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ジェナ 6

「・・・なんだって?」

 マーティンがこわばった顔でジェナを見る。ケイトも同様だ。

 「もう!そんなに嫌な顔しないでよ。金貨のお礼を言ってくるだけよ」

 ジェナはあっけらかんと笑いながら「そうよね?」とケビンを見上げる。

 「そうそう。服を直してやった妖精からお礼の手紙と、お茶会へのお誘いが来たんですよ。ほらこれ」

 ケビンの手には小さな可愛らしい手紙があった。本当に小さく、普通の手紙の5分の1ほどの大きさしかない。ケビンは落とさないように指でつまみ、そっと封を切る。

 手紙には魔法がかかっているようで、光る文字が飛び出してきて、音楽に合わせて踊り出した。

 『パッパース村の裁縫上手なジェナさんへ。お洋服直してくれて本当にありがとう。お礼をしたいです。よかったらマーリークサークルの妖精村へお茶をしに来ませんか?』

 可愛らしい声がそう言うと、光る文字は消えてしまった。(ちなみに文字はジェナには読めなかった。ケビンによると妖精文字という魔法文字の一つらしく、ケビンにも読めないらしい)

 「ちょっとお出掛けして、妖精さん達とお茶飲んでくるだけよ」

 「・・・魔界に行くってことだろう?」

 「そうよ」

 「駄目に決まってるだろうが!」

 マーティンはテーブルを叩いて怒鳴った。

 しかし、ジェナは臆すること無く父親の目を見る。

 「どうして?」

 「どうしてって・・・そんな危険なところに行かせられるか!」

 「危険はないわ。ケビンの家の近くなのよ」

 「それだって、魔界は魔界だ!」

 「いい加減にしてよ父さん!魔界だからってなんでもかんでも危険なわけないじゃない!ケビンもクレイもメーラもステア先生も、みんな元気に暮らしてるじゃない!」

 「それは彼らが魔法使いだからだ!お前は違う!」

 「ケビンが一緒に行ってちゃんと守ってくれるわ!そうでしょう?」

 「はい、ちゃんと守りますよ。それに、別にジェナ一人でおいでとは書かれていませんから、どうです?マーティンさん、ケイトさん?」

 「は?」

 マーティンとケイトは一瞬、質問の意味がわからず呆けた顔をする。 

 「ジェナが心配なら一緒に行きましょう。妖精達もジェナがご両親をつれてきてくれたら喜ぶと思います」

 ケビンはそう言っていたずらっぽく笑った。

 ジェナは挑むように両親を見る。

 「私、行くからね。心配だったら一緒に来て!」



 「・・・ということなんです。どうしたらいいんでしょう、マックスさん。ジェナは楽しそうに魔界行きの準備をしているし、友人達は応援しているし、妻も行くだけならいいじゃないなんて言い出すし、私にはもう、どうしたらいいやら・・・」

 マーティンはすがるような気持ちで、協会の聖職者であるマックスにこれまでのことをぶちまけた。

 今日は三ヶ月に一度の大説教の日である。

 教会のあるアルゴ村には、近隣の村からたくさんの人が集まっている。もちろんパッパース村からも。

 既に教会の時間は終わり、人々は教会の外に並んだたくさんの露店巡りを楽しんでいる。ジェナとケイトも今頃美味しいものでも買って食べているに違いない。

 しかし、マーティンはそんな気にはならなかった。ジェナが魔界へ行くと言い出してからずっと、なんとかしてそれを食い止めようと話をしているのだが、全く聞かない。それどころか、マーティンの味方が一人もいなくなってしまった。ケイトもジェナの兄のフランクも弟のショーンも「お茶しに行くだけならいいんじゃない?」「ケビンとメイヤーさんたちも一緒なら安全じゃない?」と言い出した。どうやらあの三人はクレイがお土産で持ってきてくれた果物の砂糖菓子が目当てのようで、こっそりとジェナにお金を渡して「アレを買ってきてくれ」と頼んでいたのを耳にしてしまった。

 「魔界ですか・・・時代が変わりつつありますねえ」

 マックスの呟きに、マーティンは思わずマックスを睨み付ける。

 「すみません。ですが、私たちが子供の頃は考えられなかったでしょう?魔界に行くなんて」

 「それはそうですが・・・そんなものは実現しなくてもいいんです!ここにいれば幸せじゃないですか!」

 マーティンは机をどんと叩く。

 「ここでなら好きなだけ裁縫もできる。俺たち家族もいる!どうして魔界や都会に行きたがるのか・・・マックスさん、あんたも子供ができたんだからわかるでしょう?」

 「ええ、わかります」

 マックスは隣にある揺りかごを見る。その中では、小さな赤ん坊が大きな目をぱっちりと開けて、マックスとマーティンを興味深そうに見ていた。

 「・・・あんまり泣かない子ですね」

 「そうでもありません、ビビの泣き声には私もミッシェルも疲れきっています」

 そう言いながら娘のビビアンをあやすマックスの顔は、とても優しげだ。ビビアンの足をくすぐると、可愛らしい笑い声があがる。赤ん坊特有の笑い声に、マーティンの胸のうちに懐かしさが込み上げる。

