君とダンスを踊りたい
ある週末夜会に学園の面々が行く為、有無を言わさず私もミリアを迎えに行って出席する予定である。
今、鏡に自身を映しどうにかならないか、試行錯誤するもどうにもならない。
黄金の髪は、美しい艶を帯びているものの、カイセル王太子を真似てバックに流そうもんなら泣く子も黙るような顔が全面に押し出されてしまう。
父上の燕尾服を拝借してみたがやはりボタンが閉まらない。
はあ……これまでこんなに長い時間鏡に向かったことはない。
「ルシアン様、やはりご自身の衣装が宜しいかと」
「ああ そのようだね。ちょっといい恰好をしたくなって」
「こ 恋ですか?」
と、母の代から仕えているメイドのペリエが嬉しそうにしている。
「ははは まあ……そのようなものかもしれない」
「ルシアン様は、その紳士的なままで居られればきっと実ります。このペリエが言うのです。」
「ああ ありがとう ペリエ」
気を取り直し、馬車へ乗りミリアの屋敷へ向かう。
馬車の戸をつまみ開け外で待機する。
メイドの手を取りゆっくりと進むミリアは紫のドレスに身を包んでいる。
だが髪はいつもの縦ロールではなく、低い位置でシニヨンという丸まった頭であった。愛らしいというより今宵のミリアは美しい。
「大丈夫ですよ。ミリア様きれいに整いましたから」
とメイドが声をかける。
ん?何やら髪ばかりを気にしている様子のミリア。上手く縦ロールが出来なかったから違う髪型になったのかな?
「ミリア、今日も美しい。アップにすると大人の魅力たっぷりで知的な女性だ。つくづく私の隣には勿体ない」
ミリアは私が褒めちぎったからか頬を赤らめた。
「なかなかいい髪型が決まらなくて……」
ん? 私なんかと夜会に行く為に?もしや夜会に誰か意中の者が居るのだろうか。
しかしそんな嫉妬心から詮索するなど、おこがましい。
「私は何度も 代わり映えしないこの金髪をとかしたり、流したり固めたり。大騒ぎをしてきたよ。この天気のせいかな。この街は霧が濃い」
ガタンガタンいう馬車の中、気のせいかミリアは微笑み返してくれた。
しかし大きくガタンッと音がし、ミリアは座ったままはねて浮き上がったのだ。
「キャッ」
「ああ、すまない。きっと私が重すぎる為だ。ちょっと移動するよ。この辺りかな 一番平均的な……」
私はバランスが取れるよう、真ん中あたりへ移動しながら足を踏ん張る。すると、それに合わせてミリアも私の正面に移動した。
思わず真ん前で目が合い笑う。
「ほんとにルシアンを見ていると落ち着かないわ。」
「ああ 窓から外を眺めている場合じゃないな。またいつふっ飛ばされるか」
「ふふふ」
この日は珍しく博物館で夜会が開かれる。国王が趣味で散財しかき集めた異国の石像から古代の椅子、鏡や、壁画、ミイラまで。
私はそのコレクションを見るのも楽しみにしている。
会場エントランスに到着し中へと進む。
中では未婚の貴族達が溢れかえっていた。学園時代に婚約し結婚まで至らなかった者はこうして自力で探すのだ。まあ私もミリアの希望通り婚約破棄すれば、彼らと同じように並び家柄を振りかざすしか術がなくなるだろう。
「やあ、ミリア、ゴーピイ、ようこそ。博物館舞踏会へ」
出た……カイセルだ。王家所有の博物館だから居て当たりまえではあるが、じーっとマイフィアンセを見つめられるのは気持ちが良いとは言えない。
「お招きありがとう。他の皆は?」
忘れていたが、学園の皆は男女問題に荒れ狂い揉めていたが家の事情でそのまま婚約継続しているのか、はたまたさっぱり白紙に戻したのかは知らない。
「はーあ、結局浮気された哀れな令嬢って肩書無いのはミリアよね。」
とアンがいつの間にか立っていた。皆とりあえずここには来たがべったり婚約者といる気は無いみたいだ。
「そりゃあそうだろ。ミリアが浮気するのは皆仕方がないと返って同情するよ。ゴーピイに浮気されるなんてありえないだろ」
また得意げにカイセルは私をコケにするが、それはいつものことである。
「心配しなくてもミリアは私と「さっ皆様あちらへ行きましょう」」
婚約破棄する予定だと言おうとしたが、ミリアがそれを遮った。
そうか、ミリアはカイセルを避けたいのだ。
ならばしばし、私もおとなしく美女を引き当てた幸運の豚を演じようではないか。
どこまでも続く人の間を進みダンスフロアへ来たが
「ミリア、私と踊ろう」カイセルがミリアの手を取った。王太子のダンスを断るのはなかなか無礼だ。
私は無理矢理作った笑顔を貼り付け頷く。
「カイセル、ダンスだけだぞ。妙な気を起こしたら私が黙っていない」
彼は、はいはいっといった調子に適当に手を振る。
クリスが純粋無垢な顔で「大丈夫だよ。僕も見張るから」
全くアテにならないプレイボーイが味方宣言をした。
私は、きっとその場にいれば邪魔だろうとひとり博物館エリアへ足を運ぶことにした。
いや、本当はミリアが踊るのを見たくなかったのだ。