00006話「ようじょになる」
ガムア隊長によると、俺の扱いについては翌日に答えが出されるようだ。
陽が落ちてきたこともあり、俺は基地に泊まらせてもらえることになった。
「ほら、この部屋を使えってよ。」
カレンに案内された部屋はかなり狭く、やや小さめのベッドと机しかない。
本当に寝泊りするだけの部屋のようだ。それでも野宿するよりはマシだろう。
「アタシもこっちの部屋で泊まることになったから、何かあったら呼びな。」
「はい、よろしくお願いします。」
向かい側の部屋に入っていくカレンを見届け、俺も部屋の中へ足を踏み入れた。
先ほどまでは廊下の灯りが部屋に差し込んでいたため感じなかったが、扉を閉めると結構うす暗い。
しかし、明かりを点けようと部屋を見渡してもランプが見つからなかった。
「・・・・・・もしかして、天井のアレか?」
天井に何やら丸いガラス球のような魔道具が設置されているが、手を伸ばしただけでは届きそうにない。
触手を使えば届きそうではあるが・・・・・・。
「ん、こっちのは何だ?」
俺が入ってきた扉のすぐ隣の壁に小さな板が貼り付けられている。
地球人の感覚で言えば、ちょうど電灯のスイッチがある場所だ。
まさかと思い板に触れてみると、部屋の中がパッと光で満たされた。
「タッチパネル・・・・・・マジか。」
魔道具であることは間違いなさそうだが、魔法陣が見えないよう設置されているので解析するのは無理そうだ。
やはり文明はかなり発達しているらしい。
「そうだ・・・・・・やっと落ち着けたし、レンシアに連絡を取ってみるか。」
この時代が俺の居た現代よりも先の未来であるなら、当然レンシアも存在するはずだ。
彼女に頼めば保護してもらうことも出来るだろう。訓練生がどうのとかいう話も必要無くなる。
ベッドにダイブして寝転がり、胸元からペンダント型のデバイスを取り出して”メニュー”を起動した。
「あれ、何で繋がってないんだ?」
通信状態を表すアイコンが全く繋がっていないことを示している。
デバイスを振ったりしてみても表示は全く変わらない。
「壊れ・・・・・・てはないな。」
インベントリなどのオフラインで使える機能は問題なく動くが、通信を必要とする機能は軒並みダメなようだ。
色々と弄っていると小さなウィンドウが現れ、メッセージが表示される。
<本体をアップデートしてください。>
・・・・・・未来過ぎた!!
どうやら使っているデバイス自体を新しいものに変えなければならないようだ。
文明の進み具合から見ても俺の居た時代から100年以上先の未来だろうし、それだけ年月が経っていれば規格が刷新されていてもおかしくはない。
つまり・・・・・・俺の行く末は早くも暗礁に乗り上げたらしい。
「はぁ・・・・・・この先どうするか。」
当面の目標はまずレンシアかドクに会う事だろう。
彼女らに接触出来れば現代へ戻る手立ても見つかるはずだ。
その為にはまずレンシアの街へ行くことが最優先・・・・・・なのだが、ちゃんと残ってるよな?
