00043話「一日は終わり。また始まる。」
「また明日ね、二人とも!」
マレルに見送られながら、閉店準備を終えた定食屋を後にした。
帰り道は静かながらも、時折まだ開いている酒場の喧噪を風が運んでくる。
心地よい夜風に身を預けながら歩いていると、隣に並んでいたカレンがバツが悪そうに呟いた。
「あー・・・・・・その、悪かったな。大会行かなくて。」
マレルに沢山お説教をされたお陰で、まだ気にしているようだ。
まぁ、そのお説教の半分は彼女の父親への恨み言なのだろうが。
「今度の大会はアタシも行くからよ。」
「次の大会は一ヶ月後の王国大会ですけど・・・・・・大丈夫ですか? 王都で行われるので、一~二週間は戻って来られないですよ?」
「はぁ? 王都だって!? さすがにそんなとこまで行ける金はねえぞ・・・・・・?」
この時代でも一般人が外を旅するにはお金が掛かる。
昔より強いゴブリンが人間から奪った魔道銃で武装しているため、外はさらに危険になっているのだ。
その危険度の分が護衛料に反映されているので、戦えない一般人が旅行するハードルはむしろ昔より上がっているという訳である。
「その辺りは大会を支援している商会がお金を出してくれるそうですよ。ここのテルナ商会とか。」
王都への送迎や宿について、大会後に聞いた説明をカレンにすると、納得してくれたようだ。
「そ、そんなスゲェ大会だったのか・・・・・・。」
「凄くはありませんけど・・・・・・伝統的ではありますね。」
転生者が現れた時期は凄いものが見れるかもしれないけど、と心の中で捕捉する。
まぁ、それ以外は蟻の行列でも眺めてた方が迫力があるだろうけど。
「・・・・・・分かった。なら、明日にでもマレルに伝えておくぜ。」
「でも大丈夫ですか? 長期間休むことになると思いますけど・・・・・・。」
「アタシにあれだけ説教くれやがったんだ。ダメとは言わせねーよ。」
ニヤリと口角を上げるカレン。
明日はマレルにしっかりと仕返しするつもりのようだ。
「ほどほどにして下さいね・・・・・・。」
そんな会話を続けながら歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
これでようやく一息つくことができそうだ。今日は長い一日だったな。
気付けばこの場所もすっかり落ち着ける場所になっていたみたいだ。
「ふぁ~っ。それじゃ、アタシはもう寝るぜ。お前も早く寝ろよ。」
「また湯浴みしないんですか?」
そう尋ねると、カレンは自分をクンクンと嗅ぎ――
「まだ大丈夫だろ。」
カレンはそう言ってさっさと自室に籠ってしまった。
強がってはいるが、まだ慣れていない仕事で疲れているようだ。兵隊業と接客業じゃ勝手が随分違うだろうしな。
仕方ない、また彼女が寝静まった頃にこっそり浄化の魔法を掛けておこう。
「さて・・・・・・私はゆっくりシャワーでも浴びますかね。」
電話ボックスよりも少し大きい程度の浴室には、壁に備え付けられたシャワーノズルがポツンと一つだけある。
引っ越し前に住んでいた集合住宅のものより少し古い型らしいが、使い勝手は変わらない。
壁のパネルを操作すると、勢いよくお湯が流れ出してくる。
一通り身体を洗い流したあと、魔法でお湯を操作して集めていく。
集めたお湯を湯舟代わりに身体を立ったまま浸す。
「やっぱ湯舟が無いと不便だなぁ。」
やはり足を伸ばしてゆっくりと浸かりたいところだ。
まぁ、今も足は伸びたままなのだが。
「ふぅ~。魔法で体は綺麗に出来るけど、やっぱりこっちの方がサッパリするな。」
浴室から出たあとは、冷たい水を喉に流し込んでから自室へと戻る。
自室に入ると、自室内に作った作業部屋の扉が目に入る。
「あ、そういや今日はアレ触ってなかったなぁ・・・・・・。ま、急ぐものでも無いし、明日でも良いか。今日は流石に寝よう。」
重くなってきた瞼と体を引きずるように動かしベッドに飛び込むと、すぐに意識が落ちていった。
*****
ウゥ~~~!! ウゥ~~~!!
けたたましい音に身体が反応し、慌てて飛び起きる。
「な、何だこの音!? 外で何か鳴ってるのか・・・・・・?」
窓の外に目を向けると何かの光がチカチカと明滅し、夜に沈んだ街を照らしている。
「って、まだ夜中じゃん・・・・・・近所迷惑な。」
時間にすると、ちょうど日付が変わった辺りだろうか。
もう一度眠るにしても外がこの有様では、とてもじゃないが寝ていられない。
ため息を吐きながらベッドから這い出してリビングへ顔を出すと、カレンがげんなりとした表情で机に突っ伏していた。
「よォ・・・・・・お前も起きたのか。」
「まぁ、これだけ騒がしいと・・・・・・。」
「そりゃそうか・・・・・・せっかく人が気持ち良く寝てたってのによ、魔物のヤツらめ。」
「魔物ってどういうことですか?」
「あぁ、この音は魔物が街の近くに出た時の警報だ。最後に聴いたのはアタシが小っせえ頃だったけど。」
カレンの幼い頃、というと十年ほど前だろうか。
しかしカレンに慌てている様子は無い。
「そうなんですか? でも、その割には落ち着いてますね。」
「昔はしょっちゅう鳴ってたしな。これもその内止むだろ。つか、さっさと止んでくれ・・・・・・。」
そう言ってまた机に突っ伏してしまった。
だが、カレンの言葉とは裏腹に――
「まだ止まりませんね、警報。」
俺が飛び起きてから一時間以上は経っただろうか。警報は未だに鳴り止んでいない。
警報が鳴り始めた当初こそ迷惑そうなだったカレンの表情は、いつの間にか険しいものに変わっていた。
「あぁ。何やってんだかな・・・・・・防衛隊のヤツら。」
カレンがボソリと呟いた。
また長い一日が始まりそうな予感がした。




