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17 バランティーニ侯爵の幸運な邂逅


 その日、前魔術師団長のバランティーニ侯爵は、ブレア子爵の企みの後始末やポルカの聖女への対応を含めた協議を現団長のジェイコブと行うため、侯爵家の馬車で魔術師団本部に向かっていた。

 既に実務を引退したとはいえ、貴族院に議席を持つ有力貴族としても、前団長としても、元々ジェイコブへの支援は積極的に行なっていた。しかし、特に今回の謀略の主な狙いは、実の息子のような存在であり、魔術の面では弟子にあたるウィルフレッドの命だった。これまで以上に積極的に関わっているため、少々寝不足が続いていたようで、馬車に揺られながらまどろんでいた。


 本部棟の門の辺りで一旦止まった馬車は、なかなか動き出さなかった。訪問者の選別に常なら大した時間はかからないはずが、今日はどういうわけか遅い。疑問を抱いた侯爵は、御者に様子を見に行かせた。

 その報告を聞いてみるに、年若い女性がウィルフレッド・フィッツバーグを訪ねて現れたそうで、どうやらあの男の女性関係の奔放さに嫌気が差したジェイコブの右腕・アレクセイの指示により、彼を訪ねてくる若い女性はことごとく訪問を断っているそうだ。それを今まさに門番が女性に説明をしている最中、というわけだ。

 

 侯爵は、愚息が蒔いた種に深いため息をついた。

 親の心子知らず、とはよく言ったもので、危険から遠ざけようと王都から離したというのに、返り討ちにした刺客を一匹連れてフラッと勝手に王都に戻ってきたウィルフレッドを思う。近頃は訓練棟にこもりきりと聞いてはいたが、また懲りもせずにどこぞで女性を誑かしてきたのか、と呆れると同時に、わざわざあの馬鹿を訪ねてきた女性を不憫に思い、御者にひとつ指示を出したのだった。




 初めてウィルフレッドに会ったのは、彼がほんの赤子の頃で、歩き始めるかどうかという頃だった。癇癪を起こすたび、周囲に炎を撒き散らし、竜巻を引き起こす赤子に彼の生家である公爵家が手を焼いていたため、魔力を抑える魔道具を融通していたのだ。ウィルフレッドが5歳の頃、彼の母が病のまま旅立つと、公爵家はまだ少年だった彼を魔術師団に預けた。


 強すぎる力は羨望と恐怖を同時に引き起こす。彼を国の宝と持てはやす者もいれば、国の脅威の芽とみなして排除を声高に上げる者もいた。

 侯爵は、幼いウィルフレッドに彼の魔術の全てを教えた。そうやって力の使い方を覚えることで、国の脅威にはならないことを示し続けなければ、命はないことも繰り返し伝えていった。

 だというのに、ウィルフレッドが魔術への真摯な態度や国への恭順の姿勢を示し続けてもなお、彼の命を狙う勢力は常に存在し続けている。ひどく歯痒いものだ。


 強大な魔力や公爵家の出身という肩書が常について回る彼が、それが原因で命をも狙われる彼が、女性を含め他人を信じられなくなってしまい、まともな人間関係を築けなくなってしまった現状は、侯爵にとっては当然の帰結のように思えた。



 

 思考の海に沈んでいた侯爵は、トントンと馬車の扉を外側からノックする音で意識を浮上させた。どうぞ、と声をかけると、扉を開けた御者に促され、一人の女性が入室してきた。


「……失礼、致します」

 

 栗色の髪に薄く青みがかった瞳の色をした彼女は、侯爵家の馬車に突然呼ばれたことで、幾分か緊張しているかのようだ。キャメル色の厚手のコートは仕立てもよく、華美ではないが質素でもない。裕福な平民のお嬢さんといったところか、と類推する。


「突然お呼びしてすまないね、お嬢さん。愚息のことで迷惑をかけているのではないかと思ってね。一言お詫びでも、と思ったのだよ」

「愚息、と言いますと……貴方様はウィルさ、ウィルフレッド様の……」

「実の父親ではないんだがな。あの子が幼い頃に預かった親代わりみたいなものじゃ。今日はあの子に会いに来たんじゃろう、悪かったね」

「そんな。ウィルフレッド様には迷惑なんてかけられておりませんわ。むしろ、大変お世話になりましたので、お礼をお伝えしたくて――」


 ウィルフレッドの名を紡いだ小ぶりな唇が、かすかに綻ぶように微笑んだ。

 侯爵はそこで初めて違和感に気づく。てっきり、あの馬鹿息子と痴情がもつれて文句を伝えにやってきた女性かと思えば、よく見れば洗練された所作も言葉遣いも、今まで彼が弄んできた市井の女性とは毛色が違う。しかも、彼の偽名であるウィルではなく本名のウィルフレッドの名を口にしている。


