最後の呪文(ミリア視点)
もうすぐ、ひと月が経つ。ルシアンは忙しそうにしているけれど相変わらず私にかける言葉は素っ気ない一言、二言。クールなルシアンも悪くないけど、悲しげな彼の目を見ると切なくなる。
何度呪文に挑戦しても「何をしている?奇妙だ やめろ」と言われる始末……。このまま永遠にこんな日々が続くのかしら。カイセル王太子は車椅子生活になったと聞いた。
私達の結婚もルシアンが話を進めてくれないから止まっている。
「ミリアお嬢様。ルシアン様がお見えです」メイドのマリーが改まった様子で言う。
緊張した様子のマリーを見てなんだか嫌な予感がする。後ろから部屋に一歩入ったルシアンは、金髪の少し伸びた髪を払いこちらを無表情で見ている……。
「ルシアン、何か……お話ですか?」
きっと今私は酷く不安な顔をしている。なんだか心細くてルシアン、あなたが妙に遠くて。
「ミリア、一度婚約は白紙にしよう。実家へ帰ってくれ」
「…………」
「聞こえたか?」
「あ……それは、本心ですか……?呪いのせいで心にも無い事を言ってるだけですよね。ルシアン……?」
「何を言ってる。白紙は白紙だ」
ルシアンは一度こちらに足を向けたものの、踵を返して部屋からでてしまった……。
どうして……言葉は素っ気なくても抱きしめてくれれば私は救われるのに……。
「ミリア、ミリアちょっといいかしら?」
お母様の声……部屋へと来られたお母様は私の手を優しく取った。
「ルシアンに、恐らく呪いがかかっているわよね?あなたにだけどうしてキツい言い方をするのか理由を聞いても、言えないようで……。」
「……ええ、解く方法を探しても上手く行かなくて」
「そう。ルシアンがあなたに実家へ帰るよう言ったのはきっと……本心よ。ルシアンは明日から領地へ行くといったけれど今まで一人で行くことは無かったし、恐らく魔術師を探しに行く気では無いかしら?長く戻らないかもしれないから、あなたを実家へ返そうと……」
「そんな……お母様、私もう一度呪いを解く呪文を試したいのです。しばらく部屋にこもります。私が部屋から出るまではルシアンを出発させないでください。いいですか?」
「え?良いけれど……何をするのか知らないけれど、とにかく気を付けるのよ。ミリア。」
「はい お母さま」
涙で視界が歪む中私は躊躇っていたある呪文に、最後の望みをかける。
それは、魔術師を呼ぶ呪文。
部屋で日が落ちるのを待ちキャンドルに火を灯す。ルシアンは魔術師を探そうとしている。もしこの呪文でその魔術師を呼べれば……ちょっと怖いけれど。やるしかないわ。
今まで失敗続き、ダメ元よ!
「オモルフォスフォスランプロティタエン アルケーィ エーン ホ ロゴス カイ ホ ロゴス エーン プロス……」
あれ……何も起きない。ああやっぱり魔力を持たない者には無理……ということ?
落胆し、部屋のカーテンを再び開こうと窓辺に近づいた時、ふわあ~とカーテンが風に大きく靡いた。
窓は開いていない……振り返ると再び風が吹き荒れ部屋に置いた47本のキャンドルの火が消えた……。
薄暗い中に、佇む人影が見える。
私は恐る恐る近づいた……。バッと頭を上げた者と目と目があった。
「ギャーーーーーーッ」
「おだまりっうるさい娘だねっ」
「え」
中年の女性はカーテンをぱっぱっと開き、私の顔を覗き込んだ。
「ミリア……大したもんだ。私を呼んだな?」
「ま 魔術師?!あなたですか?ルシアンに呪いをかけたのは!?」
「落ち着いてミリアお嬢さんよ、そうだよ。不本意ながらね、カイセルに頼まれて。」
「カイセルに……早く解いてください!不本意ならすぐにっ」
「はあ……あんたも情熱的な人だね。私は魔術師最後の末裔。カイセルは私に呪いの交換条件として寿命を差し出した。ルシアンの優しい言葉を奪う為にね。」
「寿命……」
「私達魔術師は、この国の安泰を保つことが使命だ。あの王族はろくでもない。子孫をこれ以上残しちゃならん。だから、私にとっちゃカイセルが早死にしてくれるのは本望よ。ああ、なんで私はべらべらとあんたに……呪文のしわざか?」
「では、どうすればこの呪い解いてくれますか?ただでは解かないと……仰るのでしょう?」
「さすが、話が早い。」
「では、私から優しさを奪いますか?」
「は?そんなことしちゃ、あのルシアンが悲しんであんたを追い回す茶番になるだけだ」
「では……何を?私の寿命ですか?」
「いーや。あんたは生きろ。生きてちょうだいな……魔力を継承してな。それが条件だ。」
「魔力……私、魔術師に?!」
「魔力を使うか使わないかはあんた次第。継承者が居ないと諦めたが……あんたになら。ふふ……私もこれで安心して死ねるわ。さっ明日朝、ルシアンと宮殿に来なさい。最後にゲームをしよう」
そう言って魔術師は何か光り輝く物を振り回した。
「ミリア?ミリア!ミリア!」
あら?私はベッドに眠っていた。
ベッドの横で私を見下ろすルシアン……愛しい人。あっ伝えなくちゃ。
「ルシアン!明日朝宮殿に行きましょう。魔術師に言われました」
「…………」
ルシアンは驚いたようで目を大きく見開いたけれど何も言わず頷いてくれた。そして、私の頭にそっと撫でるように手を添えた。それはとても優しい手だった。




