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13 襲撃

ぬるいですけど流血表現あります。ご注意ください。


 その気配に気付くと同時に、ウィルフレッドは自分の命が狙われていることにも否応なく気付かされた。

 命を狙われることには慣れている。物心ついた時から、常に首にナイフを突きつけられている感覚を肌で感じ続けてきたのだ。この世の中には、自分の存在を許せない人間がいるのだという事実を、もう何年も突きつけられているのだから。

 

 ただ、そういった人間の悪意や殺意に、隣を歩く彼女をも巻き込んでしまうことはどうしても嫌だった。

 自分の魔術に目を輝かせて笑っていた彼女に、「恐ろしくなんてない」と答えてくれた彼女に、ウィルフレッドの手から生み出される魔術が、人の命を奪う場面を見せてしまうことも。



 

「――約束ですよ」


 アンは、ウィルフレッドの隠し事に明らかに勘付いていた。

 その場を離れようとする彼に必ずここに戻るよう言い募った彼女は、瞳いっぱいに心配の色を乗せ、何度も振り返りながら商店の中に入っていった。その後ろ姿を見送り、ふっと息を吐く。


 今日、一日過ごして分かった。

 アンは、周囲からの好意にはあまりにも鈍感だが、人が隠そうとする真意にはひどく敏感に反応する。

 おそらく、自分自身が隠し事をしているから敏感なのだろう。その隠し事が何か、ウィルフレッドは既におおむね理解していた。ただ、その隠し事を暴いて彼女をこの穏やかな田舎町から王都に引っ張っていくことには、どうしても乗り気になれなかった。


 自分でも理解できない感情を燻らせながら、向けられる明確な殺意を引き連れ、路地裏に入る。

 大通りでは相手も下手に手出しはできないのだろう。こちらもアンの買い物が終わるまでに早々に始末しておく必要があるのだ。さっさと片づけてしまいたい。


 

「おーい。ここならいいでしょー」


 入り組んだ路地裏の行き止まりで足を止め、大声で呼びかける。

 

「今夜の予定が入っちゃったんだよー。早いとこ終わらせよー」

 

 呑気な声で呼びかけていると、突然、ちょうど右頬の辺りを鋭利な何かが横切った。

 同時に、両足を狙って同じように飛んでくる。

 

 ようやく来たか、とニヤリと笑みを浮かべると、攻撃を仕掛けてきた相手の姿を物陰に視認し、転移魔法で一気に距離を詰める。

 顔の下半分を黒い布で覆った男だ。突然目の前に現れたウィルフレッドに驚き、目を見開く。瞬時に男の両腕両足を氷漬けにして動きを封じ、その首筋に隠し持っていた短刀を突き付けた。

 

「――ねえ、あと何人いるの?」

 

 ウィルフレッドは囁くように男に尋ねた。

 聞くまでもなく、あと数人の気配が周囲を蠢いているのは気付いていた。

 

 そうとは知らず、目の前の男は次第に感覚を失っていく両腕両足の行方に恐怖し、喉の奥から呻くような声を漏らす。

 周囲の襲撃者達にも聞こえるよう、ウィルフレッドは声を張って呼びかけた。

 

「不要な人殺しはしないよう、キツく言われているんだ。君たちがさっさと降参して雇い主のところに戻ってくれれば、僕も手を汚さなくて済むんだけどなあ」

 

 攻撃されたらヤるしかなくなるでしょ、とウィルフレッドはその端正な顔に怜悧な微笑みを浮かべた。

 真正面からその絶対零度の微笑みを浴びた男は、ひぃっと息を飲み、全身を氷漬けにされる間もなく、指一本動けなくなってしまった。

 

 あっさりと戦意を喪失してしまった一人目の男に半ば呆れ、ウィルフレッドがその拘束を解いた瞬間だった。

 

 後方から人が近づく気配を感じた。

 戦意も殺意もない。

 一般人が紛れ込んだかと舌打ちしながら振り向くと、今、最もこの場に居てほしくない人物が足を震わせながら突っ立っていたのだ。

 

「ウィルさん……」

 

 空のままの買い物籠を両手で握りしめ、 アンがその瞳を大きく見開いていた。その表情は明らかに怯えている。無理もない。目の前で大の男が両腕両足を凍らされて震えているのだ。

 誰の仕業か、などという疑問は、涼しい顔でこの場に立っているウィルフレッドに目線が行くのは当然のことで。

 アンに怯えられている、という事実が心臓を抉られるほどの痛みに繋がることが、ウィルフレッドには理解できずにいた。今まで何度もそんな目線には晒されてきたというのに。何を今更、と。

 

