46話「未来への帰還」
「・・・・・・ここでいいか。」
大きく重い石扉を開いて、岩壁に掘られた洞窟の奥へと進んで行く。
所々に横穴や階段が作られ、人が暮らせるように整えられている。
しかし今現在、人の気配は全く無い。
それもその筈、ここに住んでいた土の民たちは皆、風の民が住む草原に作った拠点へと移動しているのだ。
そんな彼らも今頃は”約束の地”の開拓作業に勤しんでいるだろう。
その場から俺は逃げてきた。
各長たちに「これからは全ての民が協力して”約束の地”を発展させるように」と言葉を残して。
もう彼らに俺は・・・・・・”光の使者”は必要無いのだから。
それに、必要以上に手を貸してしまっては未来が変わってしまう可能性もある。
「この部屋を借りよう。」
手近な部屋に足を踏み入れる。魔力灯を点けると、小さな明かりが部屋全体を照らした。
石でできたベッドが一つに小さなテーブルが一つに椅子が二脚。ビジネスホテルの一室よりも簡素な部屋。
だが、今の俺にはこれで十分だ。
ベッドの上に寝転がり、しばらくボーッと天井を見つめてから目を閉じる。
「少し、疲れたな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうやら少し眠ってしまっていたらしい。
いや、この部屋には窓が無いからどれくらいの時間眠っていたのかは分からない。
外は夜になっているかもしれないし、朝を迎えているかもしれない。どちらだろうが俺には関係ないことだ。
くぅー、と腹の虫が鳴く。こんな時でも腹は減る。
起き上がってベッドに腰かけたまま、インベントリから適当に携帯食を取り出して齧った。
クアナたちが「美味しい!」と言って食べていたものだが、どうにも味気無い。
「食ったら作業・・・・・・進めないとな。」
魔力で精製した水で携帯食を喉の奥に流し込み、立ち上がった。
インベントリから俺の背丈を越えるくらいの土の板を取り出し、壁に立てかける。
土の板には細かな魔法陣が途中まで刻まれている。
「完成にはもう数日・・・・・・ってところか。」
これは俺が未来に帰るための魔道具、その一部だ。
ドクの作ったタイムマシンのように機能は充実しておらず、彼女が準備しているであろう受信側の魔法陣の座標へ跳ぶ機能しかない。
なのでここから過去へ移動したりすることは出来ないし、指定した未来へ行くことも出来ない。起動したら指定された座標へ移動することしか出来ないのだ。
「でも、もしこれを過去に行けるように改造できれば・・・・・・。」
いや、止めておこう。
仮に戻れたとしても光の剣以外に邪竜を倒せる手段を持っていない。
それに、黄金龍が言っていた因果律・・・・・・。俺が再び過去に戻ることで、さらに状況が悪化してしまう可能性だってある。下手な行動をとるべきではないだろう。
「もう、考えるのは止めよう・・・・・・。」
後悔の念を胸の奥にしまい込み、俺は書きかけの魔法陣に向き合った。
*****
寝て、起きて、彫って。何度かそんな時間を過ごしていた。
そして今も魔法陣を彫っている。完成は近い。
「こないなとこで何しとるんや、御使い様?」
「ひぁっ!?」
耳元でいきなり声がして飛び上がってしまう。
振り向くと、巫女装束を纏った闇の民の少女が立っていた。
声の主は闇の民の巫女ススーナであった。
「ス、ススーナ!? 急に話しかけないでよ!」
「さっきからずーっと呼んどったがな! せやのに気付きもせえへんし!」
「そ、そうなの・・・・・・? ごめん。」
どうやら魔道具の作成に集中し過ぎていたようだ。
そもそも誰かが来るなんて思ってもいなかったし・・・・・・。
「それで、どうしてススーナがこんな所に? 闇の民に何か問題があった?」
「ウチらには何の問題もあらへんよ。問題があるのは御使い様の方ちゃうん?」
「私の方・・・・・・?」
「ウチの神言に妙なモンが混ざってきてな。あの感じはクアナちゃんたちのような、そうでないような・・・・・・。とにかく、御使い様のところへ行ってほしい・・・・・・みたいな? 弱々しくてよう分からんかったけど。」
「クアナたちが・・・・・・。」
「邪竜退治は上手くいったんやろ?」
「うん・・・・・・。でも――」
俺は邪竜退治の際に起こったことを訥々と語り始めた。
ススーナは頷きながら、最後まで俺の言葉に耳を傾けてくれた。
「――そないな事があったんやな。」
「ごめんね、もっと上手く立ち回れてれば光の剣を・・・・・・賢者の石を失うことが無かったかもしれないのに・・・・・・。」
「気にすることあらへん。ウチもポポネン様も、イシ様とのお別れは済ませとる。」
「だからって、失って良い理由にはならないでしょ? クアナたちだって・・・・・・。フーエとフーケなんて、私より小さい子だったんだよ!?」
感情の昂ぶりとともに、声も大きくなる。
そもそも他の子だって俺に比べたら若い子たちなのだ。
「そんなもん、最初からみんな覚悟の上で使命を果たしたんや。もちろんあのチビッ子たちもな。」
「最初からって・・・・・・いつから?」
「巫女として生まれた時からや。」
そうか、だからみんな時折達観したような振る舞いをしていたのか・・・・・・。
「せやから御使い様が気に病む必要はあらへん。それに、あの子らが命張ったから邪竜に勝てたんやろ?」
「それは、そうだけど・・・・・・。」
むしろ彼女らが居なければ勝てる道筋は無かった。邪竜へのとどめを刺したのだってクアナたちだ。
俺がやったのは光の剣を支えていたくらいである。
「なら、哀しむんやのうて褒めたってや。ようやった、言うて。その方があの子らも浮かばれるわ。」
「すぐに心の整理は出来ないけど・・・・・・分かったよ。」
「ほな、ウチはそろそろ帰るわな。この辺りは魔力が薄くてかなわん。」
「わざわざ来てくれてありがとう。」
部屋を出ようとしたススーナが足を止めて振り返る。
「そや、あの子らも言うとったわ。ありがとう、て。」
「・・・・・・うん。」
*****
さらに数日が経ち、ようやく簡易タイムマシンが完成した。と言っても、ドクが作ったロマンを詰め込んだようなものではない。
魔法陣を刻んだ土の板を六枚くっつけて直方体にしただけのものである。まぁ、どう贔屓目に見ても棺おk・・・・・・窓の無い電話ボックスにしか見えない。見た目くらいは少し凝っても良かったかも・・・・・・。
仕掛けとしては、中に入って蓋をして魔力を流せば起動するという単純なものだ。
既にモノは洞窟の外に持ち出し、組み立ては完成している。
空は快晴。旅立ちには縁起が良さそうだ。
これで過去の世界とお別れだと思うと、これまでの旅路が脳裏に蘇ってくる。
ススーナが教えてくれた、みんなの最期の言葉も。
「みんな・・・・・・こちらこそ、ありがとう。」
誰にも届かないであろう言葉を空に溶かし、タイムマシンに乗り込んだ。




