぶやいた。
「髪の色を変える魔術、使えないんですか……?」
「気にするの、そこ?」
ウィルの呆れた声が小部屋に響いた。
「だって、言われてたじゃないですか! 努力したらわたしにもできるって! わたしもウィルさんみたいに髪色変えて別人になりたかったのに……!」
「水か風の属性が必須だから難しいね……って、それは今気にするところじゃないでしょ。君はどこまで脳天気な頭をしてるんだよ!」
「治癒魔法しか使えないなんて、大問題ですよ! 分かってます! ウィルさんみたいに色んな魔術ができるようになりたかったのに――」
「君の問題意識は絶対にズレてる。間違いない! どうせアレコレやってみたいなぁと思ってたことができなくなってショックなだけだろ!」
「それの何がいけないんですか!」
ウィルとアシュリーの掛け合いを眺めながら、ぼくはどうにも緩んでしまう顔の下半分を掌で隠した。
同じ年頃の女性と普通に会話するウィルを見るのは新鮮な心地だった。しかも、稀代の大魔術師だ絶世の美丈夫だ、などともてはやされる彼を前にしても、普通の男と接するように振る舞うアシュリーもまた、特異な女性だということがよく分かった。
相変わらずズレた問答を続ける二人に対して、ごほんと咳払い一つを放つ。
アシュリーは素早く顔色を変えると、「殿下の前でなんてご無礼を――!」と慌て始めたため、今度はウインク一つで大丈夫だと落ち着かせる。
「アシュリー。君の治癒魔法は我が国にとって大切な力だ。治癒魔法だけが使えても意味はない、などと思わないでほしい。君の安全確保はウィルと魔術師団の仕事だ」
言い聞かせるように言葉を発するぼくの目を神妙に見つめながら、「はい」とアシュリーが頷き、不安の色を映した瞳ですぐ隣のウィルを見上げた。
「ウィル、彼女の安全確保は急務だ。すぐに取り掛かるように。それから、魔術師団の内部でも彼女の存在を広めるのは時期尚早だろう。安全策が固まってから公表することを推奨する」
真剣な表情で頷くウィルに顔を寄せ、小声で伝える。
「どこから彼女を狙う者が近付いてくるか分からない。用心することだ」
「……もちろんです」
眉間にしわを寄せながらウィルが答えた。
ふと喉元に剣先を突き付けられた時のことを思い出す。
「誰かを守って戦うのが初めてだった」とつぶやいたウィルが、いま、自分以外の存在を守るために頭を巡らせている。今までたった1人で闘ってきた彼を思うと、守る相手ができた現状に変化の兆しを感じてしまう。いや、兆しというなら、初めてこの国に反抗した数か月前、アシュリーとの出会いが始まりだったのかもしれない。




