ジェナ 3
「あらあら、いらっしゃい、マーティンさん、ケイトさん。ジェナちゃんも。さあ、入って!」
店を兄夫婦に任せて、マーティン、ケイト、ジェナはメイヤーとタロルの住む古城へとやって来た。
以前は廃墟のようだった城は、綺麗に建て直されている。ただ、外壁の汚れは如何ともし難いのか、汚れたままだ。おまけに、古城の周りに蝙蝠が飛び回っているお陰で、不気味さが加わってしまっている。
しかし、中に入ってみれば、天井も壁も床も磨いたように綺麗だ。壁には宗教画が描かれ、廊下には花が生けられ、あちこちの壁に美しい絵画やタペストリーが飾られている。
メイヤーさんはマーティンたちを客間へと通してくれた。お菓子とお茶が用意されたテーブルにジェナが「わあい!」と喜びの声をあげる。
「どうぞ、お座りになってくださいな。このお茶、ジェナちゃんが大好きなものなんですよ」
「あらあら、いつもご馳走になって・・・」
「ありがとうございます。こんなにしていただいて」
「まあ、そんなことありません。ジェナちゃんはいつも楽しくおしゃべりしてくれて、私たちジェナちゃんたちが来てくれるのが楽しみなんですよ」
メイヤーの言葉に、ジェナは嬉しそうに微笑む。
「それで、今日は妖精についてでしたね。妖精のお針子に選ばれるなんてすごいことなんですよ。妖精は服に関してはすごく厳しくて、腕のある裁縫師さんでも、気に入らなければ頼んだりしないんです」
「でも、私、破れを直しただけなのよ。新しく作ったわけでもないのに、どうしてかしらって思ったの」
「きっと、綺麗に直っていたのが嬉しかったのよ。メーラによると50年近く裁縫師さんがいなかったらしいから。それに、妖精の服に使われている糸って特殊でしょう?それにあわせた針もちょっと違うし。難しくなかった?」
ジェナは「難しかった」と頷いた。
「糸はスッゴク細くて、簡単にちぎれそうだけど全然ちぎれないの。専用の針は、何かの骨を利用しているらしくて、ぐにゃぐにゃしなるのよ。最初は慣れるのが大変だったわ」
「そうなのよ。糸はとある魔物の吐き出す糸が原料なの。針はソーンっていう小さな魚の骨を使うの。私も一度使ってみたことがあるけど、難しいのよねえ。それに、小さいし」
「そうなの、服を直していると寄り目になりそうだったわ」
「そうね、妖精のお針子さんはそう言う意味でも大変なの。妖精さんたちってお洒落にすごく敏感だから、仕事は沢山もらえるんだけど、逆に仕事がありすぎて過労で倒れちゃったお針子さんもいるみたい」
「え、そうなの?」
ジェナが不安そうな顔になる。
ケイトがここぞとばかりに質問する。
「50年お針子さんがいなかったというのも、それに関係があるんですか?」
「詳しいことはわかりませんけど、魔界の中でも妖精のお針子さんっていう職業は入れ替わりが激しいと言われているものなんです。その理由のひとつが、過労ですね。あとは、デザインの好みの問題で揉めたりとか、人気のお針子さんを巡って妖精たちが大喧嘩したりとか・・・」
「・・・妖精さんって、もしかして、ワガママ?」
ジェナの言葉に、メイヤーが苦笑する。
「ええ、魔界で一番のワガママのお洒落さんと言えば妖精です。もう、すっごくワガママ。自分カラーを持っていて、服はこだわり抜いたオーダーメイド。バックや靴、アクセサリーにも一切手を抜かずこだわり倒すある意味デザイナー泣かせの人たちなの。メーラも手紙で言ってたわ。他人の都合を考えない奴だって」
ジェナの顔がますます不安げに陰っていく。
これは、案外、自分で行くのを諦めるかもしれないとマーティンとケイトが思い始めたとき、扉が開く音がして「ただいまー」と声がした。
「ケビン!?」
ジェナは飛び上がり、部屋を飛び出した。