異変の少女 霊奈
暗く厚い雲で覆われた空。強い夕陽が差し込むはずの空は既に夜のように暗い闇のようだった。
……待って!待ってぇ!
赤い色が基調の和服っぽいのを着た女の子が暗く道など無い森を走り、誰かを追いかける。
女の子は泣きながら走る。
走っている最中に森にゴロゴロと転がる倒木に足を引っかけて大きく顔から転ぶ。
身体に泥がついても、鼻から血を流しても、服が一部破れても、あの方から貰ったリボンが汚れても、目から落ちる雫の量が増えても、
彼女は
巫女様ァァァ!お願い!待ってよォォォ!
そう叫びながら、より漆黒に染まる闇の森を走り続けるのだった。
「……へっぷし!……ズビッ……もう朝?」
最近、このような自分のくしゃみによって至福の夢から醒まされる事が増えて悩んでいる。この悩みは毎年の秋から冬にかけての長い悩みとなる。大体起きる時はいつも日の出ぐらいになるので時間自体は特に問題はないが、自然に起きるのと、要因があって起こされるのでは、その日の始まりの気分は雲泥の差があるものだ。
「……もう一眠りしたいけど、寝てたらうるさく文句を言われるのよね……。あぁヤダヤダ。誰か代わりに巫女やってみろってんだ。」
欠伸をし、まだぼやけている目を擦りながら自分が寝ていた布団を片す。
文句を言ってくるのは色々居るが、この神社の敷地内で既に動いている奴が私の至福の時間の最初の妨害者だ。
「巫女様!今日はしっかりと起きておられますか!?」
「起きてるわよ。次代巫女様。」
「候補です!」
「アンタしか次代候補いないんだから確定でしょ。」
「それでも勝手に巫女にしないで下さい。13代という貴女様もいますし、大体私は修行も足りませんし。」
「私、修行なんて面倒よ?やらなくても強いし。」
「……それについては諦めてます。いくら言っても、『面倒、眠い、また今度』しか言わないのに強いとか意味が分かりません。……ほら、ここで言い合いするんじゃなくて朝餉が出来ていますから、早く着替えてください。」
「分かったわよ。」
今すぐにでも片した布団を敷き直して眠りに付きたいが、それをやると目の前のバカ真面目が怒って結界術とか容易く飛ばしてくるので諦めて着替えることにし、箪笥から私の赤い巫女服とリボンを取り出して身に付け、半纏をあおり、既に朝飯が用意されている座敷へと向かった。
座敷といっても、この神社に訪れる平凡な人間なんていないので座敷が普段私達(特に私)が過ごす場所になっており、今では電気こたつを設置してぬくぬくと暖まりながら寝る場所と化している。
「あぁ、さぶさぶ。……ほぁ。こたつはサイコー。」
「朝餉はこたつに置いてませんよ。早く食卓に来て下さい。」
「嫌よ。朝はこたつに入りながらとらないと寒すぎて凍えてしまうわ。」
「巫女様?ご飯が冷めるので、私は先に失礼しますよ。」
そう言いながら合掌し、次代巫女候補様……博麗霊奈は味噌汁を飲み始める。
そんな様子を見て、いつも暖かく私を優しく誘ってくれるこたつに暫しの別れを告げ、寒い食卓に渋々向かい、合掌するのだった。
食事を終え、霊奈が食器類の片付けを行っている中、私はこたつで横になっていると、この神社にくる客では非常に珍しい人間という種族が訪れた。
そいつは箒に乗って毎回やってくる。凄い勢いで神社の境内に空から降り立ち、不躾に縁側から入り込み、私がいつもいる座敷の襖を開けて、
「邪魔するぜ!」と、言って私に話しかけてくるのだ。
「邪魔するなら帰って頂戴。」
「レイナァ!遊びに来たぜ!」
「魔理沙さん、おはようございます。」
「ちょっと、無視するのはどうなのよ?」
「私がここに来ることはお前も分かっていただろ?」
そう言いながらやってきた魔法使い、霧雨魔理沙は私が一人独占していたこたつに侵入してきた。
「外は段々と寒くなってるからな、こういうこたつがさっさと出ている博麗神社様々だぜ。」
「アンタも河童かどこかに頼んで作るか買えば良いじゃない。」
「魔法使いの家にこたつか?似合わなさすぎだろ。」
