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11 平穏な日々


 ジェイコブにポルカでの滞在を命じられてから数日がたった。

 最初こそ、こんな片田舎に押し込められたことへの不満や、何かを隠されて遠ざけられていることへの反発でやさぐれてはいたものの、任務と言われればこなすしかない。「診療所のあの少女」との仲を深めるために一計を案じた。


 まず、魔獣討伐はすでに完了しているが、魔術師団の一員として出会ってしまったため、この町にまだ滞在する名目が必要だった。エルムに詳しい事情は伝えず、団長からの直々の命令と偽り、魔獣討伐完了の報告を上げるのに待ったをかけた。


 次はきっかけ作りだ。

 あらかた駆逐された魔獣を峠の山道に分け入り探しあて、利き手である右腕にわざと攻撃を受けた。致命傷にはならないよう、だが治療に幾日かかかるような怪我だ。その腕であの診療所を訪ねた。


 診療所を訪れる患者として現れたウィルフレッドの顔を見た彼女は、瞳を大きく見開き動揺を隠せずにいた。ここで妙なことを口にしてしまえば、警戒されてしまう。初対面でのことは何も言わず、素知らぬ顔で診療所に通った。


 最初のきっかけさえ掴めればこちらのものだ。

 「魔獣討伐で大怪我を負った可哀想な魔術師が、偶然受診した診療所で出会った受付の女の子に恋をして、なんとか振り向いてもらおうと頑張っている」という設定で、診療所の常連患者や医師の妻サラにはあからさまに応援をされている。あの医師だけは妙に疑いの目を向けているが。


 滑り出しは上々だった。想定外だったのは、彼女の鈍感さだ。

 猫かぶりの上手なこの男は、賭場や酒場で絡みついてくる女だけではなく、その端正な容姿と甘い声色で、多くの貴族令嬢の心を奪ってきた。そんな彼にとって、口説き文句に疑問符を浮かべた表情で見つめ返される経験は新鮮だった。

 手を変え品を変え、彼女との二人きりの時間を作れるよう、買い出しにまで付き合うようになった。男女の甘い雰囲気とまではいかないが、「不審者」から「常連の患者」程度には格上げされたような気がしている。



 

「随分と手こずっているんだな」

「男女関係を分かっていないお子様を懐柔するのは、困難の極みってやつですよ」


 定期的な報告と称して、ジェイコブと通信機でやり取りを交わしている。

 王都で一体何を企んでいるのか、所々で探りを入れてはみるものの、のらりくらりとかわされ、いつの間にかこちらの現状報告をさせられていた。


「そろそろデートにでも誘ってみたらどうだ?」

「……団長、明らかに楽しんでいますよね」

「お前がいくら頑張っても口説き落とせない女がいるってだけで、楽しい酒の肴になるやつは、こっちにごまんといるぞ」

「やれやれ、底意地の悪い奴らばっかりですね」

「お前にだけは言われたくないな」


 やはりからかう色が消えないジェイコブに早々と別れのご挨拶をすると、一思いに通信を切ってやる。

 そろそろ彼女が買い出しに向かう時間だった。すでに傷は癒え、診療所に行く必要はないのだが、彼女の外出のタイミングに合わせて顔を出し、その流れで二人になる時間をなんとか作っているのだ。


 徐々に距離を詰めようと画策しているウィルフレッドに対して、彼女は彼に媚びるでもなく、診療所のスタッフと患者という一定の距離感を保っている。

 完璧すぎる容姿や肩書きに擦りよられ、媚びられることが常だったウィルフレッドにとって、一介の魔術師団員として接してくれるポルカの住民も、彼からの積極的なアプローチになびく様子のない彼女も、この数日は全てが新鮮で、王都では得られない平穏な日々が続いていた。


 


「――楽しそうにお話されるなと思って。そんなに楽しい職場なんですか?」


 平穏がウィルフレッドの警戒を緩めていたのかもしれない。思いがけずアンとの会話の中で魔術師団の話題が出て、思わず日頃の鬱屈をつらつらと語ってしまっていた。


「でも俺にとっては――」


 ――『唯一の居場所だから』


 余計なことを口走ってしまいそうになっていた自分自身に気付き、ウィルフレッドは驚愕のあまり、はたと口をつぐみ、彼女に目をやった。

 突然黙りこくってしまった彼に対して、追求するでも興味を示すでもなく、ただ疑問を乗せた瞳で見つめ返される。その瞳に映る自分は、驚くほど呆けていた。この町で過ごした数日で、随分と腑抜けてしまったようだ。


 話題を逸らすように、ジェイコブの言葉を思い出し、デートに誘ってみる。案の定、簡単には誘いに乗ってくれない彼女のために、魔術を披露することまで約束させられた。デートの約束をするだけで大変な思いをしたのは初めてだ、とがっくりと脱力してしまう。

 楽しみだと無邪気に笑顔をこぼす彼女の煌めく瞳に思わず惹きつけられてしまったことには、都合良く気付かないふりをした。



 

 アンの住まいでもある診療所は、ポルカの町の中心部にほど近い立地だ。

 そこから数刻ほど外れに向かって街道沿いに歩いて行くと、次第に人家がまばらになり、麦畑とまだ手付かずのままの草原がまばらに点在し始め、隣国との境である峠道の入り口につながっていく。