現在地すら分かっていないからその辺りから調べる必要もあるだろう。
この規模の街なら、図書館やそれに類するものがあるかもしれない。
レンシアの街が存在していればそこへ向かって移動することになるだろうが・・・・・・それが一番面倒そうだな。
移動自体はトラックを使えば良いが、問題は幼女の一人旅だということだ。
カレンたちのような警備隊に見つかれば、間違いなく”保護”の名目で連行されてしまうだろう。
旅立つにも問題がある。
訓練生になる場合は基地内にある宿舎を与えられることになり街中もある程度自由に動けるだろうが、街の外に出る自由は無くなってしまう。
反対に、街の外に追い出されることになった場合は、外の孤児院に引き渡されることになるらしい。
両親は亡くなったことになっているので、そうなるのは当然だろう。
孤児院なら抜け出して外を旅するのは簡単だろうけど、街中の情報を得るのは難しくなる。
どちらにしても悩ましいところだ。
「まぁ、分かっていないうちから考えすぎても仕方ないか。」
ベッドから起き上がり基地内の散策でもしようかと部屋を出ると、向かい側のドアから呻くような声が聞こえてきた。
そっとドアへ耳を寄せる。
「うぅっ・・・・・・どうしてだよぉ、シライン・・・・・・。」
カレンのすすり泣く声がドア越しに伝わってくる。
音を立てないようにその場を離れた。
「はぁ・・・・・・安普請過ぎるだろ・・・・・・。」
俺はしばらく基地内の散策をして時間を潰すことになった。
*****
「どういうことだよ、ガムア隊長!!」
カレンが拳を振り下ろしたテーブルがドンと音を立て、応接室の空気が震えた。
昨日泣き腫らしていたせいか、彼女の目元は少し赤くなっている。
「期待するなと言っただろう。お嬢ちゃんもすまないな。」
「いえ、ありがとうございました。」
俺の処遇は外の孤児院に引き渡されることに決まったのだ。
「そもそも、こんな小さな女の子を訓練生にするのは無理があるだろう。」
「そ、それはそうだけどよ・・・・・・っ!」
「外の孤児院と言っても、そこまで環境が悪いわけじゃない。」
警備隊の訓練生になるには男子は十三歳、女子は十五歳からという決まりがあるらしい。
そりゃあ無理だ。どう見ても十五歳には見えないだろうしな。
「それに、市民権を与えるにしても”順番待ち”を無視する理由は無いだろう。」
「だ、だってこのチビは親が・・・・・・!」
「魔物に両親を殺された子供なんて外の孤児院には沢山居るだろう。それこそ理由にならんよ。」
「わ、私は大丈夫ですから、カレンさん。」
どうどうとカレンを宥める。
警備隊にとっては保護した外の子供を外の孤児院に引き渡すだけのお仕事。
そこに私情を挟むべきではないだろう。キリが無いのだから。
街の中の情報を集めにくくはなってしまうが、最悪忍び込んでしまえば済む話だ。
「だったら、アタシがこのチビを引き取る! それで文句ねぇだろう!?」
「何を言っとる。そもそも市民権をどうするつもり・・・・・・おい、まさか!?」
「あぁ、そのまさかだ。シラインの市民権をこのチビに譲渡する。アタシにはその権利があるだろ?」
「ちょっと待て、早まるんじゃない! 考え直せ! 市民権を売れば一財産になるんだぞ!?」
「シラインの市民権をどこの誰とも分からねぇ輩に売り渡すつもりはねぇ! アンタだってそうじゃねえか、ガムア隊長!」
「それは・・・・・・っ!」
睨み合っていた二人だが、やがてガムア隊長が折れた。
「はぁ・・・・・・儂はもう知らん、好きにしろ。」
「そうさせてもらう。チビもそれでいいよな?」
いや良くないだろう。流石にそこまでの負担は掛けたくない。
俺なら今ここで街の外に放り出されたとしても普通に生きていけるだろうし。
「そんなのカレンさんに悪いです。私なら孤児院で構いませんから。」
「な、何言ってんだよ。チビの事はアタシが守る! シラインにそう頼まれたんだからな!」
だがその言葉とは裏腹に、カレンの瞳はまるで俺に縋るよう見つめてくる。
昨日のカレンのすすり泣く声が頭の中に響くように再生された。
彼女には心の拠り所が必要なのだろう。そしてそれは彼の最期の言葉になっているのだ。
「・・・・・・分かりました。よろしくお願いします、カレンさん。」
「そう来なくちゃな! それじゃあ書類取ってくるからここで待ってろよ! おーい、ゼスタ居るかー!!?」
カレンが応接室を出ていくと、さっきまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。
残されたガムア隊長は溜め息を吐いて椅子に深く座り込んだ。
「スマンなお嬢ちゃん。・・・・・・カレンのことをよろしく頼む。」
「・・・・・・はい。」
こうして俺は、カレンの養女になることが決まったのだった。




