ミリアの呪文
ああ どうしても冷たく愛想のない言葉しかミリアにかえられない。しかしその反面本来なら照れくさくて出来ないようなキスが出来るようになった。
私がそっと口づけをしようとする度、先にピッと目を閉じるミリアの可愛いこと……笑いかけたい。
どうしたらこの呪いを解くことができるのだろうか。カイセルはきっと魔術師に頼んだことを後悔している。
だが彼も呪いについては言葉に出来ず、姿は醜くなる一方。
私はミリアへ愛を込めて触れる事だけは奪われたくなかった。よって、カイセルに悟られないよう徹したのだが、相変わらず思うように話せない。
ミリアは書庫にこもり、その後やっと出てきたかと思ったらマリーでは無くうちのペリエと街へ出掛けたらしい。一体何をしているのだろうか。
戻ったらペリエに聞いてみよう。
◇
「ルシアン様 呼びに参りますまで部屋からお出にならずお待ちください。」
「な 何事だ?ペリエッ ペリエッ!?」
ペリエは大きな荷物を抱えて戻ってきたが、私を部屋に押し込んで出るなという。
一体何をする気だろうか……。
もうすぐ日が暮れてしまうではないか……。様子を見にいこうかと扉に近づいた時ペリエの声がする。
「ルシアン様 ミリア様が中庭でお待ちです。」
「ああ、分かった」
中庭?こんな夕暮れに中庭で何をするのだろう。ダンスか?とにかく急ごう。
中庭に出ると、円を描くように沢山のキャンドルが並ぶ……私の姿を確認したミリアは長い蝋燭を使い並べたキャンドルへと火を灯していく。
なんだ?薄暗い中に揺れる火は美しいが……そして銀の杯を手に持ちミリアは円の中へと入る。おお……ドレスの裾は大丈夫なのか、ハラハラする。
「ルシアン、こちらへ」
改まった様子のミリアが呼ぶ、私も円の中へと、進んだ。
深く息を吸い込んで吐くミリア、なんだ一体何をするつもりだ?!その銀の杯の中をちらりと覗くとワイン?!いやなにやらどす黒い 血?血?!まさかっミリアそれを飲むつもりではないだろう?!やめろ危険だっ君に何かあれば私には耐えられない……。
「スパステティンカラカイドーテスティン……」
…………?ミリアが謎の言葉を唱えだす。
「何をしているのだ?これは……何事だ?頭がおかしくなったのか」
ああ……ただ質問したつもりが酷い言い方になったものだ。しかしこれは……おかしな光景。
ミリアは呪いを解こうとしているのだろうか。ミリア……。ミリアはそれでも止まらずに唱え続けた。
「……ヤーガヤーガピピンヒ」
「ルシアン、私の事お嫌いですか?」
儚げな緑の瞳が私を見上げる。私の言葉を待つようにじっとその目はこちらを見つめる。
大好きだよ……ミリア。君が愛おしくてたまらない。君に愛を捧げたい、こんな私の愛で良いなら、もういらないわと言われるまで……。
「何がしたいんだ。私は忙しい」
くそ……。言えない。
ミリア、悲しい顔をしないでくれないか……君の悲しい顔を見るのはこの胸をえぐるほどに痛い……。ごめんよ ミリア。
その時空が鋭く白く光った
ゴロゴロゴロゴロ ガシャーンッ
雷だ。そしてザーッと雨が降り出した。
空を見上げ動かないミリアの肩を抱き中庭の物置小屋へと入る。
ミリアは雨で消えてしまったキャンドルを見て小さな溜息を落としくすりと笑う。
「あ~あ 駄目でした……。」
「う……」
そうだ、余計なことは言わないほうが良い。どうせ飛び出すのは心無い言葉だ。
「呪いを解く呪文……間違えたのかしら、あ もしかして火を灯す時間が短い?でも……どうして……羊の生き血だってちゃんと……あ」
小屋の中で色々語るミリアを私はただ抱きしめた。
やはり書庫で調べてくれたんだね……ありがとう、ミリア。
「んーっ」
「なんだっ」
ああ 私が気持ちだけが高ぶりミリアに口づけをしつづけた為苦しかったようだ……すまない。やりすぎた……。
私から一歩離れミリアは囁く。
「私……諦めません。またあなたに笑ってほしいから。まだ一度も聞いたことがない愛の言葉がほしいから」
ミリア……雨の雫か涙か分からない透明な物が頬を伝う。ミリアの頬に、そして私の頬にも。
「余計なことするな……」
そんな言葉を吐き捨てて私はミリアの雨に濡れ少し絡まった髪を撫でていた。
止まない雨は無いのだ、きっと解けるはずだ。私も調べ続けよう。