 「我が子を安全な場所で守りたいという気持ちは痛いほどわかります。でも、マーティンさん、それで良いんでしょうか?」

 「?どういう意味ですか?」

 「私たちは不老不死ではない。いずれ死にます。これは確実です。それはいつでしょう?ビビが成人したあとでしょうか?前でしょうか?」

 「・・・それは・・・」

 「明日、私が元気で生きている保証はありません。それは誰にもわからない。神は絶対に教えてくれません。私にも、あなたにも。そして、ここは本当に安全な場所でしょうか?今はそうだと胸を張っていえますが、この先は?」

 「・・・・・・」

 マックスはマーティンの顔をまっすぐに見る。

 「安全な場所が安全であり続ける保証はありません。私はビビアンを授かって、この子をどんな風に育てていけば良いか、毎日悩んでいます。できるだけこの子が傷つくことなく、健やかに育ってくれればとそれだけ願っていますが、願うだけでは叶わないことはよくわかっています。私の両親も私の安全を願ってくれました。事故で死ぬまでずっとです。ですが、二人が死んでから、私はとても苦労しました。両親はできるだけのことをしてくれていましたが、それでも手が届かないことはいくらでもあるんです。近くにいた人が、ある日突然変わってしまうことも・・・」

 「それは・・・」

 マーティンの言葉を、マックスは笑顔で途切れさせる。

 「私の話です。ですが、この世界では良くある話です。私は運が良かった。クレイ君のように道端に放り出されることはなかったのですから。きょうだいで力をあわせて生きていくことができました・・・しかし、兄は・・・私と弟を守るためだけに全てを捧げて・・・若くして死にました」

 「・・・・・・」

 「若い頃はこれは仕方ないことなのだと思っていました。親がいない子供が苦しい思いをするのは、仕方がないことだと・・・しかし、仕方がないで済ませる社会で私はビビを育てるつもりはありません。もし、今、私とミッシェルが死ぬことになっても、この子が私の兄のような目に合わないようにするつもりです。その為になら、私は魔界にでも行くでしょう」

 マックスはマーティンの目をまっすぐに見る。

 「ジェナちゃんと魔界へ行くべきです。できるのならそこで暮らしてみるのも良いと思います。一生そこにいることはない。いずれ、ここに戻ってくるのも良い。ジェナちゃんに選択肢をたくさん持たせるんです。もし、パッパース村で何かがあったとしても、安心して身を寄せられる場所があるのはとても良いことです。ジェナちゃんは将来有望な裁縫師なのでしょう?ならば、その道をとことん開いてあげてください」

 マックスの視線の強さに、マーティンはなにも言えなかった。マックスの視線の中には強い羨望があった。魔界で仕事を持てる可能性のあるジェナを、羨ましく思っているように見えた。

 「私もビビにそういう選択肢を持たせてやりたい。この子がどんな場所に行こうとも、問題なく食べていけるような技術を持たせてやりたいです。すみません、これは、私の願望です。マーティンさんのお考えとは違うと思いますが・・・できれば参考にしてください。私はあなたとジェナちゃんがとても羨ましいです」

 マックスの言葉にマーティンはなにも言えなかった。話を聞いてくれたことと助言に礼を言って教会を出る。

 教会の外には即席市場が広がり、沢山の人で賑わっていた。ほとんどが顔見知りで、マーティンが近くに来ると笑顔で挨拶をしてくれる。

 マーティンはこの場所が、この世界で最も安全であると知っている。住み慣れた場所であり、沢山の知人と友人に囲まれている。マーティンにとっても、ケイトにとっても、子供たちにとってもここが一番安全な場所なのだ。

 (でも、違うのか?ここも、もしかしたら変わるのか?)

 マーティンは市場を見回す。

 マーティンの子供の頃から、確かに変わったものもある。露店の店主は世代交代し、そこに新しい家族が加わる。引っ越した人もいれば、新しく来た人もいる。

 しかし、マックスやクレイが経験したような事になっている人はいない。いないはずだ。マーティンが知る限り・・・

 「お父さん!こっち!」

 ジェナの声がした。見ると、ケイトもいる。マーテルとその他のジェナの友人たちもいた。

 皆、笑顔でマーティンに手をふっている。

 子供たちは楽しそうだ。ケイトもだ。

 ここにいる人々は、この場所が好きなはずだ。暮らしは楽ではないが、そこまで辛くもない。

 (・・・何処へ行っても、ジェナはここに戻ってくるだろう・・・それなら、いいか・・・都へ行っても)

 ふと、そう思った。

 きっとそうだ。ジェナはここが大好きだから、絶対に戻ってくる。遠くで楽しいことを見つけても、たとえ辛いことがあったとしても戻ってくる。

 それだけは、確かだ。

 

 

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