 明らかな油断だった。

 ウィルフレッドの動揺は一瞬だったが、彼ほどの魔術師が一瞬でも見せる隙は致命的なものになる。

 

 潜んでいた襲撃者の一人が放った鋭利な刃がアンに向かっていることに気付いた瞬間、ウィルフレッドの体は勝手に動いていた。アンの心臓を狙ったその刃は、彼女の体をとっさに庇った彼の右肩を貫いた。

 

「ぐあっ……!」

「ウィルさん!」

 

 右肩を灼熱の炎に焼かれているかのようだった。物理的な切り傷に加え、比喩ではなく傷口を焼かれている。恐らく投擲された短刀に火魔法を付与しているのだろう。

 

 大量の出血と痛みで、思わず膝をつきそうになるが、すんでのところで踏みとどまる。

 ここで倒れてしまえば、アンも巻き込まれてしまう。

 

 崩れ落ちそうになる体を叱咤し、霞む視界でアンの表情を捉えた。驚きと恐怖がないまぜになった瞳の中に、痛みで顔を歪める自分自身の姿を見つけた。

 

「……ごめんな」

 

 今から見せたくないものを見せてしまう。その謝罪を口にした瞬間、多方向からウィルフレッドを狙う気配を感じた。手負いの状態で一気に仕留めにかかるのだろう。


 なるべく多くの刺客をひと息で仕留められるよう、ぎりぎりまで引きつける。一人一人と対話して命を粗末にするなと諭す余裕も、攻撃魔術の程度を加減する余裕もなかった。

 ここしかないというタイミングを見極め、ウィルフレッドが振り向きざまに火魔法を繰り出した。それは攻撃を仕掛けてきた刺客全員を灼熱の業火で包み、一瞬のうちに灰になるまで焼き尽くしてしまった。

 

「くっそ……」

 

 予想外の負傷で魔力操作が雑になってしまったことに、ほぞを噛む。証拠保全のためにも生け捕りにするべきだった。

 しかし、アンがなるべくこの惨状を見なくて済むよう、背中の後ろに隠しておいて良かったと安堵する。


 これで、殺気も襲撃者の気配も消えた。

 危険が去ったことで安心したのか、肩の痛みと大量の出血で目眩を起こしたウィルフレッドは、思わず膝をついた。早く「治癒魔法」をかけなければ、意識が飛んでしまう。


「ウィルさん、ごめんなさい……!」

「アン? 何を――」


 体に突き刺さったままの短刀を引き抜こうと伸ばしたウィルフレッドの手に、震える華奢な手が触れた。彼が自分の肩越しに見上げた瞬間、アンがその短刀の柄を握り、勢いよく引き抜いた。

 

 強烈な痛みがウィルフレッドを襲う。

 傷口からは、栓を抜かれて逆さになった酒瓶のように、勢いよく血が溢れ出す。

 だが、それも一瞬だった。傷口に当てられた手の温もりに体全体が包み込まれたかと思うと、悶絶するほどの痛みが霧散していったのだ。


 アンは、その両手をウィルフレッドの傷口に当て、一心不乱にこの国が崇める神と女神に祈りを捧げていた。

 彼女の体全体が金色の光に包まれていく様子に、ウィルフレッドは息を飲んだ。

 なるほど。これは確かに「聖女」だ。


 だが――肩で荒く息をし始めたアンの肩を掴む。


「落ち着け、アン。魔力を流し過ぎだ。今度は君が倒れるじゃないか」

「そん……な、言わ……れても……」

 

 傷口はすでにほとんど塞がっているというのに、アンは魔力の放出を止められないのか、戸惑ったように首を横に振る。

 

「どうしよう……どうしたらいいの、ウィルさ――」

 

 アンは突然意識を手放した。崩れ落ちる彼女の体が、地面に打ちつけられる前に、間一髪で受け止める。

 

「やりすぎだ、ばか」


 ウィルフレッドは、呆れたように呟き、昏倒した彼女を腕に抱えた状態で、困惑していた。


 王都の噂は本当だった。 魔術師団は新たな治癒魔法士を獲得できる。任務は終わった。これで王都に帰れる。

 ウィルフレッドにとって喜ばしい結果だったはずが、どうにも気分が浮かない。未登録の野良猫なら王都に引っ張ってくればいいんだろ、と言った、かつての自分の言葉が頭をよぎる。


 単なる噂であって欲しかったのだ。心の奥底ではそう思っていたことに、気づかざるをえなかった。

 

「――なんで力を使うんだ。隠していたんじゃないのか。こんな傷なんか放っとけよ……」

 

 ウィルフレッドの恨み言など、意識を失った彼女の耳には届かないのは百も承知で、それでも呟かずにはいられなかった。


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