ジェナ 7
魔界へ行く日が来てしまった。
ジェナとマーティンはとっておきの一張羅を着て、早朝、古城へとやって来た。
古城には村の人たちが集まっており、ジェナたちの見送りに来てくれていた。
「ジェナ、マーティンさん、おはよう!」
「おはよう、来てくれたのね、ありがとう」
「早朝からわざわざ、ありがとうございます」
マーテル他、村の子供達はもれなく集まっていた。大人たちも数人来ている。
ケビンとメイヤーさん、タロルさんも既に外に出てきてくれていた。
「おはよう、ジェナちゃん、マーティンさん、よく眠れた?緊張してない?」
メイヤーさんが笑顔で挨拶してくれた。
「ばっちりよ!」
「ええ、まあ・・・」
ジェナは元気一杯だが、マーティンの目の下にはうっすらと隈ができている。
「朝御飯はまだよね?馬車がもうすぐ来るから、その中で朝御飯にしましょう。美味しくて評判のモーニングなんですよ。楽しみにしててください」
ジェナのお腹が小さな音をたてた。
「馬車で行くの?魔界まで?」
マーテルが聞くと、メイヤーはにっこりと微笑み、空を指差した。
見上げると、鳥の羽ばたきが聞こえた。
しかし、それは鳥の翼ではない。
「う、馬!?うそ!天馬!?」
村人たちから驚きの声があがる。翼を持つ馬が突然空に現れた。全身真っ白の馬が二頭。美しい造りの馬車を引いている。
馬は空を駆け、こちらに向かって駆けてくる。
「え!?嘘でしょう!?」
そう声を上げたのは、メイヤーだった。
「ペガサスはお断りって言ったのに!」
「しかもオスじゃないか・・・」
タロルも顔をしかめてそう呟いた。
「どうしたんです?あの馬がなにか問題が?」
マーティンが聞くと、二人は「ええ、ちょっと・・・」と気まずそうに口ごもった。
「あー・・・子供たち、あと女性達はちょっと下がった方が良い。あの魔物は女を見ると見境がないんだ」
ケビンがそう言っても、初めて見る美しいペガサスに、全員目を奪われている。
砂ぼこりをあげて、馬車が降り立った
メイヤーが怒り肩で馬車へと近づく。
ペガサスをもっと近くで見ようと、村人たちも近づこうとするが、タロルとケビンがそれを止める。
「ちょっと、どういうことなの!?今日はローティーンの女の子が乗るって言ったでしょう?なんでペガサスがいるのよ!?」
メイヤーが怒りながら、馭者に文句を言っている。
「どうして、ペガサスじゃいけないの?」
「そうよ、あんなに綺麗なのに・・・」
「ねえ、ケビン、もうちょっと傍に行っても良いでしょう?あの子、とっても大人しいじゃない」
ペガサスは本当に大人しくしている。美しいたてがみが、朝日に煌めいている。
そのうち、メイヤーさんが戻ってきた。
「大人しいペガサスらしいわ。二頭とも、悪いことはしないって・・・」
メイヤーは不審の目を真っ白い天馬に向ける。
「ジェナちゃん、ちょっと悪いんだけど、ペガサスに一緒に挨拶に行って貰えないかしら?嫌だと思うけど・・・」
「嫌なんてこと無いわ!行くわよ!あんなきれいな馬、初めて見たわ!触ってもいいかしら?」
そこで初めて、メイヤーはジェナたちがペガサスに向けている熱い視線に気づいたらしい。
「ま、待って!ペガサスの悪い噂を知らないの?ああ、知ってるわけ無いわね・・・ここは魔界じゃないわ・・・」
メイヤーは額に手を当てる。
「ペガサスが処女に懐くって話は知ってるな?」
ケビンが女の子たちに向かって聞くと、彼女達は頷いた。
「汚れなき乙女の事でしょう?知ってるわ。有名な話だもの」
「いいえ!そうじゃないわ!」
メイヤーが強い口調で言った。