「アンタには暖炉がお似合いね。埃っぽいし。」
「そうだよな……暖炉が似合う家だからなぁ。って、最後のはなんだ?」
そのような会話が魔理沙が来るとほぼ必ず言って良い程に行われる。毎度面倒だとは思ってる半面このような会話を続けられる毎日があるということを私は嬉しく思っている。
家事が終わったのか、霊奈が座敷へとやってきてこたつに身体を埋める。私と魔理沙が二人でワイワイと話している間、静かにお茶を飲んでいたり、蜜柑を剥いている所を見るととても普通の12歳らへんの少女(東風谷早苗曰く)とは思えないと私はつくづく感じている。そう感じているのは横の魔法使いもそうだった。
「しっかし、霊奈はお前と見た目は似ているのにまるで作法や性格は違うよな。」
「なにそれ。私がずぼらだって言いたいの?」
「まだ何も言ってないじゃないか。見た目で見たら小学校高学年と高校生(東風谷早苗曰く)。一昨年私の家の前で倒れていた霊奈からは既に霊夢と同じ雰囲気を感じていたが……」
「14代博麗の巫女候補とは思ってもいなかったということでしょ?」
「それもだが、こうして並んでみると霊奈はしっかり者の妹みたいで可愛いって毎回会うたびに思うんだよ。」
「……で、私は?」
「ずぼらな姉。」
「やっぱり思ってるじゃない!」
私は数年前から巫女……博麗の巫女として幻想郷と呼ばれるこの狭いようで広いという世界の中で暴れまわるバカどもを懲らしめたり、異変を無償で解決したりする非常に嫌な任を請け負わされている。私は生まれの親という存在を知らず、気づいた時には先代に育てられていた。幼少期から13代博麗の巫女候補として育てられ、博麗霊夢と呼ばれた私には博麗の巫女以外になるべく将来などなく、数年前に先代が音沙汰も無しに居なくなっては、なるように私が13代博麗の巫女として幻想郷の守護者となった。
そして、吸血鬼異変、紅霧異変、春雪異変、永夜異変などの挙げれば数えきれない程の異変を力ずくで止めるようになり、異変があっては解決し、暫く経つとまた異変が起きるというサイクルの中で新しく発生した異変が彼女、博麗霊奈だった。彼女は2年前に突如として魔理沙の家の前に気絶する形で倒れており、それを見かねた魔理沙が保護し、看病していた。そして、霊奈が数日後に目を覚ました後に魔理沙が名前や親、家の場所などを問いただすと答えたのは、
『私は、博麗霊奈。第14代博麗の巫女です。』
この言葉だけが霊奈の返答だった。
他の質問には全く答えられず、なぜあの場所にいて倒れていたのか、13代である私がいるのに14代と名乗れるのは何故か、などは分からなかった。
しかし着衣している服などは私のとは少し違えども私の着ているような巫女服らしいものであり、博麗の巫女達などがよく用いる結界術や博麗の妙技を扱える事、どこぞの隙間妖怪が確かめても博麗の巫女又はその候補ではないということを否定出来ないと発言したことから14代巫女候補として私の下働きをさせることになったのだ。
魔理沙や他の連中から見ると、口を揃えて
『霊夢より巫女らしい』
と言われるのが毎回癪に障るが、次代巫女となる少女が立派なのを見ると微笑ましくも思うのだ。
「先代もこう思ってくれたのかなぁ。」
「ん?どした?」
「……あぁ、アンタやどこかのメイド長とかが霊奈の事を誉めるのを見て妬ましいというより微笑ましいとか思うからね、先代が急にいなくなる前とかは私の様子を見て今の私と同じ気持ちだったんかなって。」
「ふぅん。気持ちとかは知らないが、少なくとも文句ばかりで修行しない巫女よりかはこっちの巫女の方が好感は持てるな。」
「……あら?ちょっと寒くなってきたわね?魔理沙、表に出て身体でも暖めましょうか?」
「……おいおい。日が昇って幾らか暖かくなったってのにまだ寒すぎて凍えているのか?霊奈、どう思う?」
「巫女様は巫女様だということかと。……お茶を温め直そっと……よいしょっ。」
「だよな。霊夢は霊夢ってことか。仕方がない、霊奈の特訓を兼ねて三つ巴戦でもやろうじゃないか。」
