03
この日、警視庁刑事課に所属する成宮雪乃は数日前から都内で散見される自殺者の関連性の調査に追われていた。
本来、本庁の刑事課の刑事が自殺者の背景を洗う事などあり得ない、社会的にとても重要かつ著名な人物や、他の大きな事件との関連性が疑われればその限りではないが、今、雪乃が洗っている人間たちは、そのどちらにも当てはまらない。
キーボードから手を放し、コーヒーに口を付けようと手を伸ばすと、電話が鳴った
「はい、成宮」
「おお、わりいな俺だ」
「田口さん」
電話は刑事課上司の田口からの物だった。
「何かありましたか?」
「あぁ、あんまよくねえ話だ、お前にとっては…」
「良くない話ですか…」
「あぁ、一連の散発自殺の件な、事件性無しって話で片付いた」
「…まぁそうなるとは思っていましたけど…」
雪乃は左手を額にそえてゆっくり頭を左右に振りながら田口の言葉を肯定した。
「判断はおおむね納得できます。私自身そうなるとは思っていましたし、というか、事実これは【司法に照らし合わされるべき事件性】は孕んでいないでしょう…でも、なんと言うか、早すぎませんか?いくらなんでも」
「あぁ俺もそう思う、関連が疑われるガイシャが直近で出たばかりだしな、まぁつまり自殺する人間が出る旅に【一連の事件】としてくくっちまうと、それこそキリがねぇって事なんだろうな、勝手に死んでく人間にフォーカス出来るほど、警察っつう公僕は暇をゆるされてねぇって事だろ」
「いつから警察組織はそんなに納税者に寄り添う殊勝な方針にくら替えしたんですかねぇ」
「まぁ文句の一つも言いたくなるのはわかるけどよ、俺たち警察はどこまでいっても集団組織だ、公務員ではあれど、結局その体系は民間企業となんらかわらねぇ、上が【カラスは白い】と言えば俺らは白いカラスを追わなきゃならん。」
「その話ぜったい外でしないでくださいよ…」
「あぁ?」
「【警察】って組織の腐敗と堕落をそんなに簡素かつ的確に表す表現を、広く一般に知らしめて欲しく在りません…」
「おまえなぁ…」
田口は少し大げさにため息をつくと話を続けた。
「まとめると、組織としてのこの件への介入はここまでだって話だ」
「捜査を継続するな、と言う事ですね?」
「まぁまてよ、話は最後まで聞け、とりあえず表向きと言うか公的と言うか、表面上はそうだ、ただな、この件、捜査そのものにそこまで危険性が有るとは思えないんだよな、俺は」
「…」
「だからまぁなんだ、お前が一人で勝手にやるぶんには、俺は気づかないふりをしておいてやるよ」
「田口さん…」
「ねぇちゃんの件、なんか噛んでる…そう睨んでるんだろ?」
「ええ、絶対に無関係では在りません」
「感か?」
「いえ、確信です」
「はは、確信と来たか、どうすんだよ、関係なかったら」
「別にどうにも…、この国に求職者が一人増える事になるだけです」
「大した女だよ、お前は…」
そう言うと田口は「俺も忙しい、勤勉で模範的な公僕なんでな」と言い残して電話を切った。
「成宮さぁん、お客さんです!」
電話が切れるのと同時にデスクの向こうで名前を呼ばれる。雪乃は受話器を置いて、矢次早だなと愚痴とため息をこぼしながら、田口とのやりとりであきれ切った顔を隠す事なく、声のもとへ向かった。
「ほら、こないだの、雪乃さんが事情聴取した。」
「あぁ、ガイシャと同じ勤務先だった…」
「名指しでしたけど、何かあったんですかね?」
「どうかな…聞いてみるよ。」
そういって部屋を出ていく雪乃の顔は刑事のそれに戻っていた。