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琥珀とルビーの指輪

 夜が明けたか明けないかの早朝。ミリアと私は宮殿へ向かう為馬車に乗っている。

 は 早すぎはしないか……。

 しかしミリアは緊張した様子でじっと座っている。魔術師に言われたと言うことは、ミリアの部屋に魔術師が現れたのか、ミリアは魔術師を呼ぶことに成功したということか。

 あの魔術師は、交換条件をミリアにしたのではないだろうか、まさかっ、ミリア……君の大事な何かを差し出したわけじゃないか……気になっても質問ができないのだ。


「ミリア……」

「ルシアン、心配しないで、大丈夫です。きっと呪いは解けます 今日。」

 真っ直ぐな瞳は私に逞しくそう言い放った。

 ここは、余計なことを言わないでおこう。私はミリアの隣へ移動し華奢な肩をそっと抱いた。無理してそんな柔らかな笑みを向けなくていいよ……こんな無愛想な私に。


 宮殿に辿り着くも門すらしまっていた……。

「あ……ごめんなさい。やっぱり早すぎましたね」と申し訳なさそうなミリアに私の心は笑っている。


「ったく 分かっていたことだろう……」と吐き捨ててしまった。君となら夜明けから出掛けたって早すぎたねと笑いたいのに。


 また気分を害するような言い方を……。私はミリアの手を取り馬車から降りた。外の空気に深呼吸し散歩でもしたいと思ったのだ。


「私は少し歩く。付いてこなくて良い」と言ってしまったもののそのまま、繋いだ手は離さずミリアを引いて歩く形となった。



 そして、辺りがすっかり明るくなった頃、何やら宮殿の周りで兵たちが慌ただしく走り回る。「捕えろー!捕えろー!」「神殿だ!急げ」

「何があったのですか?」私は兵を捕まえて聞いてみた。

「神殿に魔術師だと名乗る女が!カイセル殿下を呼べと自分の胸にナイフを突きつけているそうです」

「なに……」

「カイセル殿下を神殿へ。私達も参ります。どうか魔術師を殺さないで、殺せばカイセル殿下の呪いは解けません!」

 ミリアは一生懸命言葉を並べた。


 私達も急いで神殿へと向かう。



 ◇


「はあ はあ はあ」

 そこには車椅子のカイセルに付き添うように王と親衛隊が物々しい雰囲気の中、ナイフ片手の女と向かい合うように距離を置いていた。


「ミリア!」

 女の元へ歩み寄るミリア、ナイフを持つ者に近づくなど危ない……その女は魔術師ではないのではないか?私が峠のレストランで会った魔術師は老婆であった。

 目の前の女は、まだ中年といったくらいだ……何かの罠では……。


「ナイフなど、危ない……さっ私にお渡しください」

 女はミリアに大人しくナイフを手渡した。


「さてと、カイセル!あんたのおかげで私の周りが騒がしくてな。おちおちと余生を楽しむ間もないわっ。今日はその呪いを解きに来た。その代わり、ほれミリア約束させたらどうだカイセルに」

「約束?」


 あの声は……やはり魔術師なのか。


 ミリアは徐にカイセルの方に身を向けた。

「カイセル殿下、私はあなたの妃にはなりません。それから……もし呪いが解けるなら二度と魔術に頼る真似はしないと約束しますか?」


 うんうんと深く頷くカイセルは、年老いたの男のような顔をしている。


「ほんとかね〜」

 と魔術師は首を傾げながら手に指輪を二つ、摘まんで見せた。


「こっちは琥珀の指輪。カイセルの寿命の呪いを宿した。

 で、こっちはルビーの指輪。ルシアンの優しさを閉じ込めた。どちらかひとつだけ解こう」


「え?」

 ミリアは驚いたように魔術師を見る。

 王も怒ったように声を荒げた。


「このままではカイセルの命が危ない」

「琥珀を、琥珀を」とカイセルも叫ぶ。


 そうだ、優しさより命が大事だ。私の優しさなどカイセルの命の重さの何百分の一だ、いやもっとだ何千……。大したものではない……。


「さあ、ミリアあんたに選ばせるよ。ほれ」

 指輪を差し出した魔術師の前でこちらを振り返ったミリアは不安に押しつぶれそうな顔である。ああ、ミリア……。


 私はミリアの目を見て「琥珀を……」と呟いた。


 萎れたようにミリアは琥珀の指輪を受け取りカイセルへと渡した。


 すると黄色い木洩れ日のような光が神殿を駆け巡る。生きているかのように線となった光は私の胸に吸い込まれるように消えたのだ。


 静寂と化す親衛隊。


「なんだ?今のは……ミリア!大丈夫か。君に何かあれば私は生きられない。ミリア!」と叫んだのは……私だった。


「どういう事だ?嘘をついたのか!」王が怒り親衛隊も槍を魔術師に向ける。カイセルの姿はそのままであったのだ。


「ルビーは?ルビーの指輪は何処へ行った?!」


 魔術師の手からも消えている。

 私はミリアを抱きしめていたが、その腕を離し魔術師へと歩み寄った。


「カイセルの呪いを解いてください。」

「ははは、予想通りだね〜カイセル、王も。この国は代々利己的、強欲で己のことしか頭にない。カイセルの寿命はルビーだ。解いてくれというなら、カイセル、王太子の座を降りるか?」


「何を?魔術師如きが国政に口を挟むとはけしからんっ」

 と叫んだ王の口が、魔術師が手を振り上げた瞬間に閉じた。「んーう゛ー」と王がうなる。

「ちいと、黙ってな」


 親衛隊もその魔術に驚き動かずにいた。


「……カイセルは王太子であるべきです。誰が代わりをできましょう。それは血であり、彼には私のような男には無い負けん気があります。」

 私の話をニヤリとしながら聞く魔術師。私は恐る恐る続けた。口を閉じられやしないかと。

「カイセル、君の卒業パーティーの演説は素晴らしかったよ。」


「……ルシアン。お前は馬鹿なくらいに気が優しいな」

 とカイセルは返事をする。


「ふうん、あんたらなかなかの恋敵でなかなかの友達か。まあいいだろ。私の目的は果たしたから……」


 そう言って魔術師はポケットからルビーの指輪を取り出し、カイセルに近づいた。

「カイセル、万が一この先良からんことをしたら、また呪われるぞ。いい国にしたまえ」

 と言いミリアを見てニヤリとした。


 カイセルの膝にピョンと指輪を投げた途端赤い光が神殿を舞うように跳ね、カイセルの胸へと消えた。

 するとカイセルはみるみるうちに若返る。ぱっと車椅子から立ったのだ。

 そして、その前には力尽きたように魔術師が老婆の姿へと戻り痩せ細った体で横たわっていた。


「魔術師のお婆さん!!」

 その時、七色の光が魔術師からバアーっと抜けるように光り輝く。眩しい……何も見えない中私はミリアの手をなんとか掴む。「ミリアっ、ここか?ミリア!」


 光が静まり、目の前に立つミリアを見た私、ミリアの緑の瞳がその時七色に渦を巻くように光ったのだ。

 すぐに元の緑へと戻ったが……。


「魔術師様!?」

 魔術師はその場で息を引き取った。


「私の寿命で少し若返っていたのか……。敬意を持って埋葬しよう……。」とカイセルは魔術師を丁重に埋葬することにしたようだ。


「ああ。これで我が国から魔術師の呪いは消えたな」と王は安堵の様子で解かれた口を開いたのだった。

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