「え。」
「面白そうね。」
「え。……あ。」
あからさまに売られた喧嘩は買う。なめられて黙っている私ではない。歴代の巫女の中ではかなりの異端だとは自覚しているが私は私。14代巫女には先代のやり方を見せつけて少しでも教えにして貰えれば。という建前を立ててただの喧嘩をする。
一応の強さは備えている霊奈だが、私と魔理沙が相手と聞いて、ヤカンに入っていた冷めたお茶をうっかり流してしまっていた。それと同時に霊奈の顔が少し青くなっていたが気にしないことにした。
神社の境内の上空にて三角形を作るような形で浮く私達。わざわざ上空でやるのは神社に被害を及ぼしたくないが為の一応の措置だ。霊奈だけは寒いのか青ざめており、目が死んでいた。
「さぁて、少しは私の凍えた身体を温くしてくれるのでしょうね。」
「あぁ、寒がりな巫女には丁度良いものをお見舞いしてやるぜ!『恋心 ダブルスパーク』!」
三つ巴になっているため、普段はマスタースパークを好んで使ってくる魔理沙はダブルスパークを用いて私と霊奈を同時に狙う。
2本の極太レーザーと数多の星形弾幕が襲いかかってくるが二人とも軽々とかわし、札や封魔針を出し合いながら巫女お得意の結界術や札を用いたスペルを用意する。
「最初から飛ばすわね!持久走をやったら最初から飛ばして後に響くタイプかしら?」
「言うじゃないか。そっちこそ本気を出さずにリタイアとかしてくれるなよ?」
「……これこそやりたくないのに……なんで。」
「無駄口叩くんじゃない!ボケッとしてると死ぬわよ!」
「耳まで良いってなんなのよ……。」
「全部聞こえてるわよ!『霊符 夢想封印 散』!」
自分のスペルを発動させ、襲いかかってくる魔理沙のマジックミサイルと霊奈のホーミングアミュレットを相殺させながら弾幕の数を増やして押し倒す。
「物量が多いな。今のところかすってばかりだが油断してると被弾するな。」
「なんで魔理沙さん、巫女様に喧嘩売るんですかぁ……。こうなること分かってましたよね!?」
「最初に遊びに来たって言ったろ?だからこうして遊んでるんだよ。」
「あんなところで伏線張らないで下さい……!『奈符 三重結界』!」
「しっかり私の二重結界よりも強そうな名前のスペカ使ってるんじゃない。『夢符 二重結界』!」
博麗と書かれた札同士がぶつかり合い爆発を引き起こす。私の二重と霊奈の三重とでは互角なようで互いに拮抗していた。
「……このッ天性の巫女めッ……!」
「ん?口が悪いわよ!」
封魔針の数を増幅させ、霊奈に集中させる。二重結界と封魔針の攻撃が集中しているせいか霊奈の三重結界の威力が徐々に弱くなる。
「おいおい、私を忘れてタイマンをやるなよ?『恋符 ノンディレクショナルレーザー』!」
魔理沙の周囲から魔方陣が幾つか生じ、それから数本のレーザーがバラバラに延びて色々な方向へと傾いていく。直接狙ってくるようなものではないが注意しないまま当たったりすると痛いので、霊奈への集中を止め、魔理沙への反撃を再開する。
「アンタもアンタね。師匠が弟子に教えてはいけないの?」
「師匠なら弟子に文句を言ってあげるな。こういう時こそ弟子を守るために私の前に出てみろよ。」
「敵2人に挟まれて針のむしろにはなりたくはないわね。」
「針を使ってるのはお前だろ。そういえば針とニードルって同じじゃないのか?」
「細かい事は気にしないの。封魔針とパスウェイジョンニードルは別物よ。」
「いや、どう違うんだよ。」
「なんでこの2人は会話しながらバチバチの対決ができるわけ……?」
針とお札とミサイルが飛び交い、ぶつかり、砕け散る。たまにボムが使われて神社の上空に花火擬きが上がるのは私の目の前の2人が地面に堕ちるまで続いた。
「長くなりすぎるのもダメね。……『夢想転生』。」
「ちょっ!それを出すの……!」
「眩し!」
2人は私の無意識下で放たれる弾幕に流され、そのまま地面に倒れ伏していた。
