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甘き死よ、来たれ  作者: まど
【一章】投げ出されたもの、得られるもの
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凛との面会を終え、自身のデスクに戻った雪乃は、結城ちとせの資料をまとめなおす事にした。




雪乃は具体的な彼女の死のいきさつではなく、もっと深く彼女に死を意識させた理由を探していた。課長の田口には【確信】と息巻いたが、結城ちとせの死に関わったであろう【何か】にはすでに思い当たる所があったからだ。




後はもっと根底にある原因だ、酸素と燃料がない所で火は起こせない。物事には必ず結果に繋がる原因が有る。逆に、原因を定義できない結果は考える事そのものが時間の無駄だと雪乃は考えていた。




「幼少期に交通事故で両親が他界か…」




結城ちとせの経歴を洗い直しながら、雪乃は【よく有る話だな】とそう思った。人々が思う以上に世の中にはありきたりな悲劇が溢れていて、人はそれぞれ業や悲しみを背負ってそれでも生きている。両親を過去に失った事が直接的に結城ちとせの死の原因となりえたかは分からない、ただ、雪乃にとってこれは人が乗り越えられない種類の痛みだとは思えなかった、正確には乗り越えて欲しい痛みだと、心からそう思った。




「大切な人を失った辛さは、自分が生きていく意味を見失う程の事なのかしら…」




【私はきっと、冷たい人間なんだろうな】そんな考えがふと雪乃の頭を横切る。答えを出すのはとても難しい事の様に思えた。




「後に父方の祖父母に引き取られ生活、都内の私立女子中学に進学し、大学は外部受験をして法学部へ現役合格、現役で受けた司法試験に失敗して司法浪人中…」




「典型的なエリートコースじゃない…試験に失敗して挫折を感じてしまった…とか…?」




雪乃は、結城ちとせと言う人間がますます分からなくなった、先ほど面会に来た橘凛の言う通り、彼女が自分の人生に絶望しなければならない様な事は何一つ無いように思える。




しいて死因になりそうな出来事を上げるとすれば、両親を失った部分だが、その後の人生は順風満帆そのものだ、むしろ大多数の赤の他人にとって彼女の人生は悲観どころか羨望を集める物だったろう。




「なら経歴として残らない部分?人間関係や恋愛絡み?」




そうなると難しいなと雪乃は思った、彼女は大学を卒業して半年たっているし、現在の生活基盤であろうバイト先でその手の話を一切耳にしなかったからだ。




「貴方は何に打ちのめされたの?何から逃げ出したかったの?何に耐えられなかったの?」




消して本人に届く事は無い問いかけは雪乃の神経をすり減らした。




追って結城ちとせの両親の事故の調書に目を通し始めた雪乃は一つの項目に目を奪われた。




====2010年10月9日====




雪乃にとってこの日は特別な日付だった。視線を落とすと【世田谷】【歩行者】【ガードレール】【横転炎上】など、目を覆いたくなる様な単語が続いていた。




「嘘、そんな…」




刑事になって5年、様々な事件を幾度となく捜査してきたが、雪乃はここまで捜査中に心拍数が上がった経験は無かった。冷たい汗が額に浮いてくる感覚が手に取る様にわかる。




自身の感覚が鋭敏になりすぎて、自分以外の世界がスローになったような錯覚すら覚えた。




速くなる呼吸に眉をひそめながら、雪乃は自分自身に何度も【落ち着け!落ち着け!落ち着け!】と呼びかける。




手を震わせながらデスクトップに別のウインドウを開き、【2010・10・9・世田谷・自動車事故】と打ち込んで検索をかけると、そこには雪乃にとって信じられない、信じたくない現実が、検索結果と言う形でありありと羅列されていた。




「いつから始まっていたの…、運命…?こんな事…」




【あら、ロマンチストなのね、そんなモノ有るわけないじゃない】頭の中で誰かにそう言い捨てられた気がして、雪乃は自分の意識がだんだん遠のいていくのを自覚した。

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