表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘き死よ、来たれ  作者: まど
【一章】投げ出されたもの、得られるもの
3/27

02

「凛くん…」


バイト先に付くとカウンターに背の高い細身の男が立っていた。


男はイタリアンバル【トライアングル】のオーナーシェフをしている戸田 純也といい、凛の雇い主にあたる人物だ。


「オーナー、おはようございます」


「あぁおはよう、昨日から大変だったね、今日ぐらい休んでもよかったんだよ…」


「俺は全然、俺に何かあった訳じゃありませんし…」


「それでもなぁ、仲良かったじゃないか、結城ちゃんと」


「そうですね、ほんと良くしてもらいました、仕事は殆ど結城さんから教わりましたし…」


着ていたジャケットを脱ぎながら、『着替えてきます』と軽く会釈をすると凛は一時会話を打ち切った。

このまま会話を続けていたら、人前で泣いてしまいそうだったのだ。

凛はオーナーから結城ちとせの名前を聞いて、その名を口にする時の苦く重苦しい表情を見て、初めて凛は彼女の死を実感した。


「凛くん、結城ちゃん、どうして死んじやったんだろうね…」


スタッフルームから戻った凜に戸田が問いかける。


「わかりません、でも自分も結城先輩がそんな事をする様な人には思えないんです、あんなに明るくて優しい人なのに…」


「今回の事で心底思ったよ、他人の事なんて、本当にわからないもんなんだってね…うちで働いてくれている子たちとも仕事しながら笑ったり怒ったり、結構意義の有る時間を共有していたって思っていたんだけどなぁ、オーナーなんて管理職の看板背負っても、存外、人の胸の内は理解してあげられないものなんだね…」


「胸のうちですか…」


「僕はさ、自殺と言うものは、どこか弱い人間がするもんだと思ってたんだよ、こんな事言うと角も立ちそうだけれど、だってそうだろう?何かから逃げ出すためにって言うのかな?上手く言えないけれど…辛いこと、苦しい事、悲しい事と向き合えなくなった人がする最後の選択肢って言うかさ…でも結城ちゃんはそんな気配一切なかったじやない?大して面白くない事でケラケラ笑って、誰かが誰かを悪く言うと本気で怒って、店の前の道路で猫が死んでた時なんか声を出して泣いて…」


オーナーは時々言葉に詰まりながら、時折遠くを見つめ、愚痴をこぼす子供の様に話続けた。

「そんな子が何の前触れもなく突然…前触れもなくあんななことに…」


「…」


「もし、もしも仮に結城ちゃんが実はとんでもなく大きな悩みを抱えていて、それでも【僕たちが知っている結城ちとせ】を演じていたんだとしたら…、そう考えたら僕は、もうやるせなくて、悔しくて…」


「オーナー…」


「悪いねぇ凛くん、本当は君が出勤してきたら慰めてやろうって思っていたんだけどね…歳なんてとるもんじゃないね、涙腺が緩でしまう…」


凛から見た戸田の結城ちとせへの評価は正しい、凜も彼と同じように彼女の事を捉えていたし、トライアングルで働く多くの人間もまた、同じ事を言うと思う。


「オーナー、不謹慎な質問かもしれませんけど、結城さんって、生前なにかに苦しんだり、悲しんだりって素振りなかったんですか?」


「いやぁどうだろうなぁ、本当に明るい子って印象だったから…君だってそうだろう?」


「ええ、そうです、そうなんですけど…」


「そういえば、結城ちゃんがうちに入って少しした頃、あんまりにも元気に仕事を頑張ってくれるから『明るくていい子が入ってくれて助かる』みたいな話したことがあったんだよ、そうしたら突然、母親が生まれたばかりの子供見るみたいな優しい顔して、『先生のおかげかな』ってぼそっとこぼしたんだよ、その時はまぁ別に特段気にもかけていなかったし、結城ちゃんもすぐ次のオーダー取りに行ってしまったから、詳しくは分からないけど、今思えばあれはなんだったんだろう、少し彼女らしくなかった気もする…」


「先生…ですか…」


「まぁ彼女、司法浪人生だったろう?ロースクールとか、大学の時のゼミの教授だとか、影響を受けた人が居たのかもな…」


「なるほど…」


凛は少し考えて、今考えても答えは出ないだろうなと結論づけ、じきに開店を迎えるトライアングルの準備を急ぐ事にした。


たとえ店にとってどんな一日であっても、開店すれば客は来るし、昨日までと同じ仕事をこなさなければならない、そんな当たり前の事がこの日トライアングルで働く従業員達にとっては有難かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