二次元ガチ恋おじさん。
俺の上司が気持ち悪い。
俺の知らない『猫耳モエル』とかいうどこで連載してるか分からない何やら古くさいキャラクターに本気で恋をしている。
「やり直しですね」
「……はい」
デスク一面モエルのイラストとフィギュアだらけのおっさんに企画書を却下されるのは屈辱でしかない。
「モモモモ、モエールーン♪フンフン♪」
キャラクターソングとやらを歌いながらスマホで画質のわっるいモエルの漫画を読んでいる。写真の写真かよ?
「はぁー。部長相変わらずカッコいいなぁ」
一番気に入らないのは俺が好意を寄せる先輩の女がこのおっさんを好きな事だ。
ウットリすんなよ。あんなおっさんに。
「カッコいいっすかねぇ?キモくないすか?」
「あー、君にはまだ分からないか。部長の愛の深さを」
一蹴されちまったよ。あー!面白くねぇ!
・
「おじゃましま……うっわ」
入社から一年。なんだかんだで部長との関係も良好な俺はお呼ばれして部長の家にお邪魔する事になったんだけどやっぱりなぁ。玄関からリビングまでモエルグッズだらけだ。
「こんばんは」
「こ……こんばんわっす!」
「娘だ」
娘さんもまた可愛いな。こんなキモいおっさんからこんな美人が生まれるかね?神様ってのは意地悪だ。俺は部長がトイレに言っている間に台所でツマミを作ってくれている娘さんに質問をした。
「親があれってキモくないっすか?」
「愛情深い尊敬できる父です」
また、そー言う感じの答えね。愛情深いなら奥さんがいるのに二次元に恋なんて……そー言えば奥さんはどこに?おいおい。
「奥さん泣いてるぞ」
仏壇と女の人の遺影。そうか奥さんは亡くなってたんだな。しかし仏壇の回りにもモエルグッズかよ。
亡くなった奥さん……誰かに似てるな?あっ。モエルか。だーから部長はモエルが好きなのか?
「妻が遺してくれたんだ」
部長は大量の同人誌?ってやつを俺に見せてくれた。
モエルモエルモエル。ぜーんぶモエル。学ランを着てるけど主人公の顔がどー見ても部長だ。
流し読みしてみたがモエルと部長のラブコメかな?
「遺したって?」
「そろそろ君にも話していいだろう。モエルはね?妻が自分自身をモデルにしたオリジナルキャラクターなんだ」
「……え?」
・
(私がいなくなったらきっとあなたは寂しがるから)
医者に宣告された余命も近づき、妻は髪の毛も全て抜け落ち、骨と皮だけになった体になっても漫画を書くのを止めなかった。
(モエルは私。主人公はあなたよ)
私は漫画やゲームなんかには全く興味は無かったが妻はいわゆるオタクだった。妻が元気な時はよく『子供じゃないんだから漫画もゲームも卒業しろ!娘に悪影響だ!』と怒鳴り付けたものだ。
(約束して。私が死んだらこれを月に一冊だけ読み進めて。そして全部読み終わるまで再婚はしないで)
妻の死後。私は約束を守り月に一度だけ漫画を読み進めた。妻の分身であるモエルと私の分身である主人公の顔が赤くなるようなあまーーいラブストーリー。所々実話を織り交え、セックスシーンも多々あった。
モエルが主人公に向ける言葉は私に向けられた言葉だ。この漫画は私に向けた遺書なんだ。私は漫画を読みながら(あいつはあの時こう思ってたんだな)(こう言われたかったんだな)(こうされたかったんだな)(言ったな。やったな)と泣いた。
「……躍動感のある遺書だな」
二年が経ち。月に一度のモエルもとうとう最終回。主人公が朝起きるとモエルがいない。主人公は手紙を見つける。
『あなたへ。初めての漫画は楽しかった?約束守ってくれた?最終回どうでしたか?モエルはもう戻ってきません。私もね。寂しいけどもう再婚していいよ。新しいお母さんも必要だろうしね。ご愛読ありがとうございました』
手紙を読みながら主人公も私も泣いていた。
・
モエル完結から『10年』。部長は未だに独身だ。ポスターもフィギュアも部長が外部発注して作って貰ったオリジナルグッズだそうだ。
「モエモエルンルン♪モエルンルーン♪」
部長は自分で考えたというモエルのテーマソングを歌いながら屋上で煙草を吸っていた。
(君にはまだ分からないか。部長の愛の深さを)
先輩の言葉を思い出した。確かにすげーよこのおっさん。ずーっとモエルと奥さんが好きなんだな。
「部長。企画書っす」
「ん」
部長が俺の企画書を読んでいる間に俺も煙草に火を着けた。コスパも悪くて体にも悪いこの嗜好品に手を出したのは悔しいが部長の影響だ。
一途なおっさんはなんかかっけーや。
「うーん。ボツ!!」
「……えっ?それ徹夜して書いたんすけど?」
「ダメなもんはダメさ。モエモエルンルン♪モエルンルーン♪」
「……にゃろう」
やっぱキモいわこのおっさん。見てろよ。次こそとんでもねー企画出してやるからな!