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―――九月二十日―――
世間が肌寒い夜風を受けて、夏の終わりを感じ始めたこの日、新宿のとある雑居ビルの屋上から一人の少女が飛び降りた。
少女の名前は【結城ちとせ】私大法学部を卒業ののち、司法浪人中のフリーター。
彼女が飛び下りたビルの現場には特に争った形跡がなく、私生活においても他者とのトラブルなどの話は一つとして浮かばなかった為、警察はこれを自殺と断定、二社の報道機関が夕方のニュースで淡々と報じた程度で、これといって世間の注目を集める事無く、極めて事務的に処理された。
ただ一人、結城ちとせと親交があった橘 凛だけが、彼女の死の原因を探していた。
凛にとって、結城ちとせは特別な間柄にある人物ではなかった、凛は彼女に異性としての憧れを抱いてはいたが、特段交際関係にあったわけでもなく、彼女が凛の好意に気が付いていたのかも分からない。
少なくとも凛が直接彼女に気持ちを伝えた事はなく、彼女から見た凛はせいぜいバイト先の仲の良い後輩で、その評価は【不器用な可愛い子】程度の物だったと思う。
彼女が自殺したという話を聞いた時、凛の頭に浮かんだのは
『信じられない』
と言う感情だった。
凛にとって、望まざるもバイト先のバルにおける同僚でしかなかった彼女のプライベートは深く知る由も無いが、それでも週に三日・四日は顔を突き合わせる間柄だったのだ、知らない仲ではないし、凛の知る限り結城ちとせは決して自死を選ぶ様な人間に思えなかったし、そんなイメージのせいだろうか、どうしても彼女の死を現実として受け入れられなかった、受け入れられないと言うより現実感が無かった。
とはいえ、警察が自殺と断定している以上、自殺だった事は事実なのだろう、いや、たとえ違ったとしても、自分にはそれを調べる力も権利もない、頭では理解しながら、やりきれない頭の靄を払えない凛は、【彼女がなぜ自殺したのか】を可能な範囲で調べてみる事にした。
凛の決断には大きく二つ、理由があった、まず一つ目は先述のとおり、どうにも【結城ちとせ】の【自殺】に納得出来なかった事。二つ目は9月20日に彼女とバイト先のバルの締め作業を終えた直後に、彼女が命を絶っていた事。
二つ目の理由において、凛は生前最後に接触した人間として、自殺当日に結城ちとせに変わった所が無かったかと、警察から事情聴取を受けていた。
今になって思い返してみれば、彼女の一挙手一投足に自殺への含みが有る様にも感じるが、凛はそれが結果をふまえて感じている違和感なのか、受け入れがたい現実に理由を付けたい気持ちから来る物なのかに自信が持てず、警察には何も話さなかった。
結城ちとせの死の真相を追うにおいて、まずは何から始めるべきか…
そんな事を考えながら凛はバイト先へ原付を走らせていた。
「さむくなったな…」
頬を掠める様に流れる風が結城ちとせの死を現実だと伝えている気がした。