ジェナ 2
その日の夜、子供たちが寝静まったあと、マーティンとケイトは顔をつきあわせて話をした。
「どうする?」
「どうするったって・・・」
お互いの顔色は悪い。
どうすべきかはわかっている。魔界になんて行かせられない。行かせるならば都だ。
「でも、都だぞ?魔物はいないけど、魔物よりも厄介な人種がいるようなところだぞ?」
「まあねえ・・・ケビンが一緒の魔界の方が安全かしら?」
「そんなわけあるか!」
マーティンがテーブルを叩く。酒の入ったグラスがガシャンと音を立てる。
二人は黙りこむ。
マーティンとケイトは、3人の子供に恵まれた。一番上のフランクは既に結婚相手も決まり、家業である商店を任せられるまでに育ってくれた。二番目の子供であるジェナは、昔から裁縫が得意だった。今では家族全員の衣服を作ってくれるまでに腕を磨いている。ゆくゆくはお針子組合に入れるだろうと思っていた。今は従業員が多いが、そのうち、必ず席は空き、ジェナがその一員となるのだと、マーティンたちだけでなく組合員の何人かもそう考えてくれている。
ジェナにはしばらく家業を手伝ってもらったり、アルバイトに出てもらって、その時期が来るのを待っていてもらうはずだった。
しかし、予想もつかないことがあれこれと起きはじめた。
「吸血鬼が来たときから、何かが変わるかもしれないとは思っていたけど・・・」
「・・・・・・」
良くも悪くも平坦な田舎の村。
村人の一生は、だいたい予想の範囲内で収まるものだ。妄想を膨らませても、物語のような出来事が起こるはずもない。
しかし、この村にはそれが起こってしまった。
「うう・・・あいつらさえ来なかったら・・・」
「父ちゃん」
ケイトの諌める言葉には、少しばかりの苦笑も混じっていた。
そんなこと考えることがどれだけ馬鹿馬鹿しいかは、マーティンも理解している。ステアとクレイ、そして、メイヤー、タロル、メーラ。魔法を使える吸血鬼たちがこの村に来て以来、少しずつ変化が起きはじめた。
子供たちが魔法を習いはじめ、農業には魔法の力が少しだけ使われはじめた。マーテルの家を始めとする花農家たちは今や、この村一番の稼ぎ頭になりつつある。
魔法が身近に存在するようになって、魔界の距離がぐっと近くなった。既に、魔界の学校に通う子供が現実にいて、魔界の情報が子供たちの間で共有されている。
パッパース村の子供たちは、新しい選択肢を手に入れたのだ。
マーティンたちが知らない、見たことも経験したこともない選択肢だ。
「くそう・・・知らないってのは怖いなあ・・・」
「そうだねえ・・・でも、知ってる人を知ってるし。メイヤーさんたちは信用できるよ」
「そうだな・・・とりあえず、話を聞きに行くか」
マーティンとケイトは顔を見合わせて頷いた。