 火魔法の火炎で麦畑を燃やすわけにはいかないため、ポルカの町とは目と鼻の先にある、広々とした草原をデートの場所に選んだ。


 その日の昼前、休診の診療所までアンを迎えに行ってみれば、満面の笑みのサラと仏頂面のジムが現れ、その後ろから遠慮がちにアンが顔を覗かせた。

 保護者二人から、言外に、しっかりやれよという激励と、手を出したらタダじゃおかないという脅迫の両方を受け取る。内心で苦笑いを浮かべつつ、彼女と共に診療所を出た。


 アンと初めて会った日は、夏の残滓を色濃く残す気候だった。すでに秋は深まり、涼しい風と秋晴れの高い空が季節の移り変わりを知らせている。


 アンは、診療所で会う時はあまり見ない、えんじ色の秋らしいワンピースを纏っていた。

 ウィルフレッドと出かけることを知ったサラに連れられ、訳も分からずこの服を買ったそうだ。想像に難くない。相変わらず、若い男女が連れ立って出かけることの意味にピンときていない彼女に半ば呆れつつ、その手に持っていたバスケットを代わりに持ってやる。聞けば、今日の昼食用に軽食を用意したらしい。


 事前に集めていた情報でも、アンがバートン家の家事一切を担っていると聞いている。料理までできるということは、貴族令嬢ではないということか――と考察しつつ、背後から肩を抱くようにして、彼女の手を握り込んだ。


「早速だけど、今から転移魔法を使うね」

 

 アンが疑問の声を上げる前に、口を塞いでないと舌を噛むよとうそぶきながら、魔術を起動させる。

 瞬き1つのうちに、目的地の草原が目の前に広がっていた。


「目的地まで到着することを考えれば、この転移魔法が最適なんだよね。空を飛ぶっていうのは、移動のためというより、移動そのものを楽しむって感じなのかな。なかなか実用化されないはずだな」


 到着して早々、ウィルフレッドは呑気に自分の考察を呟いてから、その腕の中に抱え込んでいたアンに目を向ける。

 彼女はというと、初めて経験することに頭の処理が追いつけていないのか、目をまんまるくさせながら言葉も出ず、いつの間にか変わっていた周囲の景色をキョロキョロと見渡していた。

 

「すごい……」

 魔術って、すごい……そればかり壊れた通信機のように繰り返すアンに、くすりと笑みが漏れる。

 彼女の様子に新鮮な思いを抱くとともに、さっさと次の行動を始めた。


「さっきの転移魔法は魔力も食うし、移動できる範囲も限られているから、普段はそんなに使わないんだ。普通は他の人間を抱えて移動することもしないし。さっきみたいにね。自分の体以外の異なる物質、しかも生身の人間を運ぶのはとても繊細な魔力操作がいるんだよ」


 黙々と作業をしながらざざっと先ほどの魔術の説明をする。後ろからアンがほお……と感心したかのようなため息をこぼす気配を感じる。それと同時に、ウィルフレッドがしている作業に視線を感じる。


「今度は、土魔法」


 手のひらを地面に当て、ジワジワと魔力を付与していく。成形後の完成図を脳内で描く。カチリと欠けたパズルのピースがはまった時のように、手の感覚を通じて魔力の付与量を変えるタイミングが伝わり、一気に手のひらを握り込む。すると、何もない草原に2人ほど腰を掛けられるほどのベンチが出現した。ただの土のかたまりではつまらないと言いたげに紋様まで生成されている。


「すごい! すごいですね、ウィルさん!」

「これはかなり初歩中の初歩だよ。魔術学院の卒業試験ではこれに命を吹き込まないといけない……こんなふうに」


 もう一度、ウィルフレッドは地面に手を当て、一気に魔力を流す。一瞬のうちにその手には繊細な模様の入った蝶が現れ、彼がふっと息を吹きかけると空に羽ばたいていった。

 もはや声も出せずに驚きの目でその蝶の行き先を目で追っていたアンに声をかける。


「アン、どうぞ座って」

「もう、もう何だか色々なことが起こりすぎて……びっくりです」


 ポケットチーフを広げて敷いたベンチに彼女が座るのに手を貸し、その素直な驚きの言葉に、また口角を上げてしまう。彼女があの診療所の医師夫妻や常連の老婦人たちに好かれる所以は、この素直さなのだろうと。

 

 打算のない称賛がこんなにも直接的に胸に響くものだとは知らなかった。

 彼女は目の前にいる魔術師が、王都では稀代の大魔術師だと誉めそやされていることなんて知らない。ただこの手から生み出す魔術に感動してくれているのだ。

 彼女と接していると、武器であり鎧でもあった容姿も肩書も意味のないものになってしまう。全てが取り払われ、ありのままの自分で彼女の前に立たされてしまう。まるで、ただの一人の男になったかのような心地だ。とはいえ存外恐ろしいものでもなく、むしろ息がしやすい。

 

 ウィルフレッドの胸中に小さな明りが灯ったような気がした。

 それと同時に、その明りを吹き消すような風が吹いてくる。「お前はなんのためにここにいる?」と。


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