あっという間だが、こういうもの。奥の手を出し惜しみすぎるのもダメということ。
そんなことを思いながら倒れて動けなくなっている弟子を暫く見下ろしていた。
「勝負ありね。」
「ぜぇ……はぁ……巫女様、最後のはちょっと……。」
「あぁ……卑怯だよな。夢想天生を出してくるなんてな……。」
「避けきれないのが悪いのよ。」
何やら私が勝ったことに不満を覚えているらしい二人だが、勝負は勝負。ただの弾幕の殴り合いは私の圧勝で閉幕した。
「霊夢さん?お札は爆発で燃えて消えるからまだ良いですけど、針は燃えずに散らばったままですからね?片付けはちゃんとやってくださいよ?……魔理沙さんもですよ?」
喧嘩後、私と魔理沙は境内に散らばった攻撃の残骸を片すようにあうんに怒られてしまった。
4人で使い物にならなくなった攻撃の残骸を片すなか、私はふと先代と一緒に神社の境内を掃除をしていたのを思い出す。
掃除は決して好きではなかったが、先代と一緒に居れる時間はとても楽しく嬉しかったのを覚えている。
……ねぇ、
このような魔理沙やあうん、霊奈やバカ騒ぎしかしない輩が居てくれるこの世界……つまらなくはない平和な日々が続くことを願う、そう思うのはそこそこ裕福ではない私達にとって贅沢な願いかしら?
巫女様。
博麗霊夢
第13代博麗の巫女。赤い大きなリボンとかなり独特な装飾の赤い巫女服をいつも身に付けている。
やらなければいけない事に対して嫌悪感を抱きやすく、博麗の巫女としての仕事を嫌々ながらに行っている。修行もその内の事なのだが、霊夢は元々の能力が高いせいかある程度怠けていても支障はきたさないらしい。
(東方Project作品キャラクター)
霧雨魔理沙
霊夢とは旧知の友。
自称『普通の魔法使い』を名乗っている普通の人間(?)
黒い服に白いエプロンを着ている事が多く、魔法使いらしい黒いとんがり帽子を被っている。携帯する道具として有名なのは魔法の箒とミニ八卦炉。
(東方Project作品キャラクター)
博麗霊奈
第14代博麗の巫女候補。
衣装は霊夢のと似ているようで違う。かなり抑えめな感じ。(脇とかが出ていない。霊夢のは見える。)
出自が不明だが、自ら14代を名乗った人物。
現在は霊夢と共に暮らし、修行を積む日々を送っている。
(オリジナルキャラクター)
東風谷早苗
守矢神社の風祝(巫女)。
元は現代高校生?だった。
種族は人間でありながら現人神。
早苗は霊夢の事をかなりライバル意識しているが、霊夢の方はそんな事は全く知らない。
(東方Project作品キャラクター)
幻想郷
現世とは隔離された世界で現世で存在を忘れ去られたものがたどり着く所らしい。
狭いようで広い謎のこの世界には数多の妖怪や幽霊と少数の人間が住んでいる。
吸血鬼異変
レミリア達吸血鬼の軍団が引き起こした異変。
(該当原作無し)
紅霧異変
レミリアが引き起こした異変。
(該当原作 東方紅魔郷)
春雪異変
西行寺幽々子が引き起こした異変。
(該当原作 東方妖々夢)
永夜異変
八意永琳が引き起こした異変。
(該当原作 東方永夜抄)
どこぞの隙間妖怪
八雲紫のこと。
よく冬眠する幻想郷の賢者。
境界を操る程度の能力を持つ幻想郷随一の強さを誇る妖怪。
(東方Project作品キャラクター)
スペルカード
別称はスペル、スペカ、ボムなどがある。
主にスペル、ボムは、発動させる人物が持つ大技を差す。
スペカはその大技をカードにして分かりやすくしたもの。(原作などではノーミスノーボムで敵のスペルを打ち破った時などにスペルカードを取得している。)
(かなり意味は曖昧な所がある。)
あうん
高麗野あうんのこと。
博麗神社に勝手に居座り、勝手に番人(番犬?)をやっている少女。
(東方Project作品キャラクター)
戦闘に使用した武器について
封魔針
霊夢が用いた武器。
マジックミサイル
魔理沙が用いた武器。
パスウェイジョンニードル
霊奈が用いた武器。
ホーミングアミュレット
霊夢、霊奈が用いた武器。