ジェナ 1
『魔法使いの弟子2 魔法も人生も修業中』の37話以降のお話になります。ジェナ編です。
学校が終わり、ジェナは友人たちと一緒に村の道を歩いていた。
寒い北風が吹き、子供たちは身を寄せあって家路を急ぐ。
「寒いわ!」
「早く暖かくならないかなあ・・・」
「でも、そしたら卒業になっちゃう・・・」
ジェナとマーテルは少し寂しそうに空を見上げる。年下の友人たちも、しんみりとした顔つきになる。
村の子供たちは少ない。
みんな、赤ちゃんの頃からの付き合いだ。学校を卒業すれば、これまでのように決まった時間に顔を合わせることも少なくなるだろう。同じ村で暮らすとは言え、寂しいものがある。
「ジェナ姉ちゃんは都に行くんだもんね」
「いいなあ、羨ましい」
「まだ、決まってないけどね。まずは授業料稼がなきゃ」
ジェナのやる気に満ちた声に、子供たちは笑顔になる。
私も都に行きたい、私はこういう仕事がしたいと、未来を楽しみにする声が上がる。
将来の夢を語る仲間たちの表情は、生き生きとしていて、寒ささえ吹き飛ばしてしまいそうだ。
しかし、やはり寒さには勝てない。
一番近いジェナの家に駆け込み、みんなで温かいお茶を飲むことにした。
「ん?なんの音?」
クッキーをつまんでいたマーテルが耳をすます。
コツコツと何かを叩く音がする。
窓をみるとフクロウがいた。フクロウ便のフクロウだ。足に手紙を巻いている。
「あ!手紙だ!クレイから?」
「ケビンかもよ!」
ジェナは窓を開けて、寒さに震えるフクロウを部屋にいれてあげる。フクロウは「助かった・・・」と呟き、よたよたと暖炉の側に近づく。
「フクロウさん、お茶飲む?」
「ああ、いただきます。ありがとう」
暖炉のぬくもりにうっとりと目を細めながら、フクロウは頷いた。
手紙はクレイからだった。
「珍しいわね、なにかしら?」
クレイとはつい先日別れたばかり。手紙が来るにしても早すぎる気がした。
「きっと妖精の服についてだわ。お礼の手紙かも!」
ジェナはワクワクしながら封を切った。
冬休みの間に、ジェナはケビンから頼まれて、妖精の服の破れを繕った。黄色の可愛らしいワンピースだった。
服の持ち主は、金色の髪に緑の目をした、トンボの羽をもつ妖精らしい。きっとものすごく可愛いに違いない。
「いいよね、ケビン。私も妖精に会ってみたい」
「何人くらいいるんだろうね?」
「フクロウさん、知ってる?」
フクロウはこてんと首をかしげて、「妖精とはあんまり会わないからなあ」と呟いた。
ジェナは手紙を読み進める。
「あ、やっぱり。服は気に入ってくれたみたい。へえ、妖精金貨っていうのをくれるんだって。ええと・・・?え、ええ!!」
ジェナがすっとんきょうな声をあげる。
友人たちがなんだなんだ?と、手紙を覗き込む。
「妖精専門のお針子になってくれないかって!私に魔界に来て欲しいって!」
ジェナの言葉を聞いて、マーテルたちも驚きの声をあげた。
その日の夕食の後、ジェナは両親にクレイからの手紙を見せた。
「すごいでしょう!私に仕事の依頼が来たのよ!妖精専門のお針子さんだって。妖精さんたち、お針子さんがいなくて困ってるらしいの!メーラによれば、給料的にもすごく条件が良いんだって!」
興奮して話をするジェナをみて、ジェナの父親のマーティンと母親のケイトは困惑した顔でお互いの顔を見つめた。
「ジェナ?あんた、まさか、行きたいの?」
ケイトが恐る恐るといった様子で、そう聞いてきた。
「母さんのいいたいことはわかるわ。魔界に行くのは怖いけど・・・クレイとメーラは楽しいって言ってるし、それに、ケビンもいるし・・・」
ジェナは少しだけ頬を染めてそう言った。
ケイトがとマーティンはしまった!と天を仰ぐ。
ジェナがケビンに恋心を抱いているのは知っている。知らない村人がいる方が少ないだろう。ケビンが魔界に行ってジェナが寂しがっているのも知っていた。
だからといってジェナ自身が魔界に行くと言い出すことは絶対に無いと思っていた。
村からほとんどでたことの無い子だ。都にすら足を運んだことはない。裁縫の勉強をしに都に行きたいと言ってはいるが、いざ、行くとなれば絶対に不安を抱き、尻込みするのがジェナだ。
魔界に行くなど考えることすらないと踏んでいた。
しかし、恋心はこんなにも彼女に無謀さを与えてしまうものなのか・・・
ジェナはキラキラした目で、魔界へ行って妖精の服を作ることを語っている。
「一人じゃないってすごく心強いわよね。都だと頼れる人はいないけど、魔界にならいるもの。クレイもメーラもケビンも魔法が使えるし、ステア先生は頼りになるし、すごく安心だと思わない?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ケイトがマーティンの顔を見ると、マーティンは真っ青な顔で娘の様子を見ていた。
ここで、魔界に行くのを反対するのは簡単だ。ジェナもすぐにわかってくれると思う。
しかし、魔界には行かせたくはないが、都にだって行かせたくはない。ジェナがアルバイトで学費を稼ごうとしている間に、マーティンとケイトは都行きを諦めさせようと考えていたのだ。
しかし、魔界行きを諦めさせた後に、都行きを諦めさせるのは難しい。いくらなんでもそれは酷いと、ジェナは思うだろう。そんなことをすれば、ジェナは魔界行きを決めてしまうかもしれない。なにせ、魔界にはジェナを待っているお客と、頼りになる人がいるのだから。
「・・・ジェナ、いきなり魔界に行きたいなんて言われても、賛成できないわ」
ケイトが固い声でそう言うと、ジェナは「わかってるわ」と頷いた。
「私もこの手紙だけじゃあわからないことがいっぱいあるもの。だからね、今度メイヤーさんたちに話を聞きに行かない?約束は私が取り付けるわ。妖精さんたちがどんな人たちで、もし、私が魔界に行くとなったらどんなところに住むのか、とか・・・ケビンと一緒に住めたら一番良いんだけどなあ・・・」
ジェナの顔が緩んでしまっている。
ケビンと一緒に暮らす妄想で、頭の中が薔薇色になっているに違いない。
「そうだな、とりあえず話を聞きに行こう・・・」
マーティンが覇気の無い声でそう言った。
ジェナは笑顔でおやすみを言って、自分の部屋に消えていった。