00047話「移動は屋根が楽」
コレットの家へ向かうため、屋根を伝って駆けていく。
眼下の夜に眠った街は、いよいよ目を覚まし始めていた。
ゴブリンたちは闇の中を蠢き、人々を襲って回っている。ただやはり偏りがあるようだ。
明かりの点いた家や、食事の準備をしているところが襲われやすいようである。そして不用意に外へ出た住人も。
仕留めた人間を奪い合い、魔物同士でも争いを始める。まさに地獄絵図だ。
喧噪に混じり、複数の個所から銃声が聴こえてきた。
ガムアたちとは異なる傭兵団も動き出しているらしい。
「くそっ、あちこちで戦闘が始まってるな。」
魔導銃があれば確かにゴブリンを倒すことは可能だろう。
しかし一人が一度に相手にできるのは精々2~3体程度。それ以上の数で攻められればひとたまりもない。
そして魔導銃は奪われ、今度は人類側に牙を剥くことになる。
「とにかく、今は急がないと。」
嫌な考えを振り払い、脚に力を込める。
屋根のうねる波を飛び越え、真っすぐコレットの家を目指す。
途中何度かゴブリンたちに見つかったが、さすがに屋根の上までは登ってこれないようだ。
地面を追いかけてくる魔物を振り切り、コレットの家へ到着した。
「扉が壊されてる!」
立ち止まっている暇などない。
身体全体を魔力で強化し、まだ一部が残っていた扉を体当たりでぶち破って中に飛び込んだ。
――3体!
姿を確認した魔物へ向かって剣を振るい、触手で突き刺す。断末魔を上げる間すらなく、魔物たちは倒れた。
不意を突いた一撃で制圧はあっけなく完了した。家の中に魔物の気配はもう無く、シンと静まり返っている。
魔物の数が少なかったのは、夜食を作ったりはしていなかったからだろう。
だが、魔物の死体の周りには食い散らかされた保存食や野菜などが散乱している。ずいぶん隙だらけだと思ったが、これらを熱心に貪っていたようだ。
この食料の匂いを嗅ぎつけた・・・・・・とは思えないし、偶然この家に入り込んで荒らしたのだろうか。
思考を巡らせながら家の中を見渡すが、コレットの姿は見えない。
「コレットちゃん、居る?」
彼女の名を呼び、魔力を探りながら家の中を歩く。
「・・・・・・ここか? 床下収納?」
床にあった扉を開く。
「「きゃあああああああ!!」」
その瞬間、床下収納の中でうずくまっていた二人が悲鳴を上げた。コレットと彼女の母親だ。
二人はしっかりと抱き合い、固く目を閉じて震えている。
俺は二人の無事に安堵しつつ声を掛けた。
「コレットちゃん、大丈夫?」
「ひぃっ・・・・・・!」
しかし二人は恐怖に囚われ、まだ状況を理解できていないようだ。
「えーと・・・・・・コレットちゃん?」
「ひっ!」
取り付く島もない。
二人が落ち着くまでそのまま待ってみる。
「あ、あれ・・・・・・?」
二人がうっすらと目を開き――
「「ひぃあああああああああ!!!」」
俺の姿を見て、二人は揃って悲鳴を上げた。
「ど、どうしたのコレットちゃん。」
その言葉と同時に、自分の恰好に気が付く。
ガッツリと返り血で染まってしまっている。今さっきの戦闘で付着したものだ。
いつもは返り血を浴びればさっさと洗浄魔法で綺麗にしていたのだが、今回ばかりは俺も相当焦っていたらしい。
魔法で返り血を落とし、もう一度二人が落ち着くのを待った――。
「ア・・・・・・アリスちゃん?」
「そうだよ。無事でよかった。」
「ど、どうして・・・・・・?」
「コレットちゃんが心配で様子を見に来たんだよ。間に合ってよかった。」
「そ、そうだ・・・・・・ま、魔物、が・・・・・・っ。」
「倒したから大丈夫だよ。ほら、そこから出よう?」
手を差し出すが、二人は掴もうとせず首をかしげていると――
「ま、待ってアリスちゃん。私たち、腰が抜けて動けないの・・・・・・。」
なんとか二人を落ち着かせ、状況を教えてもらう。
二人は警報の音で目覚めた後、一階に下りてきて一緒に過ごしていたらしい。
夜食なども作らず、二人で身を寄せ合って警報音にも慣れたころ、扉をガンガンと叩く音やガリガリと引っ掻く音が聞こえてきた。
どれも人間の出すような音ではなく、異常事態を悟ったコレットの母は咄嗟に床下収納の中身を放り出し、そこに隠れたのだそうだ。
その中身というのが、魔物たちが食い散らかしていた食料品類である。結果的に、それらが囮となったことが功を奏したのだろう。
一通り話を聞き終わる頃には、二人とも動ける程度には回復したようだ。
「それじゃあ、そろそろ行こうかコレットちゃん。コレットちゃんのお母さんも。」
「い、行く・・・・・・? 外へ? そ、外は危ない・・・・・・よ?」
「危険なのはここも変わらないでしょ? 現にさっきまで襲われてたし。」
「ひぅ・・・・・・っ。」
魔物の死体が転がる方から目を逸らし、ビクリと肩を竦めるコレット。
「実はカレンさんたちと、博物館で合流することになってるんだよ。」
「は、博物館・・・・・・?」
「あそこなら頑丈だし、人もたくさん入れるからね。傭兵団の人も集まってるし、ここよりは安全なはずだよ。」
「で、でも・・・・・・。」
もじもじとするコレットに代わり、彼女の母が口を開く。
「けれど、博物館まではどうやって行くのかしら? ここからだと結構距離があるでしょう? 道中も危険なんじゃ・・・・・・。」
「大丈夫ですよ。二人くらいなら”持って”行けますから。」
「も、”持って”? どういう――」
有無を言わさず、二人を触手で持ち上げる。
きちんと説明したいところだが、今は時間が無い。
こうして会話している間にも、少しずつ周囲の魔物の数が増えてきているのを感じ取っているからだ。
「ひぃ・・・・・・っ。」
「な、何なのこれ!?」
「私の魔法なので安心してください。舌を噛まないように気を付けてくださいね。」
二人を触手で縛り上げたまま外へ飛び出し、一気に屋根へと駆け上がる。
「それでは、行きますね。」
「ちょ、待っ――」
魔力を込め、屋根を蹴り、今度は空へと翔け上がった。
「「ひゃああああああああああ!!!」」