「失礼だが、貴女はどちらでウィルフレッドと知り合ったので?」

「……ポルカです」


 一瞬答えをためらった女性だったが、動揺を抑えながら、静かに答えた。

 その答えに、彼は全てを悟った。ポルカの聖女を巡るウィルフレッドの報告と、エドワード王太子から齎された情報が瞬時に脳内を巡り、1つの結論を導き出した。


「――『ポルカの聖女』の噂を、知っておるかね」


 老いてなお、若い魔術師たちを震え上がらせる老人の眼光が、目の前の令嬢を真っすぐ射貫いた。飛び込んできた国の宝を、ここで逃すわけにはいかない。

 その眼光に少し身をすくめながらも、両手を握りしめ、令嬢は小さく頷いた。


「貴女に話したいことがある。一緒に来てくれるね?」

「……ええ、もちろんですわ」


 もとより断らせる気などなかったが、侯爵の提案に、彼女は薄く笑みを浮かべながら答えた。

 なるほど、肝が据わっている。幼い頃から魔力封じの秘密をただ一人で抱え続け、成人前にたった一人で伯爵家を家出し、出国しようとしただけはある。どれも並大抵の精神力で成しえることではない。

 バランティーニ侯爵は満足そうに頷くと、御者に指示を出し、馬車を出発させた。


 ポルカの聖女は治癒魔法士か、否か。

 ウィルフレッドの報告と、王太子が秘密裏に放っていた偵察部隊の報告は、異なる結論を示していた。本人に問いただそうにも、知らぬ存ぜぬの一点張りで、追加調査は不要とまで言い切った。

 その後、王太子から、ウィルフレッドに手を引けと脅されたと言われ、侯爵は寿命が縮む思いをしたものだ。

 今日のジェイコブとの協議は、主にこのポルカの聖女の処遇にあった。このまま手を引くわけにはいかない。どのように当人に接触し、どのような待遇を用意し、口説き落とすのかなど、決めることは山ほどあった。

 しかし、その当人が目の前に現れたのだ。


「――もう、お気付きかもしれませんが……」


 本部棟の正面玄関までの僅かな道のりで、彼女は口を開いた。


「ウィルは何も言わなかった。わしらが勝手に調べて、貴女の素性と治癒魔法のことを突き止めたのじゃ」

「……ウィルフレッド様は、本当に約束を守ってくださったのですね」

「困ったことに、王太子殿下までも脅し上げてな。そうまでして、貴女の秘密を守ろうとしとる馬鹿者じゃ」

 

 バランティーニ侯爵の言葉に、彼女は初めて明らかな動揺を見せた。一気に表情が青ざめ、唇を震わせながら言葉を募る。


「あの、あの方はご無事なのでしょうか」

「ああ、すまぬ。あやつと王太子とは幼馴染なんじゃよ、もちろん無事じゃ」


 その言葉に、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

 そして唇を引き結び、覚悟を決めた顔で、改めて侯爵に向き直る。


「――侯爵様。わたくしは、自分の持つ力を見て見ぬふりをして、逃げようとしておりました。……ですが、もう逃げません。魔術を学びたいのです。この力の使い方を学んで、きちんと役に立てたい。この力と向き合いたいのです」


 彼女の真っ直ぐとこちらを見据える眼差しに、魔術を学び始めた頃の不肖の弟子が重なり、バランティーニ侯爵は目を細めた。


「そうか。……いや、どうやって貴女を説得しようかと考えていたんじゃよ。ウィルはあの調子で協力もしてくれそうになかったからね。そちらから来ていただいて助かるよ」

「ウィルフレッド様に背中を押していただいたのです。母の遺言に雁字搦めになっていたわたくしに、自分はどうしたいのかを考えるよう言ってくださいました。魔術を学ぶ気があるか、このまま力を隠して生きるのかを。たくさんたくさん悩んで、結局、ウィルフレッド様の恩師の言葉に従うことにしました」

「恩師の言葉……?」

「『過ぎた力は学ばないといけない。使い方も、使い道も』」


 彼女の唇が紡いだ言葉は、ひどく懐かしい響きを持って侯爵の鼓膜を震わせた。

 かすかに息を飲み、動揺を押し殺そうとする。それでも、震える声を完全には隠すことはできなかった。


「……そうか。あの子が、言ったのか。――錆びついた記憶を随分と刺激する言葉じゃな」


 かつて己が繰り返し伝えた言葉が、こうして巡り巡って返ってくるとは思わなかった。ウィルフレッドへ渡してきたことがきちんと彼のもとで受け止められていたことに今ようやく気付いた。目頭が熱くなるのを感じ、随分と年を取ったなと自嘲する。

 様子の変わったバランティーニ侯爵に気付き、女性が案じるように話しかける。


「あの……?」

「――お嬢さん。ひとつ、この老いぼれの謀略に付き合ってもらえないかね?」

「謀略、でしょうか?」

「見つけた宝物は大事に閉じ込めておけば良い、と勘違いしている若造に、一泡吹かせたくなったんじゃよ」


 侯爵の言葉に瞳を大きく丸くさせた彼女へウィンクをひとつ送ったところで、馬車は正面玄関に到着し止まった。エスコートの手を差し出し、心底楽しくて仕方がないといったように笑みを浮かべる。


「さあ、アシュリー・スタンレー嬢。作戦会議の会場へ共に向かおうかね」


いつも読んでいただきありがとうございます。

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