ミリアの引っ越し(ミリア視点)
朝から私は荷造りに汗を流してまで励んでいる。
そりゃ始めはルシアンが私の婚約者だと父に告げられた時は落胆した。
大して話したこともなかったから、見た目だけで私は彼をジャッジしていたの。でも、彼はとても紳士的で優しくて、時々ドジを踏む彼が愛おしくて仕方がなくなった。でも、どうしたものかしら。
私は成績優秀、お父様について異国の視察に同行したり沢山の本を読み、賢い令嬢で居なければならない、皆が冷たい令嬢と褒めるので、振る舞いもクールにして来た。
いつの間にか……可愛らしさを失ったわ。素直に振舞えないの。
ルシアンの婚約破棄なんて、パイを食べに行った頃には望んでもいなかった。
でも、外見も美しく変わり果てた彼はまだ婚約破棄って言うから、とにかく私は彼の側にいるに徹するわ。
これまでと違って、きっと彼に夢中になる女性がいるかもしれない……私みたいに。
「マリー、これでいいかしら……。」
「もう縦に巻かなくて宜しいのですか、お嬢様」
「ええ。真っすぐで味気ない髪だけど、あ やっぱり変かしら」
「いえっ。ありのままのお姿が一番です」
荷物は後から届けることにして私はルシアンのお屋敷へ向かう。きっとあちらも準備が大変だろうからお迎えは断った。
馬車を降りたら……えっ!!こんなに大きいの……はじめて来た公爵家のお屋敷は驚くほどに大きい。圧巻の佇まいから小走りで出てきたのはルシアン。
執事やメイドではなく、本人が眩しい笑顔で走ってきた。ああ、なんて素敵なの。今すぐその胸に飛び込みたいっ。
勢いよく走ってきてルシアンが
「あ~っ」と大きな声を出した。私の手前で躓いた彼はドンッと私に当たる。後ろによろめいた私を支えるように結果これは抱きしめられてる。
あーっ!!抱きしめられてる!!乙女心はときめくばかりよ。
「ミリア ミリア ごめん。痛くなかったかな?」
痛い?とんでもない。胸がドキドキして痛いくらい。
「まったく。やっぱりルシアンはおっちょこちょいですわね」
もう……誰か素直になれる薬ください。
でも、メロメロだなんて悟られたら恥ずかしい。第一彼はお人好しだから私を守ってくれてるだけ。親切でお屋敷に迎え入れてくれただけ。
「あはははっ。なんだか挨拶のハグを先にしてしまったようだ。さ、中へ行こう」
挨拶のハグ?だったらそのハグもう一度お願いします。
ルシアンはスタスタと前を歩いていく、でも振り返っては私が来ているか確認する。
そんな彼が愛おしくて。散歩させられてる犬になった気分。……彼のペットになりたいくらいっ。
大きなダイニングテーブルには十脚以上の椅子が並ぶ。上座に座ったルシアンのお父様が優しく「ようこそミリア。自分の家だと思って遠慮なく過ごすと良い」
「ありがとうございます」隣でお母様も優しく笑いかける。なに?ここの人たちは天使のよう。
「ルシアンったら、ミリアが危険だからって?本当は一緒に居たいのでしょ?」
お母様の言葉にルシアンが頬を赤らめた。
「本当に危険なんだ。ミリアがもういいって言うまではよろしく頼むよ」
「はいはい。もういいって頃には私達もこの世に居ないかもね。あなた達もお爺さんお婆さんかも うふふふ」
お お母様、美しい顔で悪戯な言い方をされますのね。
私達だけダイニングに残り紅茶を淹れてもらった。
「ありがとう」
「ミリアの為に今朝ここの料理人がパイを焼いたんだ。ラズベリーパイだよ。ほら。あっ今回は君が共食いだね」
ん?!共食い?
「甘酸っぱさの共食い……。」そう言ってルシアンはニヤニヤしながらパイを口に運んだ。
でもやっぱり口の周りはパイだらけ。かわいい……。
しばらくそのままにして、私もパイを頂いた。
でもやっぱり放って置けず、ルシアンの口元に手を伸ばしサッサッとパイのカスを落とした。
「また沢山つけてるわっ」
ルシアンは笑って、私の手を掴みじーっと顔を近づけてきた。えっ!これキス?キスされる?まさかね。えっ
「ほらっミリアも!」
彼は私の口の隅についたラズベリージャムを手に取り得意げ。そのままその指をペロンと舐めた。
あっ。
なんだか分からないけど私が溶けてしまいそう……。
「ミリア、ミリア どうした?気分でも悪いか?」
ああ 私はペロンが衝撃でぼーっとしてしまった。
「いえっ大丈夫ですわ。」
「さて部屋へ案内しよう」
「あ、部屋ならマリーも。あれ」
メイドのマリーが見当たらない。キョロキョロ探す私にルシアンは優しい目を向けて囁いた。
「マリーさんはペリエにこの屋敷の小難しい話をされているらしい。私だけでは不服かな……。」
「あら そうですの……いえ不服だなんて……」
私の不安が伝わったのか心配した様子のルシアン。不服じゃなくて、私はあなたと二人っきりになるのがドキドキして困るだけなのに。ああバカみたい……恥ずかしい。どれだけ冷静を装っても顔が熱を持つのはどうしてかしら。