婚約者に金豚で申し訳ない
「オーロミオ どうして貴方はロミオなの」
今、我々は王立聖マリアーナ学園にて、演劇を鑑賞している。
私の隣にはつい一週間前正式に婚約者であると発表されたマイフィアンセ。ミリア フォン スタッフォンド侯爵令嬢が座っている。
美しい栗色の巻髪をつるんと弾ませこちらを愛くるしい緑の瞳で見た彼女は小さな溜め息を混ぜながら呟いた。
「オールシアン どうして貴方は金豚なの……はあ なんで私が豚の婚約者よ……」
失礼極まりない……。たしかに、私は母と瓜二つ。金髪に白い肌。そしてふくよかになり埋まった目、丸みを帯びた鼻。まさに金豚。
しかし、母方の母の母?は美しかったと聞いている。あくまで母からだ、聞いている。
母によると、昔母の母の母?とにかく先祖は巷で噂の絶世の美女であり、侯爵令嬢であり、隣国からもこの国の王族たち、貴族令息達から婚約の申し出が絶たなかったと。
それを気に入らなかった王妃が魔術師に頼み呪いをかけたそうな、そこから母の先祖は豚のように醜くなったと。
これは、おとぎ話ではないかと言われればそれまでである。第一誰も、魔術師が実際に誰かを豚顔にした瞬間など見たことがない。
そして、豚から産まれた私も豚のようである。
豚のような母を見初めた父はというと優しい男だ。
ルシアン ド パトリック二世 アンダントル…… 長いので、皆ルシアンまたはゴーピイと呼ぶ。
ゴーピイとは、ゴールデンピッグの略である。
「ミリア、今日の授業はこれで終わりらしい。どこか散歩にでも行かないか?久しぶりに絵を描きたくなって」
「牧場でも行ってお仲間写生すればよろしくって?私はお断りよ」
「いいものだぞ。たまには外の景色を……」
「今日は、お茶会があるの。」
「おお 御令嬢のお茶会か、いいね。華やかで楽しそうで」
「カイセル王太子や王族、公爵の御子息を囲むお茶会よ」
「なに?呼ばれていないが。私は囲まれないのか……?」
私も公爵家の息子である。仲間はずれ……ということのようだ。
落胆した私の肩をトントンと叩くのは王太子 カイセルだ。タイトに貼り付けた栗色の髪、青い瞳で今日もカッコいいだろうと言わんばかりに笑いかけてくる色男。
「やあ、ゴーピイ 君もくる?お茶会」
行けば恥をかくのはミリア。ノーと言えと圧力をかける彼女の視線はこの分厚い胸を貫くほどに鋭い。
だが、私はミリアの婚約者だ。遠慮などいらない!
「行く行く」
「む〰っ。」
ミリアがリスのように膨れたが、ただ可愛いだけである。ほほほ、さてお茶会へ参ろうぞ。
◇
宮殿 ティーラウンジ
カイセルに呼ばれ幾度も足を運んだこのラウンジ。高い天井にはシャンデリアが等間隔に並ぶ。
豪華すぎる宮殿の内装に負けないほどミリアもゴージャスだ。
しかし、なんだこれは。
目の前に置かれたティーカップの持ちての小さいこと。小指を入れて飲むしかない程だ……。
「ねえ、ミリアならてっきりカイセル様の婚約者候補だと思ったわぁ。まさかね……」
「ルシアンも家柄は素晴らしいでしょ。」
「……家柄だけね」
「でも....ね」
言いたいことは分かるよレディ達。場をわきまえず本人の前でそんな会話をするレディ達、その性の悪さも分かるよ。
そして、ミリア。君はそう言われて悲しい顔をするんだね。よしここは、私がいっちょ。
「もー何してるのよ!!」
発言する前にまずは紅茶をと指をかけたつもりが見事にカップを倒してしまった……。
睨みつけてくるミリア。
「ああ、すまない。ちょっと布巾をっ」
メイドに布巾をもらい私はテーブルを拭き、床に落ちたスコーンも拾おうとしゃがみこんだ。
しかし貴族の行動とすればみすぼらしいのだろう。ミリアが「立ってください。ルシアン」と冷たく言った。
ああ、君に恥をかかせちゃまずいな。
「おいっ!どうして彼に拭かせる。やりなさい!馬鹿者!」
とカイセルがメイドを叱りつけ勢いよく振り向いた。
振り向きざまにカイセルがミリアに当たり、倒れかかったミリアはさらにしゃがみこんだ私に躓いた……。
私はとっさに彼女を床で受け止める。
「もうっあなたがこんな所に座り込むからよっ。ほんと何から何まで……邪魔」
邪魔……私は君の一生の邪魔になどなりたくはない。
立ち上がったミリアは、ふと不自然に顔が歪む。もしや……足首をひねったか……。なんてことだ!あーなんてことだ……。
痛がらず耐える小さな彼女が、不憫で愛おしく思うのは病だろうか。
椅子に改めてヘマをしないよう用心しながら座る。
目の前にはクスクス笑う女性陣。どうやらみんな私達と同じ時期に婚約したらしい。
一番ハズレくじがミリアが引いたこの金豚ということか。なるほど……申し訳ない。
お開きとなり、席を立つ。が、やはりミリアは足をひねったのだろう。
「ごめんよ ミリア……足」
「ちょっと私に触れないでくださるっ?!」
手をかそうとしたが、突っぱねられる。
仕方なく彼女の横を歩くが、その歩き方はかなり不気味だ。
「ほら」
皆が先に歩いていった頃、私は彼女の前に中腰になった。背をむけて、おんぶします宣言だ。
けれど、きっと彼女は無視して私の横をガタンガタンヒールを鳴らし歩き去るのだろう。
しばらく、無言のあと。
冷たく小さな手が私の肩にそっと添えられた。
お?ドレスが捲り上がらないよう細心の注意を払い手を添えた。
そのまま、豚の背に乗った美女は煌びやかな宮殿を後にした。
「ミリア、君はカイセル殿下の妃になりたかったか?」
「……いえ」
「そうか、私の背中なかなか居心地が良いだろう?」
「なんならルシアンの妃もお断りしたいわ」
「ははは ではその時が来たら婚約破棄してさしあげよう」
「え?」
「なに。望む所であろう。最近流行りだそうだし」
ミリアの別名は冷たい御冷嬢 彼女が冷たいのは今に始まった事ではない。笑えばきっと愛嬌がありそうな目鼻立ちはいつも冷めて釣り上げていた。
いつかその目尻を下げた顔を見てみたいものだ。
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