00013話「世代交代」
「冒険者ギルドを・・・・・・潰した?」
「結果的に潰れてしまった、と言った方が正しいかの。」
やはりか、とお爺さんに悟られないよう小さく溜め息を吐く。
真実はどうあれ、俺にとっては”冒険者ギルドが無くなってしまった”という事実は変わらないのだ。
思考を切り替え、再びお爺さんに尋ねる。
「冒険者ギルドはどうして潰れてしまったんですか?」
「切っ掛けは数百年前、いくつかの国が冒険者ギルドへの補助金を一斉に打ち切ったことから始まったのじゃのじゃ。」
そういえばレンシアから、冒険者ギルドの運営は基本的に赤字だと聞いたことがあったような・・・・・・。
そもそも黒字経営だったら国からの補助金なんて必要無いしな。
「そんなことをしたら冒険者ギルドの経営が・・・・・・。」
「うむ、成り立たなくなっておったじゃろうな。じゃが冒険者ギルドの方が上手じゃったらしい。」
「それってどういう事ですか?」
「補助金打ち切りの布告があった翌日には、それらの国から冒険者ギルドが忽然と消えたそうなのじゃ。おいそれとは信じられんが、元ギルド職員や元冒険者の残した手記にはそう書かれておる。」
まぁ、魔女たちならそれくらいはやってのけそうだ。
各国の王城には魔女が派遣されていたし、スパイを手駒に加えているようなのも居たから、事前にその情報を得るのも苦ではなかっただろう。
「それからどうなったんですか?」
「そうじゃの――」
元冒険者たちは国の臨時騎士として雇われるか、他所の国へ行くか、傭兵団に所属するか、の三択だったらしい。中には戦闘を生業とした職業から退く者もいたようだが。
元ギルド職員たちは他の職に就く者が大半だったが、新しく結成された傭兵団の事務方になった者もおり、それが今日の傭兵団の前身となっているそう。
そして、冒険者ギルドの無くなった国は魔物退治に奔走することになった。
備えていた騎士だけでは数が足りず、元冒険者や傭兵団を臨時騎士として雇ったが、あまり数は揃わなかったそうだ。
傭兵団からは割の合わない仕事と見限られ、自由な冒険者は既に他所へ旅立ってしまった後だったのである。
残ったのが何らかの理由があってその地を離れられなかった元冒険者。当然士気は低い。
だが、元々低ランクだった者には武具や食料の支給は有難かったようだ。冒険者なら本来自費で揃えるものだしな。
正騎士と臨時騎士との間に軋轢があったりで魔物の討伐も上手くいかず、初めのうちは犠牲者も多かったものの、次第に落ち着いていった。
しかし、出兵費用が嵩みに嵩んでしまい、結局は冒険者ギルドに補助金を出すより高くついてしまったのだ。
「なるほど。でもそれならすぐに補助金を戻せば良かったのでは?」
「補助金の大幅な上乗せなども含めてそれを試みたようじゃが、冒険者ギルド側は頑なに首を縦に振らんかったのじゃ。」
国民たちからは総バッシング。冒険者ギルドが無いことの被害は国民がモロに被るのだから当然だろう。
そして冒険者ギルドについて語ることをこの国は禁じたのだ。その名残で、この国に残っている当時の資料には冒険者ギルドについての記述が残っていないのである。
今は禁じられていないが、そもそも知る人間が殆ど居ないので語られることはない。
まぁ、それは他の国にとっても同様である。
この時代に生きる彼らにとっては、大昔に全国展開していたお店が潰れました、って程度の話なのだ。
大半の人間にとっては「ふーん、あっそ。」で終わってしまうのである。
「心情的には分かりますけど、冒険者ギルドにとってはあまり良くない選択ですよね。」
冒険者ギルドの強みは何と言っても大陸全土に展開していることだ。
ムカつくからと補助金増額の話を蹴ってまで、冒険者ギルドを建て直さないってのはあまりにも短絡的過ぎる。魔女たちだったら限界まで補助金を搾り取りそうだが。
「むしろ補助金打ち切り以降、冒険者ギルドは自身にとって良くない行動ばかりを起こしておる。」
「というと?」
「有望な冒険者たちに傭兵団を結成するよう促したり、その傭兵団に依頼を回したりの。これも書面や依頼書がいくつも残っとる。」
「それって商売敵を増やすどころか、育ててますよね・・・・・・。」
敵に塩を送るついでに、食料や武具までせっせと送りつけてる感じだ。
そりゃあ潰れもするだろう。
「冒険者ギルドは何者かに乗っ取られたのではないか、とする説が濃厚じゃの。」
「つまり、補助金停止で弱ったところを誰かに乗っ取られて潰された、と・・・・・・。」
「うむ。」
いやそれはあり得ない。
数百年、下手したらこの時代でも各国を裏で脅しているようなのが冒険者ギルドの元締めなのだ。
乗っ取るにしても、あの魔女たちをどうにかしなきゃいけないのである。土台無理な話だろう。
それを踏まえれば、冒険者ギルドは自らの手で解体した、というのがおそらく正しい。
傭兵団を発足させて依頼を回していたのも、後任を育てるためだ。
冒険者ギルドがいきなり無くなれば、魔物の被害が大きくなって混乱は必至だからな。
撤退や引継ぎの手際が良かったのは、以前から冒険者ギルドを終わらせるためのシナリオをいくつか思い描いていたからだろう。
そこへ補助金が打ち切られてそれに乗っかった・・・・・・いや、それすら知っていて利用した可能性の方が高そうだ。
まぁ、これは内情を知っているから出せる答えなんだけど。
では冒険者ギルドを潰した理由はとなると・・・・・・当人に聞くしかないな。
大方”面倒になった”とかの理由だと思うけど・・・・・・いや、”必要なくなった”か?
必要ならば補助金が打ち切られようが存続させているはずである。それだけの力も持っている。魔女たちにとっては補助金も”あったら少し楽できる”程度のものだったはず。
それでも冒険者ギルドを潰したということは、やはり必要無くなったのだ。
現に、この時代の警備隊や傭兵団が人類の生存圏を守り通せていることがその証左である。
・・・・・・今の時点で分かるのはこれくらいか。
「長々とお話ありがとうございました。」
「構わんよ。お嬢ちゃんが高等学校に上がればもっと楽しい話が出来そうじゃのう。その時は是非とも儂の授業を受けておくれよ。」
なるほど。このお爺さんは学校の先生だったのか。道理で詳しいはずだ。
でも流石にそこまでこの時代に長居するつもりはない。
「とはいえ、やっぱ冒険者ギルドは当てにならなかったか・・・・・・。」
冒険者ギルドには思い入れがあるだけに、俺にとっては重い事実だ。
元の時代との繋がりを一つ断たれてしまった・・・・・・そんな気分。
でも落ち込んではいられない。その分帰還が遅くなってしまうのだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は図書館を後にした。




