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私はデートがしたい

「ミリア!国立公園にリスが居ると噂で聞いた。見に行こう!」


 女性ならリスと聞けば可愛いっと目を輝かせると思った私の浅はかな考えはミリアの冷めた返事で間違いであったと悟らされる。


「リス?それが駆け回るのをみて何が面白くって?」

「…………」

 黙っていればリスのようなミリアは興味がないようだ。

 動物が駄目なら、食べ物はどうだろうか。私はミリアとデートと呼ばれる事をしたくて少々必死であった。


「では、公園の近くに新しく開いたパティスリーがある。キッシュと、アップルパイが名物だとか。一度行ってみないか?」


「キッシュ……中身が豚肉じゃなければいいわねっ。そこまで言うなら行きましょう。共食いしないように見ててあげますわ。ルシアン」


「…………」

 ひとつ嬉しいのはミリアがこんな私を名で呼んでくれること。


 馬車に乗り我々は出発した。

 外の景色を追う彼女を私は穴が開くほど見つめる。動かない彼女を眺められるのは滅多にないことだ。


「そんなに見ないでくださる?落ち着かない……」


 とミリアは少し恥ずかしそうにした。毎度皆から熱い視線を受け慣れているはずだが、私の視線はお気に召さないようだ。心配しなくてもかぶりつきやしない。


「ああ すまない」

 私は自分のむちむちした手に目を落とす。それにしても、食べる量はごく普通、何故スリムとは無縁なのかとこの体にガッカリする。遺伝とは恐ろしいものだ。


 黒い枠組みの窓がおしゃれなパティスリーの金の取っ手を引き店内へ足を踏み入れた。

 窓側の席へ向かい合って座ると、ふと他の客たちの視線が刺すように集まった。

 そうか、美女と野獣……それが世間に映る我々か。


 なんとなく申し訳なく感じた私は気持ちだけ身を小さくした。


「ルシアンは?どれを召し上がる?」

 しかしミリアはそんな事は気にせずメニューに釘付けであった。


「アップルパイにしようかと思う」

「んーでは私は……ほうれん草と卵のキッシュ、あ でもシナモンパイも……」

 どうやら食いしん坊なのか?ミリアはあれもこれも目移りする。薄ピンクの唇に人差し指を当て考え込む姿は絵に描いておきたい位に愛らしい。


 結局私は、店おすすめのパイ、キッシュ合わせて5種を注文した。


「余ったら持って帰ろう」

「ルシアン、おじ様みたいね」

 なに、私が老けていると?ただ良かれと思い大盤振る舞いし過ぎたのだろうか。

「ははは 色々な味を食べたくなってしまった。」


 運ばれたパイを上品に口へ運ぶミリア。それとは対照的に私はアップルパイのカスタードがムニュっと広がり見事に鼻の周りまでクリーム化した。


「鼻!口も!きったない、ったく」


 とミリアは布巾で私の鼻をゴシゴシこすった。しかし、その布巾は紛れもなくテーブルを拭く用だ。それでも私の口元が緩みにやけたのは言うまでもない。


 結局残ったキッシュを包み店を出る。


「リス……リスも念の為、噂が真実か否か確認します?」


 ほほお ミリアがリスの生息確認をする気になったようだ。リスとリスの競演に期待を膨らませ向かいの国立公園へ案内した。

 足を踏み入れたらすぐに、

「わっあはは」

 とミリアが笑いをこぼすのも無理はない。至るところにリス リス リスである。

 ちょこちょこ跳ねて走ってはピタリと止まってこちらを見るリスに釘付けであった。


 リスに触れたいようで、追いかけるもそのすばしっこさに手を焼いているミリア。その残念そうな顔はリスが木の実を蓄えたようにぷーとしているようだ。


 ここはわたしがいっちょ。


 そろりそろりと、一匹のリスに近づく。こやつはなかなか鈍感そうだ。

 ―――今だ!!


 見事に落ち葉が溜まる水溜りに顔面を擦り付けた。どうやら毎度自分が思うより体が動くスピードは遅い。情けないことに盛大に泥を被った。


 そんな私の背後でクスクス笑う声がする。

 ミリアが笑った。泥にまみれた甲斐があったと少しこの胸が弾む。


 立ち上がりミリアに視線を向け

「よかった、君がそんなに楽しそうに笑うのは初めて見たよ」と言ってしまった。

 急に笑うのを止めた彼女は

「別に、あなたといて楽しいわけじゃないわっ。あまりにも滑稽でおかしいだけですわっ」

 と言いながらもまた、こらえた笑いが込み上げていた。

 私の胸にも何かが込み上げたのだった。


 パイとリスとミリア、こんな日がずっと続けば良いのに。人はこういう物を幸せと呼ぶのだろうか。

 しかし、私は婚約破棄する宣言は守らなければならないだろう。彼女を幸せに出来るのは私ではない。

 冷たい彼女が笑ったとは言えそれは、喜劇を見た為に笑っただけである。決して私に好意を持った訳ではない。帰り道冷静に考えてみると、そんな現実に侘しさを感じたのだった。

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