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甘き死よ、来たれ  作者: まど
【一章】投げ出されたもの、得られるもの
9/27

08

―――トントントンーーー


子気味良く包丁がまな板を叩く音が響き、等間隔で輪切りにされていく人参が、包丁が通った方からパタパタとドミノの様に倒れこんでいく。


12月24日、世間はゆかりの無い異教徒達の祭典に大きく浮かれ、街が赤と緑に染め上げられていたこの日、小津まりえはいつもより豪勢な夕食の用意に追われていた。


夕方のニュース番組では、大都会ではしゃぐ人々の姿がライブ映像で映し出されていて、寒さのせいか誰も彼も頬を赤く染めながら笑顔で道を歩いている。

幸せそうに見えるこの人々は家族や友人、大切な人達と大切な時間をすごすのだろうか…【なんか素敵だな】例にもれず、大切な家族を待つまりえは、優しい時間と気持ちに満たされていた。


ジャガイモやニンジンがほんのり色を変え、竹串が通る程度に茹で上がったのを確認し、牛乳をゆっくりと丸く円を描く様に入れていく。

ブイヨンと胡椒で味に輪郭をつけ、真っ白なルーを入れると、あたりになんとも落ち着く匂いが立ち込めた。


副菜としてゆで上げた卵の殻をむいた物を荒く乱切りにし、マヨネーズとみじん切りにした玉ねぎと共にあえようとボールに居れた時、携帯電話が着信を告げた。


「あー、はいはーい」


まりえは携帯電話を左耳と肩で器用に挟み、左手でボウルを抑えながら右手で木べらを回転させつつ電話を受ける。


「もしもし?どなたですか?」


二分か、三分程度だろうか?その間まりえは一言も口を開けず電話のスピーカーから発せられる声に耳を傾けていた。


唐突に【ガシャンッ】と大きな音を立てて床にボールが転がり、辺りにはオニオンエッグサラダが所狭しと飛び散った。

床にだらしなく広がったそれは、彼女の愛する夫が一番好きなサラダだった。




―――――――――――――――――――――――――――――




「本当にクソみてぇな仕事だな」


デスクから身をのけぞらせると田口裕也は辟易として毒づいた。

簡単だ、辟易するに足る仕事が回ってきたのだ。


12月24日、この日、田口は警視庁の交通捜査課で勤務に当たっていた。

事故の見分から帰ってきた諸先輩方の顔は渋く、ソコソコ凄惨な現場だったのだろうか、と考えていた所、上司から事故死した被疑者の遺族へ連絡を入れる様に指示を受けたのだ。


死亡したのは【小津孝弘】と【小津しずな】の親子二名。

小津孝弘が両親宅から帰宅途中に世田谷通りにてカーブを曲がり切れずに歩道に乗り上げ、路面店に突っ込む形で横転の後炎上。

その際、通行人二名を跳ね、両名とも現場で死亡を確認…


「勘弁してくれよ…聖夜だぞ…」


調書に目を通した田口はボリボリと頭を掻きむしると、腹を括った様子で受話器をとりあげる。


しばらく無機質な呼び出し音が続いた後、通話先と電話がつながった。


「もしもし?どちら様ですか?」


電話口からは、テレビかラジオからだろうか?いかにも聖夜然とした音楽をBGMにして若い女性が要件を訪ねる声がした。


「突然のお電話、申し訳ありません…小津まりえさんの番号で宜しいでしょうか?私は警視庁、交通捜査課の田口と申します。」


「落ち着いて聞いて下さい、本日、ご主人とお子さんが事故に合われました。救急搬送された先の病院ですでに死亡が確認されています。つきましては搬送先の病院にて本人確認等の手続をして頂きたくーーー」


【ガシャンッ】


田口が喋りきるのを待たず、受話器の向こうで大きな音がした。


「もしもし?大丈夫ですか?小津さん?もしもし?もしもし?」


一向に返事をしない電話口の相手を思うと、田口は心底いたたまれなくなった。


本当にクソみてぇな仕事だよ…本当に…田口は心の中でそう呟くとぎゅっと目を瞑った。


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