「あいつらが好きなのは未経験の女性なの。これがどういうことかわかる?つまりは自分にチャンスがある女の子が好きなのよ!」
メイヤーの言葉に、子供達はポカンとした顔で首をかしげ、大人達はぎょっとした顔でペガサスを見た。
「え?待って、メイヤーさん。アレは馬よね?」
「ええ、馬です。でも、種族問わず若くて未経験の女の子が大好きなんです。好きが高じると魔法を勉強して、好きになった女の子と同じ種族に体を変えます。そして・・・処女が好きって噂通り、やり逃げします」
大人達は子供たちの耳を塞ぎたがったようだが、既に遅かった。
「え?つまり、ヤリモクのクソ男ってこと?」
マーテルの質問に、大人達はぎょっとする。
「そんな言葉、どこで覚えた!?マーテル!」
マーテルの父親が怒ったように言った。
「そういう男がいるんでしょう?おばさんたちに聞いたわ。顔が良くて、甘い言葉を言いまくる男にはとにかく気を付けろって。妊娠しても責任とるような男じゃないって」
マーテルの言葉に、父親は「うん・・・そうだな・・・」と困ったように呟く。マーテルの知識の多さに戸惑っているようだ。
「そう、ペガサスってのは正にヤリモクのクソ男だ。森の奥に引っ込んで番と子供を守っている奴もいるけど、こうやって森から出てきているオスはそういう輩が多い。ほら、自分の魅力を振りまいてる」
ペガサスを見ると、自分の美しい翼を揺すったり、鬣をふさふさと揺らしたりしながら、少女たちの方をチラチラと見ている。
「大人しい馬らしいんだけど・・・」
メイヤーの目は疑惑に満ちていた。
少女達は大人たちと一緒に一歩後ろに下がる。
「ええと・・・挨拶すれば、クソ男かどうかがわかるの?」
ジェナが困ったように聞いた。
ペガサスの噂を聞いても、やはりその美しさから目を離せないようだ。こういう少女が一番被害に遭いやすい。
「ええ、私と一緒にね。私は彼の好みじゃないから、ジェナちゃんと私でその対応を比べるの」
「あの、私も一緒に行ってもいいですか?」
「あ、私も」
ケイトとマーティンがそう言った。
「マーティンさんは駄目です。ペガサスはとにかく男嫌いで、近づくと噛みつかれます。ケイトさんは・・・もしかしたら嫌な思いをさせるかもしれません。あのペガサスがクソ男だった場合、ケイトさんや私のような女性をとても嫌がるんです」
「構いません。クソ男だとしたら、ジェナを一人じゃあ行かせられません。あなた、ここで待ってて」
ケイトはジェナに付き添って、ペガサスに近づいた。
ジェナが近づいてくるとわかると、ペガサスの様子が明らかに変わった。鼻息が荒くなり、首をブンブンと振っている。興奮しているようだ。
ケビンは一歩前に行きかけたが、タロルに止められた。タロルの手には魔法の杖が握られていた。
「よろしく、今日はお世話になります」
メイヤーがその体でジェナを隠して、ペガサスに挨拶した。
ペガサスはジェナが見えなくなり、忌々しそうにメイヤーを見た。
そして、唾を吐きかけた。
「ちょっと!!!」
「最悪!あの馬!!」
それを見た少女たちが怒りの声をあげた。
少女達はメイヤーの元へと走り、メイヤーとジェナ、ケイトを引っ張って、ペガサスから離れた。
ペガサスは物悲しそうな声をあげるが、少女たちがそれに同情することはもはや無かった。
「アレは駄目!あんな馬で行かないで!」
少女たち、村の大人たちの言葉は、ペガサスの馭者にも聞こえたようで、「すみませんでした、代わりの馬を用意します」と言って、空へと帰っていった。ペガサスは少女たちを名残惜しそうに見ながら、帰っていった。